「Denied boarding, cancellation と long delayに関するEC Regulation 261/2004の最近の運用状況とその影響」

 

第55回 日本空法学会大会(東京)

2009年5月29日

弁護士 金子博人(東京弁護士会所属)
Email: hirohito-kaneko@kaneko-law-firm.jp
URL: http://www.kaneko-law-office.jp
国際旅行法学会IFTTA(International Forum of travel and tourism advocates)理事
URL: http://www.iftta.org

目次  
  1. はじめに
  2. Regulation261/2004の内容
  3. モントリオール条約での責任
  4. Regulation の有効性に関するECJ判決
  5. 本regulationの適用範囲
  6. キャンセルと遅延の区別
  7. 特別な事情(extraordinary circumstances)と誠意
  8. 搭乗拒否と遅延の区別
  9. 補償の法的性質
  10.旅行業者との関係
  11.米国の動向
  12.まとめ

1 はじめに

 モントリオール条約は、1999年5月に採択され、2003年11月に発効したが、欧州連合(the European Union. 以下EUという))においては、これに呼応するかたちで、航空私法に関する重要な規則(Regulation)が、制定されている。
すなわち、2002年5月には、事故の場合における航空運送人の責任について定めたRegulation(EC)889/2002、 2004年2月には搭乗拒否とフライトキャンセルまたは長時間遅延に関するRegulation(EC)261/2004、2006年7月には、行動能力障害者(persons with reduced  mobility)の権利に関する Regulation(EC)1107/2006、2008年9月には、域内における航空サービスの運用に関する共通ルールを定めたRegulation(EC)1008/2008がそれぞれ制定され、いずれも施行されている。
EU加盟国は現在27カ国であり、EUとして制定された法令は、他の地域、国に対し、大きな影響力を持っている。
この中で、2004年2月に制定された、「搭乗拒否とフライトキャンセルまたは長時間遅延に関するRegulation(EC)261/2004」は、航空業界のみならず、旅行業界にとっても、その影響は大きいので、その運用状況と、他の地域、国に対する影響を検討することとする。

2 Regulation261/2004の内容

まず、このRegulationの内容を、ここで検討することする。

(1) 搭乗拒否denied boarding(4条)の場合

 航空運送人(operating air carrier)は、搭乗拒否が予想されるときには、まず、利益(benefits)と交換に、予約を放棄する自発的志願者を求める。
自発的志願者が不十分なときは、航空運送人は搭乗を拒否することになるが、拒否された乗客は、7条に基づき補償(compensation)を受けると共に、8条と9条に基づき、支援(assistance)を受ける。

 7条では、1項で、旅客が補償を受ける金額が、次のように規定されている。

  (a) 1500キロ以下のすべてのフライトでは、EUR250
  (b) 1500キロ以上の域内のすべてのフライトと1500キロから3500キロまでの他の全フライトは、EUR400
  (c) (a)と(b)に該当しないすべてのフライトは、EUR600

 8条では、支援として、1項で次の選択肢が与えられている

  (a) もし、そのフライトが当初の旅行目的の達成に役立たなくなっている場合には、未実施の旅行の部分とすでに実施している旅行の部分のフライトのチケットの購入金額全額の支払いと、最も早い方法で最初の出発点へ帰るフライト
  (b) 運航方法を比較できるようにした上で、最も早い方法で、最終目的地に到達するための再ルート設定
  (c) 運航方法を比較できるようにした上で、空席を前提にして、旅客の都合の良いときに、最終目的地に到達するための再ルート設定
なお、自発的志願者は、利益を享受すると共に、8条の支援を受ける

 9条では、1項で次の支援が与えられる。

  (a) 待ち時間に応じた食事と飲み物
  (b) 一泊またはそれ以上の宿泊が必要になった場合、あるいは、旅客が意図していたものに加えて宿泊が必要になった場合のホテルの宿泊提供
  (c) 飛行場と宿泊場所(ホテルその他)との間の移動手段
同条2項では、付加して、無料で、2回の電話、telexまたはfaxまたはemailが提供されなければならないとある。
同条3項では、本条が適用されるに当たっては、航空運送人は、同行者のいない子どもとともに、行動能力障害者(persons with reduced mobility)とその同行者の必要性に特別の配慮を払わなければならないとされている。

(2)フライトキャンセルcancellation(5条)の場合

 支援として、旅客がキャンセルを告げられた場合、利用可能な代替交通手段に関し、説明を受けることができる(2項)とともに、搭乗拒否の場合と同じく、7条に基づく補償と、8条、及び9条に基づく支援を受ける。

 ただし、ここでは、補償につき、重要な制約が課せられることに注意すべきである。
 まず、航空運送人は、責任を免除される場合がある(5条1項C)。それは、

  1) 旅客が、予定出発時刻の2週間以前にキャンセルを告げられた場合
  2) 予定出発時刻の2週間前から7日前までの間にキャンセルを告げられた時には、新ルート設定後、予定出発時刻の2時間以内に出発して到着予定時刻の4時間以内に到着した場合
  3) 予定出発時刻の7日未満の時にキャンセルを告げられた時には、新ルート設定後、予定出発時刻の1時間以内に出発し、到着予定時刻の2時間未満で到着した場合

 さらに、「航空運送人は、もし、あらゆる合理的な手段(all reasonable measures)を講じても避けることができない「特別な事情」(extraordinary circumstances)により生じた事を証明した時には、第7条に基づく補償をする義務を負わない」(5条3項)と規定されている。
ただし、立証責任については、「旅客がフライトキャンセルを告げられたか否か、いつ告げられたかの立証責任は、航空運送人が負う」(5条4項)。

(3) 遅延delay(6条)の場合

まず、ここでは、対象となる遅延が明示されている(6条1項)。すなわち、

  (a) 1500キロ以下のフライトの場合は、2時間以上
  (b) 1500キロ以上の全域内フライトの場合、および1500キロから3500キロの間の他のすべてのフライトの場合は、3時間以上
  (c) (a)および(b)を除く全フライトの場合は、4時間以上

 支援としては、8条と9条による支援が定められている。但し、8条については、同条がそのまま適用されるわけでなく、遅延が5時間に達したときには、8条1項aにより、「もし、そのフライトが当初の旅行目的の達成に役立たなくなっている場合には、未実施の旅行の部分とすでに実施している旅行の部分のフライトのチケットの購金額全額の支払いと、最も早い方法で最初の出発点へ帰るフライト」の提供という支援がされるのみである。

 注意すべきは、フライトキャンセルと異なり、7条による、補償の定めが無く、遅延では、補償が受けられないことに注意すべきである。

 遅延とフライトキャンセルは、両者を区別することが困難なことも多く、両者の支援、補償の違いは、後に述べるごとく、しばしば、深刻な紛争をもたらすことになる。

4) アップグレイドとダウングレイドの場合(10条)

アップグレイドとダウングレイドにつき第10条では、次のように定められている。

  1) もし、航空運送人が、旅客が購入したチケットよりも高いグレイドのクラスを提供する時には、航空運送人は、追加料金を請求できない。
  2) もし、航空運送人が、旅客が購入したチケットよりも低いグレイドのクラスを提供する時には、7日以内に、次の区分に従って補償されなければならない。
   
(a) 1500キロ以下のすべてのフライトについては、チケット価格の30%
(b) メンバー国のヨーロッパ域内とフランスの海外の行政区との間のフライトを除く1500キロ以上の域内のすべてのフライトと、1500キロから3500キロまでの他の全フライトについては、チケット価額の50%
(c) メンバー国のヨーロッパ域内とフランスの海外の行政区との間のフライトを含め、(a)と(b)に該当しないすべてのフライトについては、チケット価格の75%

(5) 行動能力障害者と特別の必要性のある者について(11条)

 行動能力障害者(Persons with reduced mobility)のためには、2006年に至り、Regulation が制定されたことは前述したが、本regulationの本条では、要保護者について、次のように定められている(なお、Persons with reduced mobilityは、「身体障害者」と訳されることが多いが、本regulation では、身体障害者の他、老齢のため、あるいは、知的傷害、疾病等のため行動能力が落ちて援助が必要となる者を広く含むため、「行動能力障害者」と訳すこととした)。

  1) 航空運送人は、行動能力障害者とその付添者及び公認のサービス犬、並びに同行者のいない子供に対し、優先権を与えなければならない。
  2) 搭乗拒否、遅延(ここでは長さにかかわりない)の場合においては、上述の要保護者には、できるだけ速やかに、第9条(前述)に従って、ケアを受ける権利を与えられなければならない。

(6) 更なる補償について(12条)

  1)

 12条1項で、「本regulation は、更なる賠償請求( further compensation) を受ける旅客の権利を侵害することなく、適用されなければならない」とあるので、旅客は、本regulationに規定される補償とは別に、一般的な、不法行為法や契約法に基づいて、別途、損害賠償(compensation) を請求できる。
 その際、損害賠償を受けられる場合は、「本regulationの基で与えられる補償は、かかる補償から控除することができる」とあるので、賠償額から、本regulationで受ける補償が控除されることになる。

  2)  なお本条の原則は、搭乗拒否のケースにおける「自発的に予約を放棄する旅客」(4条(1))には、適用されないとされているが、「判例を含む国の法律, 関連原則やルールを侵害することなく」との前提が明記されているので、EU加盟国内での、国内立法で、別途保護措置を講ずることは可能である。

(7) 救済措置について(13条)

 本条では、「航空運送人と、ツアオペレータや航空運送人と契約関係にある者との間においては、互いの、求償(reimbursement)又は賠償請求(compensation) する権利は制限されない」とあるので、これらの者の間で、本regulationとは別に、賠償ないし求償請求がなされることは当然である。

3 モントリオール条約での責任

 モントリオール条約では、延着(delay)にのみ規定があり、搭乗拒否、フライトキャンセルについては規定がない(なお、delayの訳語としては、モントリオール条約やワルソー条約では「延着」の語が使われるのが普通のようだが、本regulation は、搭乗拒否やフライトキャンセルとの整合性から出発時の遅延に焦点を合わせていると理解できるので、本レポートではdelay を「遅延」と訳すこととする)。

 同条約22条1項では責任限度が定められており、そこでは4150SDR(IMF特別引出権)が限度額とされている。
19条では、「運送人は、運送人並びにその使用人及び代理人が損害を防止するために合理的に要求される全ての措置(all measures that could reasonably be required)をとったこと、又は、そのような措置を執ることが不可能であることを証明した場合には、延着から生じた損害について責任を負わない」とされている。
但し、この場合、過失は推定される(20条)。
また、故意の場合は、責任は無制限となる(22条5項)

4 Regulation の有効性に関するECJ判決

(1)本regulation は、航空業界、ことに、ヨーロッパで広く展開しているローコストキャリアにとっては、多くの負担になるため、これらの業界から、立法段階より非難の声が強かったが、発行後すぐ、かかるregulationは無効であるとして、業者団体からヨーロッパ司法裁判所ECJ( the European Court of Justice)に、司法審査手続judicial review proceedingsに基づき訴訟提起がなされた。
原告となった業者団体は、国際航空運送協会IATA( the International Air Transport Association) と欧州ローコスト航空協会ELFAA( the European Low Fares Airline Association)である。被告は、EUの運輸省the Department for Transportである。
判決は、IATA( the International Air Transport Association) and ELFAA( the European Low Fares Airline Association) vs the Department for Transport 、 Case C-344/04 として、公表されている。
大法廷the Grand Chamber of the Courtで審理がなされ、結果は、2005年9月、請求棄却となって終了した。 これにより本regulationの有効性は確定したが、そこでの議論は、本regulation の問題点を明確に浮かび上がらせており、航空行政を考えるにあったって、極めて興味深い。その議論は多岐に渡っているが、ここでは、EU域外の航空関係者にとり、参考になる部分を拾い上げて、紹介することとする。

(2)争点1。モントリオール条約と適合しないのではないか。

 遅延に関する本regulation6条では、対処できない特別事情( extraordinary circumstances)の場合には免責されるというような条項がないので、特別事情が有っても、運送人は所定の援助(assistance)をしなければならないことになる。
他方、モントリオール条約では、特別事情がある場合の免責条項が明記されているので、本regulationにおいて、特別事情の免責条項を排除したのは、モントリオール条約の基本構成と相反する(incompatible)のではないかというのが、原告らの主張であった。
モントリオール条約19条では、遅延(delay)につき、明確に、「運送人は、運送人並びにその使用人及び代理人が損害を防止するために合理的に要求される全ての措置をとったこと、又は、そのような措置を執ることが不可能であることを証明する場合には、遅延から生じた損害について責任を負わない」と規定している。
さらに、同条約29条では、「契約、不法行為、その他の事由に限らず、この条約に定める条件と責任限度に従うことによってのみ、訴えを提起できる。この訴えにおいては、懲罰的損害賠償訴訟その他の非補償的損害賠償(non-compensatory damages)を求めることが出来ない」とある。
原告らの主張はかなり説得力があるように思われるが、これに対し、ECJは、次のように説明して、原告のかかる主張を認めなかった。
本regulationとモントリオール条約は相反するのでなく、両者は補完の関係(complementary)にある。
遅延は、2種類の異なる損害を発生させる。
第一は、不便inconvenienceと苦痛distressのかたちを取るその場での損害immediate である。これは、全ての旅客に共通する者で、食事、宿泊、電話という標準化された方法で救済される。本regulation6条の立法趣旨はここにある。
第2のタイプの損害は、旅客毎に生じる結果的損害であり、生じた損害を金銭的に評価して算出する。モントリオール条約が適用されるものがこれである
ECJは、遅延から生じる影響を時間の流れで考え、regulationは現場で支援を提供し、他方、モントリオール条約は個々人の状況や旅行計画の結果として生じる長期間の損害を扱うものであると考える。
以上から、両者の損害は種類が異なると共に補完の関係にあるので、両者は併存することが出来、相反するものではない。これが、ECJの考えであり、原告らの主張を認めなかった。

(3)争点2。本regulationは、比例原則 the principle of proportionality に反するのではないか。

 本regulation は、これが実施されてもフライトキャンセルや、遅延を減らすという目的を達成できないにもかかわらず、航空運送人に多大で不当なconsiderable and unjustifiable な経済的負担を課すものである。ことにローコストキャリアにとっては深刻であり、ローコストキャリアは旅客が支払う運賃の数倍の額を補償金として支払わなければならないが、これは、極めて不公平であり、旅客の損害は、むしろ、旅行保険でカバーされるべきである。
原告らは、このように主張し、本regulationは比例原則the principle of proportionalityに反するとした。
ECJは、原告らのかかる主張に対し、強く反論した。その根拠は次のようなものであった。
補償は、遅延の長さやフライトの長さによって固定額をもうけており、不適さは全く認められない。また、旅行保険では、その場での状況に対応できない。運賃との比較は、経済的損失の仮説的数字であり、損害の結果とは何の関連性もない。また、運送人は、13条で、求償権を与えられているので、救済措置が無いということもない。

(4)争点3。航空業界は他の交通機関と同等に扱われるべきであるが、本regulationは、航空業界を差別的に扱っているのではないか。

 原告らは、遅延については、他の交通、例えば、道路、鉄道、海路には定額の補償システムに対応するようなものは存在しないので、航空業界のみ規制を受けるのは、不平等だと主張した。
ECJは、この点でも強く反論した。その理由は次のとおりであった。
同等な扱いは、同じような方法で、かつ、同じような状況下で要求される原則である。様々な輸送手段は、それぞれ別個の運航方法、利用方法、販売網を持つ。それらが、共通の規則と法令を持つのは、現実的でない。航空機のキャンセルと遅延は他の交通手段よりも、旅客に与える影響は、多大である。なぜなら、空港は、都市の周辺にあり、チェックインや手荷物の受け取りの手続きには時間がかかるからである。

(5)本判決で、本regulationは有効とされ、一応の決着はついた。しかし、航空業界、ことにローコストキャリアの不満は依然強いようだ。
ELFAAの怒りは、ことに、最後の論点で最も大きかったようだ。そのウエッブサイトで次のように述べている。
  「ECは、この判断は差別的であることを認識すべきだ。なぜなら、現在検討中の鉄道に関するregulation では、補償の程度と利用者の支払った運賃とがリンクしている。ことに、ローフェアの航空運送人は、一般的に旅客に余分なサービス(frills)を提供するための代金を課していないにもかかわらずかかるサービスを提供することを強制される。 これらは、遅延やキャンセルが、そのコントロールを超えているときに深刻だ。」
ローコストキャリアのシェアは、EU域内では40%に達している。今後も更に拡大することが予想される。あらゆる余剰サービスを削ぎ落とすことをビジネスの核心とするこのローコストキャリアの商法からすると、本regulationの存在は、その経営に深刻な影響を与えることも想定できる。
他方、旅客の快適な旅を得るという利益も、十分尊重されるべきである。
本regulationは、3年ごとの見直すことが決められており、今後も、関係者による議論は続くことであろう。
なお、ウエッブサイトにある鉄道に関するregulationは、その後2007年に、鉄道旅行者の権利と義務に関するRegulation(EC)1371/2007として公布されている。ここでは、確かに補償と運賃はリンクしている。

5 本regulationの適用範囲

(1)モントリオール条約は、往復のフライトを一つのフライトとみることに特徴があるが、本regulationでは、そのように解すると、EU域内に乗り入れている域外の航空運送人に広く適用されることになるので、その適用範囲には、議論があった。
この点については、幸いに、ECJ( Fourth Chamber)が、Dr Schenkel v the airline Emirates事件において、明快な回答をしてくれている(10 July 2008決定)。

(2)ECJは、この判決で、モントリオール条約とは異なり、本regulationでは、往復を一つのフライトとはみないとの趣旨を明確にしている。そのうえで、次のように判断された。
EU域内からEU域外へのフライトは、EU加盟国以外の航空運送人にも適用される。
逆に、EU域外からEU域内へのフライトは、EU加盟国以外の航空運送人には適用されない。EUから出発した帰国者についても同様に、EU加盟国以外の航空運送人による帰国については適用されない。適用されるのは、EU加盟国の航空運送人にかぎられる。  この判決は明確であり、合理的である。その結果、日本の航空運送人によるヨーロッパ路線は、EUから日本へのフライトのみ適用を受けることになる。日本から、EU域内への便では、そこに、EUから出発し、EUに帰る旅客がいても適用されないことになる。

(3)この判決は、使用する航空運送人より保護を受けたり受なかったりすることから、規則は、全世界で統一する必要性があるのではないかとの議論に勢いを付けたようだ。

6 キャンセルと遅延の区別

(1)フライトキャンセルであれば、旅客は7条に基づき補償されるが、遅延であれば、補償されない。従って、両者の保護の差は大きいが、その区別は、しばしば困難を伴う。
出発の遅れと共に機体の交替があれば遅延でなくキャンセルとみられやすいのは当然であるが、機体の交替が無くてもキャンセルとされたり、機体の交替があっても遅延とされるケースも多く、その区別は困難である。
したがって、Regulationにより明確な区分けをすべきとの意見も強い。例えば、6条1項での、遅延の定義の中で示されている時間の5倍を基準にキャンセルを認めるべき等との意見が見受けられるが、意見の統一には時間がかかりそうである。
  この区別の困難さから、訴訟になることも多いが、請求額が小さく、いずれの国においても、少額訴訟になるのが通常である。その結果、権威ある判例の蓄積が困難であるし、加盟国毎に判例もまちまちなため、判例から基準を抽出することも、当面は不可能であろう。

(2)最近の裁判動向をみると、出発便と帰還便で、キャンセルと遅延の基準が違うのでないかということを考えさせる事例が見受けられる。出発便が遅れると、予定していた旅の目的が達せられないか縮小せざるを得なくなるが、帰還便ではそのようなことがないからである。
この点を、英国での判決例でみてみよう。これは、[2006]International Travel Law Journal 201ペイジ以下で紹介されたものである。

 事案は、英国Huntingdon County Courtでの、少額訴訟で、ケース名は、Denham v Hayes & Jarvis Limited and First Choice Airways Limited。
帰国便であることと、対応が誠実であることから、大幅な遅延でも、補償が認められなかったケースである。事案は、以下の通りである。
原告Denhamは、妻と二人の友人と共に、被告旅行業者Hayes&Jarvis社企画のパッケージホリデイにより、2週間Male(Maldives)で休暇を楽しんだ。帰国するため、現地空港からLondon Gatwick空港に向け、F C Airwaysの便に乗り込んだ。
エンジンをスタートさせると、エアダクトからの漏れを示す警告灯が点滅したため、機長は機体を駐機場に戻した。
その時点では、エンジンのコントロールカードが原因と思われた。しかし、交換カードは、マンチェスターにしかないので、現地で一泊せざるを得なかった。翌日、技術者がカードをもって英国から到着したが、結局カードが原因でないことが判明。原因はセンサーの不具合とわかり、旅客は、更にもう一泊することとなった。
修理に必要な部品は、シンガポールにあることが判明したが、F C Airways の運航ベースでなかったので、同社は、プライベイトジェットを手配して、部品を運ぶこととなった。
他方、マンチェスターから別の便が到着したため、旅客は機体を乗り換えて、2日遅れでLondon Gatwick へ出発した。
帰国後、原告は、本件をフライトキャンセルと主張して、F C Airwaysに対し、7条の補償を請求した。しかし裁判所は、原告の請求を棄却した。

(3)出発便では、1日遅れのケースであったが、それを遅延でなくフライトキャンセルとする判決がでている。

 このDenham事件の判決中で、Oxford County caseが引用されているが、同ケースでは、出発便であったが、24時間遅れでフライトキャンセルとされた。判決理由では、出国では、旅行者にとって旅行の目的を毀損することになるということが強調されていた。
2日遅れの事例で、キャンセルでないとしたこのDenham事件の判決例は、出発便と帰還便で判断が異なることを示唆するものとして、注目して良いと思われる。
もっとも、事案からすると、キャンセルのケースとした上で、航空運送人に「特別な事情」(5条3項。Extraordinary circumstances)があったとして請求を棄却してもおかしくはない事例なので、今後の判決例の蓄積が望まれるところである。

(4)ドイツでも、22時間の遅延をキャンセルとみた判決(AG Dusseldorf 12.10.2006,3C 717/06)が出されたことが報告されている。

7 特別な事情(extraordinary circumstances)と誠意

(1)フライトキャンセルの場合、航空運送人は、7条に基づき補償をする義務を負うが、その場合でも、航空運送人が、その損害につき、あらゆる合理的な手段(all reasonable measures)を講じても避けることができない「特別な事情」(extraordinary circumstances)により生じた事を証明した時には、補償をする義務を負わない(5条3項)とされている。
そのため、この「特別な事情」の存否が重要な争点になることが多い。

(2)「特別な事情」とは何かという争点につき、請求額が少額なため少額訴訟となり、権威ある判決として判例集に搭載されることが少ない。しかし、そのなかで、控訴されたため通常手続きで審理され判決が出されたオーストリアのケースが有るので紹介しよう。

 2008年11月22日、オーストリアthe Commercial Court, Viennaでの判決である。
事案は次のようなものであった。
Wallentin-Harmann 夫人は、2005年6月28日、ローマ経由でBrindisi(Italy) に向かう予定で、Alitalia に3席を予約。6:45amに出発、Brindisiに同日10:35amに到着予定であった。
チェックインしたが、出発5分前にフライトキャンセルを告げられる。その後オーストリア航空に変更させられ、ローマに9:40amに到着したが、 Brindisi行きの接続便には、20分遅れで乗れなかった。その結果、Brindisiに着いたのは、14:15であった。3時間40分の遅れであった。
原因は、エンジンのタービンの複合的故障。故障は、前の晩には、判明していた。修理には、部品の送付と技術者の派遣が必要で、修理が完成したのは10日後の2008年7月8日であった。
夫人は、本regulation に従い、補償として250ユーロ、電話代として10ユーロの支払いを要求したが支払いを拒絶されたため、夫人は訴訟提起。
一審の少額訴訟では、Alitaliaに支払いを命じた。Alitaliaは、the Commercial Court, Viennaに控訴。同法廷は逆転判決し、Alitaliaの主張を認めた。
本件は、航空機の通常の運航の中で起こった、機体固有の(inherent)故障であるとしたうえ、可能なスタッフ、機材、資金の全てを投入しても、その能力からして過度の犠牲(intolerable sacrifices)を強いない限りフライトキャンセルを避けることが出来なかった場合には、「特別の事情」があるとして、補償金の支払いを免除(exemption)されることになるが、本件はそのような場合であるというのが、この控訴審判決であった。
このケースは、修理に10日もかかった機体固有の故障と言うことから、通常なされていたメンテナンスを徹底してもフライトキャンセルは不可避だったと予想されるが、3時間40分遅れても補償を認めなかったというのは、Alitaliaの現場での旅客に対する誠意ある対処が好結果を導いたのではなかろうか。

(3)このように航空運送人の誠意ある態度が好結果を導いたと思われるケースがある一方、逆に、航空運送人の現場での対応に問題があったケースを紹介しよう。
ケースは、Steen v BMI Baby Limited(King County Court, claim no7QT74890, 16 April 2008)である。
事案は、次のようなものであった。
2007年10月16日、Peter は、ローコストキャリアのBMI Baby(BMI)で、Jersy からCardiffへ飛ぶべく片道切符をネットで購入した。翌日、葬式へ参列する予定であった。
ところが、予告も説明もなく、フライトキャンセル。やむなく、British Airway のチケットを自分で買い、 London Gatwick に3時間遅れで到着。目的地のBridgend まで、182マイルは車をチャーター。
BMIとしては、次の便は4日後であり、また、機体故障等で代替便も出せなかったという状況であった。
Steen による賠償請求に対し、BMIは、書面的対応についてはある程度したが、裁判は欠席。
判決は、Steen勝訴。裁判所が認めた賠償内容は、

  1) チケット代金
  2) 自動車代金
  3) 購入した飲み物代金
  4) かけた電話代
  5) regulation 上の補償金と利息
  6) 訴訟費用
であった。
 BMIは、7条の補償額より多額の賠償を命じられたが、これは同社による現場で対応と共に事後的対応が不誠実であったことが原因していると思われる。判決の中で
 BMIは、

  訴訟外の解決努力をしなかった
  Steenが、裁判前に、説明と謝罪を求める文書を送ったが、無視
  職員が、メカニズム上のトラブルと説明するのみ
であったということを指摘されている。
 航空運送人の誠意ある対応は重要である。

8 搭乗拒否と遅延の区別

(1)出発の遅延のため、乗り継ぎ便に乗れなかったときに、搭乗拒否になるかということが問題になっている。なぜかというと、単に遅延では、本regulationでは、補償金を受け取れないからである。
実際、ドイツでは乗り継ぎが出来なかったのを搭乗拒否とした下級審判例が相次ぎ、上級審判例が望まれていたところ、2009年4月30日、ドイツ最高裁判所(BGH)において、待望の判決が出た(Xa ZR 78/08)。
結論は、搭乗拒否とは認められないというものであった。
理由は、搭乗拒否といえるためには、予約が確認されていることを前提に、航空運送人が、所定の時間までに、チェックインないし搭乗をさせられなかった場合を指し、本件はいずれでないというものであった。
同時に、BGHは、「搭乗拒否」の解釈について、ECJに、予備判断(preliminary ruling)を求める必要もないとしている。つまり、解釈は難しくないと認識しているわけである。

(2)確かに、乗り継ぎに失敗したものを搭乗拒否とするのは、文言的にも無理が有ろう。それでも、搭乗拒否とした判例が相次いだのは、実際的な状況として、乗り継げないことによる乗客の負担が大きいため、航空運送人に補償を課してもおかしくはなかったからであろう。
補償はいかなる場合に必要か、今後細かな議論が必要になろう。

9 補償の法的性質

(1)旅客の実損が、7条の補償額より少ないときはどうなるのだろうか。
2009年2月にでた、ハンガリーでの少額訴訟の判決である。申立人は、ロンドンでコンサートを楽しむため、ブタペストからロンドンへのチケットを購入したが、フライトキャンセル。旅客は、コンサートに間に合わないため、旅行自体を断念。
旅行者の実損は、コンサート代金が無駄になっただけとして、航空運送人は、コンサート代金相当の57GBPのみ支払う。
他方、旅客は本regulation7条に基づき、 EUR250の支払いを要求したが、航空運送人はこれを拒絶。ハンガリーの少額訴訟で、EUR250の補償は当然されるべきものとして、GBP57との差額の支払いを命じた。その前提として、フライトキャンセルの原因は、水漏れであり、「特別の事情」は無いと判断されている。
本件は、控訴されている。

(2)実損が、補償額より明らかに少ない時にも7条所定の補償がされるとなると、この補償の法的性格は何かという問題が生じる。
実損よりも多くの賠償が認められる場合としては、コモンローでは、懲罰的賠償の場合があり得る。ローマ法では、慰謝料(moral damages)があり得る。しかし、いずれにしても、一律に額が規定されることに対する説明としては弱い。
となれば、政策的な存在として理解せざるを得ないであろうが、その場合は、前述の、IFLAAの本regulationに対する批判に対しても、改めて耳を傾ける必要が出てくるのではなかろうか。立法政策としても、補償額と運賃を連動させるという鉄道方式も検討の余地は有ろう。
いずれにしても、補償金の制度をどうするか、その性格付けをどうするかは、各国が立法するときに当たり、最も重要な課題になろう。

10 旅行業者との関係

(1)航空運送人と旅行業者との関係としては、今度様々な問題点が発生するであろう。
まず、航空運送人が、13条の求償権条項を駆使する場合が考えられる。
例えば、ツアーオペレータが、航空運送人に人数や、コンタクト情報につき、十分な情報を提供しなかったことにより、搭乗拒否に至った場合が考えられる。

(2)旅行業者が航空運送人に損害賠償請求する場面も予想される。
現在、EU域内では、パッケージツアにつき、フライトキャンセルやロングディレイにより、予定したサービスが受けられないとき、パッケージのその部分の支出が回復されただけでは損害が回復されたとはみない。
全体としての、ホリデイが毀損(ruined holiday)されたとして、慰謝料(moral damages)の請求が認められるのが、判例の一般的動向である。
そのため、旅行代理店やツアーオペレータが賠償責任を果たした場合、実損のみならず、慰謝料部分の請求を航空運送人に求償することが予想される。13条は、かかる請求を認めていると考えられる。
ただ、4条ないし6条が、請求者が旅客に限られるものかのごとく記載しているので、本regulation での請求者は旅客のみとの主張もみられるが、13条は、旅行業者側からの求償権を明文をもって認めているので、この13条についてはこの議論は当たらない。

(3)ドイツでは、キャンセルや搭乗拒否のケースで、旅客が、本regulationに基づきパックツアーを企画した旅行業者に対して補償を求めることが出来るかが争われた裁判例があったが、ドイツ民事最高裁(BGH)は、2008年10月、旅客による補償請求を棄却した(BGH press release 187/2008)。4条ないし6条では条文上義務者は航空運送人と読めるので、当然であろう。但し、求償の余地のあることは前述の通りである。

11 米国の動向

(1)本regulationは、その登場後各国に多くの影響を与えたが、同時に航空業界の抵抗も根強いようだ。その中で、米国の動向は世界に影響を与えると思われるので、以下に概観することとする。

(2)本regulationが登場した後、米国では、州単位で、遅延のみならず、搭乗拒否、ロングディレイに対する規制をしようとする動きが活発化したが、その中で、ニューヨーク州が3時間以上の遅延に対し、乗客のために一定のアシストをすることを内容とするNew York State Passenger Law Billを策定した。
2006年の冬は、ニューヨーク州内の空港で出発便の遅れが相次ぎ、出発できない地上の機内で、悪環境の中、乗客が長時間閉じこめられるという自体が頻発して社会問題化していた。この法案は、その解決のためのものでもあった。
ところが、全米最大の航空業者団体であるATA(Air Transport Association)がすかさず法廷論争に持ち込み、連邦法たるthe Airline Deregulation of Act of 1978(ADA)に反するものとして違憲判決を勝ち取っているのは、さすがに米国である。
Air Transport Association v Andrew Cuomo( Attorney General of the State of New York and another
07-5771,US Court of Appeals of the Second Circuit ( Manhattan)
確かに、ADAでは、州が航空運送人の価格、ルート、サービスに関する法令を制定できないと明記されている。他方、かかる明文があっても、州が最低限の乗客保護の規定を定めることは制約されていないとの主張も根強いようだ。
この違憲判決は、ブッシュ政権時代に選任された判事によるものであった。原審は、法案を容認したが、判事は、クリントン時代に選任されていた。この違憲判決自体が共和党と民主党の争いの結果だとみる極めてアメリカ的な評価もあるが、必ずしも的はずれとは言えないであろう。

(3)この違憲判決は、遅延や、搭乗拒否、ロングディレイに対する規制自体を違憲とするものではない。判決は、州毎に規制すると、規制の違いが混乱を招くのではないかとの危惧を一つの重要の根拠にしていた。
ところが、それにもかかわらず、この違憲判決の後2008年5月、カリフォルニア州議会で、このニューヨーク州の法案に類似する法案を54対16で可決してしまった。これにより、カリフォルニア州は、独自の乗客保護法が実施されることとなってしまった。これも、極めてアメリカ的現象であろう。

(4)連邦での動きに目を転じると、運輸省the Department of Transportation(DOT)は、ブッシュ政権時代から何らかの法的規制に必要を意識していることは間違いなく、各界に意見聴取の努力をしていている。
これを受け、米国旅行業者協会the American Society of Travel Agents(ASTA)は、2008年1月28日、DOTに、席の過剰売却と搭乗拒否に関する意見書を提供し、20年以上経過して老朽化した搭乗拒否の場合の補償に関するルールを改正すべきことを求めている。そこでは主に次のようなことが提案されている。
  意に反して予約を取り消された乗客の補償の上限を2倍にし、今後は、5年毎に消費者物価指数に連動させて自動的に額を調整すること
  自発的に予約を取り消す者がいないときに、恣意に予約を取り消す者を決める方法について再検討すること。現在は、航空券の代金額で決めることが許されているが、それなら、航空券購入時に、その旨警告すべきではないか。
  あらかじめ座席指定をされている者は、取り消されるべきではないのではないか。
  補償実務は国際線、国内線同一にされるべきで、金額は、遅延の長さと距離の組み合わせで決められるべきではないか

(5)Barbara Boxer(D-CA)Olympia Snowe(R-ME) 両上院議員は、2009年1月13日、航空旅客の権利法案the Airline Passengers Bill of Rights を、上院に提出した。そこでは、次のようなことが求められている。
  乗客は、航空機がドアを閉めてから3時間以上地上待機していた場合、安全に機体から降りることが出来ること
  乗客は、地上待機中、食事、飲料水、快適な客室内の温度と換気、および快適なトイレが提供されること
  乗客はホットラインが提供され、外部と遅延について連絡が取れること

(6)この両上院議員の法案は対象が狭いし、このまま成立するかどうかも不明であるが、米国は、民主党オバマ政権に代わり、以上の流れのなかで、近い将来、連邦レベルで、EUの本regulationに対応する広範囲のサービスを対象とする法令を策定することになろう。
ただ、米国の動向は、乗客に対する支援、ことに、地上で待機中の航空機に閉じこめられた乗客の支援についてはこれを重視するが、補償については消極的だということである。損害については、おそらく、損害賠償というかたちで、個別的な解決を期待しているのであろう。
米国はEUとはやや異なるかたちでのルールからスタートすることになろう。

12 まとめ

(1)遅延のみならず、搭乗拒否、フライトキャンセルを包括的に規制する本regulationは、航空業界、ことにローコストキャリアからの批判は根強いが、これらの批判に答えるかたちで、ECJがその有効性を声高らかに宣言したため、今後EUの航空実務全般をコントロールすると共に、世界の航空実務のモデルの一つとして、大きな影響力を持つことは間違いないであろう。
本regulationは、制定3年後の2007年に見直されることになっていたが、ことさら改正はなく、今の形態が当面継続するものと思われる。
また、今紹介したとおり米国においても、近々連邦レベルで、何らかの規制が導入されると予想される。その立法傾向は、EUとはやや異なると思われる。
各国に大きな影響力を持つEUとアメリカでの動きは以上の通りであるが、このような流れをうけ、他の国、地域はいかなる展開をしていくのだろうか。近時、カナダ議会で、立法の必要性についての議決がなされるなど、現実に、多くの国で、立法化の動きがみられる。

(2)他国への影響を考える際、米国のATA v DOT の違憲判決中で述べている、州毎にルールが違うのは不都合だとする考えは、影響力が大きいのではなかろうか。
州毎にルールが違うのは不都合ということは、各国、各地域を結ぶ国際航空路線のなかで、各国、各地域毎にルールが違うことは不都合だということも意味するはずだからである。今後、ルールを世界レベルでの標準化しようとの流れは不可避であろう。
EUと米国は、やや異なるルールで出発すると思われることは前述したが、いずれその摺り合わせがなされるのではなかろうか。その際の、最大の争点は、補償制度の導入の是非とその内容であろう。
この補償制度については、EU内で様々な議論がなされていることは前述した。おそらく他国で立法化される時には、このEU内での議論が大いに参考とされるであろう。

(3)このような潮流の中で、日本はいかなる方向を目指すべきか、今その方向付けを問われていると言えよう。