12回 顧客とのトラブルの実例解決

 担当者のミスで間違った航空券の料金を提示

 

今回は、窓口レベルでよく起こるタイプのトラブル実例を使って、その法律上の問題点と、トラブルの解決のコツ、トラブルの予防策を考えてみよう。

<研究事案>Aは、「ロス行きの出来るだけ安チケットがほしい」と言って航空券の手配をB社に依頼し、同社からは「6万円のC航空会社のチケットがある」との解答があった。Aはその値段が6万円と予想外に安かったので、その後二度も、本当にそれでいいのか担当者に念を押したが、間違いないとの返事であったので、代金全額を送金した。しかしその後、実際はB社の担当者が新人であり、値段表の見間違いをしていたことが判明した。担当者が電話で、「6万円というのは間違いで本当は13万円だったので、それで買ってほしい」と告げると、Aは、「そのような間違えをするようなところには頼めない。キャンスルする」と怒鳴って電話を切った。

 B社は、やむを得ないとC社の航空券をキャンセルしてしまった。ところが、Aが翌日になって、「最初に6万円といったのだから6万円で売ってくれ」と言ってきた。Aは、他の旅行代理店で、航空券の手配をしてみたが、ハイシーズンのため、安い航空券が見つからず、B社にこのように言ってきたのであった。

 B社としては、すでにC社の航空券をキャンスルしていたので、あわてて手配し直したが、C社のものはすでに満席であり、C社より割高のD航空会社の15万円の航空券がやっと手に入った。これより安い航空券はハイシーズンのためすでに手に入らない状態であった。

 

<6万円で売買契約が成立してしまったのか>

6万円で売ると提示した以上、その顧客との間では、その金額で売買契約が成立したことになる。その際、仕入値がいくらかは関係ない。  

もっとも、通常は申込金の受領が無いと契約は成立したことにはならないが(標準約款5条)、今回のように代金全額の送金を受けてしまうと、契約成立はやむを得ないであろう。

また、標準約款では、航空券の料金の改定による値上げがあると、その値上げ分は旅行者負担となるが(同15条)、旅行業者のミスで安く代金を提示した場合、提示金額のミスが判明したからといって、その差額を旅行者に負担させるわけにはいかない。

ところで、民法には錯誤無効という法原理がある(民法95条)。業者が料金表を見間違えたというのは一応錯誤といえよう。しかし、錯誤が重過失で生じたとなると無効とはならない(同法但書)。旅行業者というプロが料金表を見間違えたというのは、重過失といわざるを得ず、錯誤で無効と主張するのは無理であろう。

 

<キャンスルしたことにならないのか>

 旅行者がキャンスルを申し出て、旅行業者がそれを了承すると、契約は合意解除される。そうなれば、6万円の契約は白紙に戻るのだが、今回の事案はどうであろうか。

Aは、担当者との電話のやりとりの中で、「自分が二回も問い合わせたのにそのときは調べもせずに放置し、今になって、やっぱり間違っていたというのは何事か」という気持ちから、怒りにまかせてキャンスルすると言ったが、翌日すぐそれを撤回している。

このような場合、Aが果たして真意でキャンスルといったかかなり疑問である。仮に、訴訟になると、Aは「あれは、B社の対応があまりにいい加減だったので、強く抗議しただけだ」とか、「キャンスルするとまでは言っていない。きちっと対応しないとキャンスルするぞと言っただけだ」などと言い出すのがふつうだ。

 本件では、電話のやりとりしかしていないから、明確な証拠がない。この場合、キャンスルがあったかどうかは、B社に立証責任があるから、B社にとって極めて分の悪い訴訟となることが予想される。実務ではこのことを前提に、事態をこじらさないよう上手な交渉が必要であろう。

 

<次回に向けての問題提起>

 たくさんの顧客を扱っている場合、今回のような初歩的なミスは必ず発生する。その際、最初に対応する担当者の対応が最も重要である。また、顧客がキャンスルと言った場合、それをはっきり証拠だてしていれば、その後のトラブルの打開は容易になる。次回は、これらの点について検討しながら、本件の最終解決を模索しよう。   

13回 (続き)顧客とのトラブルの実例解決

 担当者のミスで間違った航空券の料金を提示

 

今回は、前回のテーマを続けて検討することとする。まずは、前回の事例をもう一度ご紹介しよう。

 

<研究事案>Aは、「ロス行きの出来るだけ安いチケットがほしい」と言って航空券の手配をB社に依頼し、同社からは「6万円のC航空会社のチケットがある」との解答があった。Aはその値段が6万円と予想外に安かったので、その後二度も、本当にそれでいいのか担当者に念を押したが、間違いないとの返事であったので、代金全額を送金した。しかしその後、実際はB社の担当者が新人であり、値段表の見間違いをしていたことが判明した。担当者が電話で、「6万円というのは間違いで本当は13万円だったので、それで買ってほしい」と告げると、Aは、「そのような間違えをするようなところには頼めない。キャンスルする」と怒鳴って電話を切った。

 B社は、やむを得ないとC社の航空券をキャンセルしてしまった。ところが、Aが翌日になって、「最初に6万円といったのだから6万円で売ってくれ」と言ってきた。Aは、他の旅行代理店で、航空券の手配をしてみたが、ハイシーズンのため、安い航空券が見つからず、B社にこのように言ってきたのであった。

 B社としては、すでにC社の航空券をキャンスルしていたので、あわてて手配し直したが、C社のものはすでに満席であり、C社より割高のD航空会社の15万円の航空券がやっと手に入った。これより安い航空券はハイシーズンのためすでに手に入らない状態であった。

 

<前回検討した事項>AとB社の間では、6万円でチケットの売買契約が成立している。また、この契約のキャンスルが成立したとみることは難しいと思われる。

 

<では15万円を6万円で売らなければならないのか>

結論的には、そのようにならざるを得ないであろう。

13万円のチケットを航空会社との間で取消したのは早まったというべきである。このように、トラブル含みでキャンスルという場合では、FAX又はEメールで、キャンスル確認の連絡をして本人の意思確認をしたうえで航空券を取消すか、意思確認が出来なければ、2−3日はチケットを押さえておくべきであった。気が変わることが十分に予想されるからである。

仮に、3日以上経ってから、Aから「あのときのチケットはもう無いか」といってきても、「お客さんがキャンスルといったので、もう取り消してしまった」と言って、引き取ってもらっても大丈夫であろう。Aがそれだけ放置したということ自体、キャンスルの意志を明確にしたといえるからである。今回、キャンスルが成立したとみるのが難しいのは、Aが、翌日すぐ連絡を取ってきたからである。

 

<このようなトラブルが生じたときには、どのように対処すべきなのか>

お客から「その値段でいいのか」と問い合わさせがあったときには、すぐチェックし直すという謙虚さであろう。これはベテランでも当然のことで、新人ならなおさらのことである。

しかし、たくさんの顧客を相手にしている限り、ミスは付き物である。そのときに、なんといっても大事なのは、ミスが判ったときの担当社員の最初の対応である。このときのポイントは、なぜ間違えたかという理由を具体的に明示して、率直にわびることである。この点がすっきりとさわやかに出来れば、顧客の90%は納得してくれるはずである。しかし、この段階でスムースに行かないとなれば、こじらさないうちに速やかに上司にバトンタッチすべきである。上司が頭を下げることで、多くの顧客は納得してくれるはずである。

それでもうまくいかないときどうするか。そのような場合に備え、専門の苦情処理担当者を養成しておくことである。このような処理にふさわしい人材をピックアップするとともに、「顧客相談室長」などいう肩書きを与えておくことがコツである。顧客からみると、たらい回しでなく、それなりの人が誠意を持って対処しているとみえるからである。こじれた事案も何とかこの室長の力量で解決を図ってもらうことである。   

 

14回 外旅行傷害保険における重複契約の不告知・不通知の効力――モルジィブ疑惑の判決

保険契約者が保険契約の締結に当たり重複契約に関する通知・告知義務に違反した場合において、保険者に契約の解除権を付与する約款は有効であるが、保険契約者において保険金を不法に取得し、保険契約を濫用する目的を有していなかったという特段の事情を主張立証すれば、契約の解除は許されない(東京高裁平成3年11月27日判決)

 

<問題の所在>海外傷害保険を申し込むときには、他に傷害保険を掛けていないか聞かれるはずだ。しかし、その際一般の旅行者のなかには、あまり深刻に考えずに、他に傷害保険に入っていても、それを告知しない者が相当いるのではなかろうか。

損害保険会社の保険約款では、顧客に対し、契約を締結する際に重複契約(傷害保険の被保険者、時期等が共通)であるときはその旨の告知義務を課し、契約締結後に重複契約であることを知ったときにはその旨通知しなければならず、これを怠ると、保険会社は契約を解除できるのが通常である。

では、顧客が実際にこの告知、通知義務を怠った場合に、保険会社が本当に契約を解除して、保険金の支払いを拒絶できるのだろうか。もし、解除できるとすると、多くの者がせっかく保険にはいっていても、いざという時に保険金を受け取れなくなってしまうであろう。

本判例は、この問題について、裁判所が判断をしてくれた極めて貴重な判例である。

 

<保険契約と事故>Aと妻Bは、旅行業者C社主催のパックツアー「モルジィブ・ビアドゥ島八日間」に申し込み、昭和60年1月3日、モルジィブに向け出発した。ところが、Bは、昭和60年1月5日午後9時頃、モルジィブのビアドゥ海岸で溺死した。

実は、Aは、旅行に出かける前、妻Bを被保険者として、この旅行期間中について、死亡の場合においては5000万円が二口と、7500万円が一口、合計1億7500万円の海外旅行傷害保険ないし傷害保険を掛けていた。そのため、保険金詐欺の「疑惑」が生じ、当時のマスコミを大いに賑わすことになった。

 

<保険金額の制限と告知・通知義務>なぜ、前述の告知・通知義務があるかといえば、我が国の損害保険会社は、同一の被保険者について締結される傷害保険契約の保険金額が自社及び他社を合計して一定の金額を超えるときには、それ以上の保険引き受けを拒絶する扱いをしているからである。本件当時における傷害(死亡)を保険事故とする保険の引受総額の限度は1億5000万円、海外旅行傷害保険の引受総額の限度は1億円とするのが各保険会社の扱いであった。そのような制限がある理由は、保険金額が高額になると、故意に事故を招来するなどして不正に保険金を取得しようとする危険性が高くなるからである。また、海外では、事故招致の証明が困難で、不正な保険金請求が起こりやすいため、海外旅行傷害保険の限度は低いのである。

 

<裁判所の判断>冒頭で紹介したとおり、保険契約者が、保険金を不法に取得し、保険契約を濫用する目的を有していなかったことを立証できれば、重複保険であることの告知・通知を怠っていても、保険金はおりるのである。

 本件のAは、実は本判決で保険金の受領を否定された。実は、Aは、旅行に関する情報出版と航空券の販売を目的とする会社を設立してそこの代表取締役を務めており、さらに同社は、ある損害保険会社の代理店でもあった。まさに、旅行傷害保険のプロであった。にもかかわらず、不告知・不通知のまま高額の保険を3口も掛けたとなれば、保険契約濫用の目的がなかったとはいえないと認定されてもやむを得ないであろう(判決では「疑惑」には直接触れていない)。しかし、普通の旅行者が深く考えずに、重複契約の事実を敢えて述べなくても、それをとらえて、保険会社が保険金の支払いを拒否することは出来ないというのが、本判決の判断であろう。

 

<教訓>旅行傷害保険を締結する際、普通の旅行者が不告知でも、原則的には保険の支払いを拒絶されることはないといえるが、他の事情も加われば支払いを拒絶されることもあり得よう。旅行傷害保険を勧めるときには、重複保険でないことの確認は、必ず実行してもらいたいものである。さらに、後に重複保険であることが判ったときには、その旨通知しなければならないことも併せて説明すべきである。     

15回 査証申請用の質問書に、「親指欠損」と補充できるか?

 

旅行業者の従業員が、米国査証申請のための質問票に「右親指欠損」と補充記載したことは、本人の同意を得ていなくても委任の趣旨に反する違法行為には該当しない(東京高裁平成2年9月11日)

 

<事実経過>Aは旅行業者B社主催の「スペシャルハワイ6日間の旅」に申し込んだ。昭和63年11月のことである。このときの米国査証申請用の質問書には、質問事項18に、「特に目立つ特徴(目に見える傷痕,ホクロ等)」というものがあった。Aは、そこに「ない」と記載したが、実は、同人の右手親指が欠損していた。

B社の従業員Cは、この質問書を受領後、その質問事項18の欄に「右手親指欠損」と補充記入して、申請書とともに同社のオペレーションセンターに送り、その後米国大使館に提出された。しかしこの間、B社からは誰も、この補充記入についてAからその同意を得ようとしなかった。

Aが米国大使館に出頭すると、一般の人とは異なる入国申請カウンターに呼ばれ、担当者の指示で両手を前に出させられた上、親指欠損の理由を聞かれ、「仕事で失いました」と答えたものの、ビザ申請は却下された(当時、米国入国に査証は不要になっていたが、不要になって間もないため、B社は入国がスムースに行くよう、旅行者一般に査証取得を勧めていた)。

実は、Aは自動車修理工をしていた15歳の時に、電動グライダーの操作を誤って右手親指を欠損したものであり、欠損自体は暴力団とは何の関係もなかった。

 

<なぜ敢えて補充記入したのか>質問書に虚偽記入すると米国の法律違反となり、入国後発覚すると、強制送還や刑事罰の対象になる。そこで、社団法人日本旅行業協会関西支部では「米国査証マニュアル」を作成して、記入漏れがあった場合には、旅行業者は事前に本人に確認した上、赤ボールペンで追加記入する事にしていたが、ことに、質問事項18では、顔の部分にある傷痕や、ホクロ、イレズミ、指の欠損のある場合には、必ず記入することとしていた。

 Cはこのマニュアルに従って、指の欠損を補充記入したのであった。しかし、本人の意思確認が事前は勿論、事後もなされなかった。

 Aは米国大使館で悔しい思いをしたのであろう。それ故、本件訴訟を提起してきたのである。指の欠損は記入しなければならない事項であったが、B社から同意を求められれば、Aはその時点で、申請を維持するか申請を撤回するかの選択が出来たはずなので、そのチャンスを失ったということはAにとっては納得できないことであった。

 

<裁判所の判断>裁判所は、同意を求めなかったということについて問題視はしていたが、欠損自体は事実であるし、それを記入すべきことも事実だったので、「違法な行為であったとみることは困難である」というもってまわった言い方で、一審判決(Aの勝訴)を取り消し、旅行業者の勝訴とした。

 

<教訓>本件で旅行業者が勝訴したからといっても油断してはいけない。現に一審では旅行業者が敗訴していたのだし、控訴審も、すれすれで勝訴したというのが実状だからである。

旅行関係では、ビザ申請や入国、税関手続きなど、一般の旅行者では作成の困難な書類は多い。このような場合、旅行業者が作成のサポートをしなければならないが、ことに本人にとって不利益な情報の追加、訂正の場合には、必ず本人の意思確認をしてもらいたい。それを怠ると、本件のように訴訟まで発展することもあり得るのである。    

16回 ヨーロッパからの帰路が北回りから南回りに変更

 

主催旅行において、必要な航空券がとれず、ヨーロッパからの帰路が北回りから南回りに変更され、そのため、日程の一部が変更され、かつ帰国時間が遅くなったケースで、旅行者にそれを告げないまま出発させた旅行社に、5万円の慰謝料の支払いを命じた(東京高裁昭和55年3月27日)

 

<判例の意義>やや古い判例であるが、海外の主催旅行では、起こりうるケースなので、なぜ訴訟まで発展したか、吟味してみたいと思う。

<何が起きたのか>B社は、昭和52年9月6日から同月17日まで12日間、パリとミラノの商品見本市の視察、およびフローレンス、ローマでのブティック視察をメインとするヨーロッパファッションツアーを企画し、参加者を募集した。Aはこれに参加申し込みをした。B社は、出発前日の9月5日、参加者全員の航空券お手配をしたが、帰路については、エールフランスの北回り便が確保できず、南回りを利用せざるを得ないことが判明した。しかし、B社は、パリで添乗員に北回り便を手配させればなんとか航空券を確保できる余地もあるとして、旅行者には、南回りに変更になったことを告げないこととし、かつ、それが旅行者に判らないよう、東京国際空港では飛行機に搭乗する際に、搭乗券を渡すのみで、航空券を交付することはしなかった。

 添乗員が、パリで北回り便を確保すべく努力したが、結局北回り便は確保できなかった。ところが、9月10日、パリからミラノへ移動する際、フランスを出国する際の出国手続きが厳重なため航空券を旅行者に交付せざるを得ず、その結果、帰路が南回りであることが旅行者に発覚してしまい、一時騒然となった。そして、Aは納得できず、帰国後訴訟を提起するまでになったのである。

 

<南回り便で何が不利益か>Aは北回りで帰国すれば17日中に神戸の自宅に帰宅できるはずであったが、南回りで帰国したAは、同日の大阪行きの国内線最終便に間に合わず、東京で一泊せざるを得なかった。

また、Aは他の同行者とともに、南周りに搭乗するため、早めにパリに移動せざるを得ず、ローマでの自由視察が出来なくなった。

さらに、また、南回りは、テヘラン、ニューデリー、バンコック、ホンコンを経由し、ホンコンから中華航空に乗り換えてタイペイ経由での帰国となった。これだけ離着陸を繰り返し、かつ乗り換えがあると、それは旅行者にとっては、それはかなりの負担増であった。

 

<裁判所の判断>事前に旅程の変更や帰路の変更を告げないまま出発したことは、一旦決まった主催旅行契約についての債務不履行であるとした。しかし、財産的損害は特に生じていないとして、慰謝料として、5万円の支払いのみをB社に命じた。

 

<教訓>本件では、南回りへの変更の事実を旅行者に知らせなかったのが最大の問題である。過去の経験から、パリでの交渉で何とかなると軽信したのであろうが、成功しない可能性があるとなれば、出発前に旅行者に変更を知らせ、それでも出発するかどうかの選択の機会を旅行者にあたえるべきである。

今回は、慰謝料の5万円ですんだが、仮に、Aに翌日重要な業務があり、帰宅が一日遅れたことによりそれが果たせなかったということになれば、かなりの高額の損害賠償責任もあり得たはずである。このことは決して忘れないでほしいものである。    

17回 ホテルの予約業務の手数料の時効

 

海外の特定のホテルの宿泊予約等の業務に関するパッケージ代金には、民法174条の短期消滅時効(1年)の適用はなく、商事債権としての時効(5年)が適用される(東京地裁平成7年7月27日判決)

 

<問題の所在>商行為から生じる生じ債権の消滅時効は、原則として5年である。

しかし、民法174条では、一定の債権について、1年の短期消滅時効の対象になるものが定められている。その3号には、「運送賃」があげられ、4号には、「旅店、料理店、貸席及ビ娯楽場ノ宿泊料、飲食料、席料、木戸銭、消費物代価並ニ立替金」とある。

 よく、「飲み屋のツケは1年」というが、確かに、この4号の「飲食料」にあたる、レストラン、バーあるいはクラブの売掛債権は、一年の消滅時効に該当する。

 旅行関係でいえば、交通機関の運賃、ホテルの宿泊料金、レストランの飲食料は、同条の「運送賃」、「宿泊料」、「飲食料」にそれぞれ該当し、時効は1年である。

 ところで本件では、原告は旅行業者であるが、グアムのAホテルの日本における窓口として、同じく旅行業者たる被告のために、継続的にAホテルの宿泊や施設利用の手配業務をパッケージとして行っていた。そして、その内容は、宿泊、食事を主とし、ハネムーンパッケージ及びウェディングパッケージでは、挙式ビデオテープ撮影、牧師への謝礼等の各種サービスが含まれていた。

 原告が、このパッケージ代金496万円を被告に請求したところ、被告は、当該請求権は民法174条4号の「宿泊料」ないし「飲食料」に該当し、1年の短期消滅時効で既に消滅していると主張した。被告は、勿論通常の生じ債権として5年の時効を主張していた。

 

<裁判所の考えは>業者間では、このような継続的取引は結構多い。その際の時効は、1年なのか5年なのかは、実務的には重要な問題であろう。

 裁判所は、原告の本件債権は通常の商事債権として時効は5年であるとし、原告の請求を認容している。

 民法174条4号の「宿泊料」や「飲食料」がなぜ1年の短期時効かといえば、取引において直ちに代金を請求して支払いをするのが通常であり、証拠書類も作成していないのが多いからである。このような取引では、時間がたつと、取引の立証が困難になってしまうので、長期の時効は適しないというわけである。

個人客が、個別的に交通機関、ホテル、レストランを利用したときなどは、これに該当しよう。

 本件は、業者間の継続的取引で、かつ、パッケージとして、単純な宿泊料や飲食料だけでなく、各種の施設利用料、その他のサービス料もその内容にはいっていた。こうなると、174条4号が予定している内容を遙かに超えている。そのため、通常の商事債権として、5年の時効にかかると判断されたものである。

 

<教訓>最近は、取引形態が複雑になり、短期時効が認められるケースは減少しているといえよう。業者間の継続的な予約業務は、ホテルに限らず、交通機関、レストラン等でも、通常の商事の時効5年で処理せざるを得ないのである。    

18回 二次会に参加した社員の暴行に対し、その使用者会社は責任がない

 

<問題の所在>添乗員の仕事は大変である。8amから、8pmというように時間制限をしようと思っても、実際は、時間無制限でツアー客の要請に対応しなければならないというのが現状であろう。

 実際、ツアー客の中には、程度の悪い者も結構いるようだ。思い通りにならないからといって怒鳴るくらいならいいが、なかには暴力を振るう者もいる。それにより、添乗員が怪我をするという事態もあり得るはずだ。そのようなケースで、暴力を振るった本人に賠償請求できるのは当然だが、そのようなことをする者は、えてして賠償能力がないことが多い。結局、賠償金を払ってもらえず、また、被害が大きいと、労災や保険では損害の全てをまかないきれないことが通常で、結局添乗員は泣き寝入りということになりかねない。

しかし、そのツアーが、ある会社の、慰安、研修、視察などのための旅行であれば、会社に「使用者責任」が有り、会社が賠償金を支払うということが考えられる。会社に責任を取らせられれば、添乗員も損害賠償金をより確実に確保出来るはずである。

 

<使用者責任の範囲>「使用者責任」といっても、いつでも会社に責任を取らせられるわけではない。

研修や視察の最中、あるいはその場所への移動中は「使用者責任」が発生することに問題がない。その会社の主催のパーティーや、宴会の最中、その会場との行き帰りでのトラブルも問題ないであろう。その会社の社員として参加する第三者主催のイベントやパーティーの最中、その行き帰りでのトラブルも問題ない。

会社の「使用者責任」は、使用者会社の事業の全部又は一部を遂行中する過程で起きた従業員の不法行為について、使用者が責任を負うものなのである。

しかし、実際問題としては、この「事業の全部又は一部の遂行中」という要件が満たされるかどうかの判断は難しい。この点について、添乗員に直接関わる判例はないようだが、参考になる判例があるので、まずはそれを紹介しよう。

 

<参考判例>会社主催の宴会やパーティーが終了し、一部の社員が自分の部屋に戻って二次会をやっているときのトラブルに関する、名古屋地裁昭和58年11月30日判決。

会社主催の宴会は午後9時頃終了し、その後は自由時間となった。Bは部屋に戻り、そこに集まった12−3名と二次会をしていた。午後11時頃になり、ビールを飲み尽くしたので、Bがフロントに追加の注文に行ったところ、既にフロント業務が終了しており、人がいなかった。Bは、さらにフロントの奥の控え室に入り込んだところ、そこにたまたまホテル専属の楽団演奏者Aが業務上の電話をしていた。Aは、自分はフロントではないと繰り返し説明したが、Bは思うようにならないためか興奮し、「フロントのやつ、どこへいったんや」等と怒鳴りながら、繰り返しAを殴って怪我をおわせ、その結果、Aは75日間も入院する事態となった。

このような事案について、裁判所は、Bの不法行為たる暴力は、既に自由時間での出来事で、「事業を遂行する過程」でなされたものではないとして、使用者責任を否定した。

 

<教訓>本件のAを、添乗員に置き換えると、この判例も、旅行業者にとっては、参考になると思う。深夜にも関わらず、「どこへ行けば酒が飲めるのだ」等と添乗員につめよるような酒癖の悪い人間はどこにでもいる。それに対し「この時間では、もうどこも開いていない」といくら説明しても納得しないような、程度の悪い旅行者を相手にして、苦労した添乗員は多いと思う。

本件で明らかになった通り、会社の行事でなく、自由時間の自由活動でのトラブルとなると、原則として、使用者会社の責任は問えなくなる。添乗員も、その辺をよく認識した上で、酒癖の悪い人間に対し、上手に対処するノウハウを身につけることが必要であろう。   

20回 イタリアでのバス事故

 

<バス事故発生>

 わたしの事務所にイタリアから国際電話が入った。彼女は、アメリカ人の男性と結婚し、ロスに居住していたが、インターネットでヨーロッパのバスツアーを申し込み、スイスから、イタリアに入ったところで、乗っていたバスが横転し、ご主人共々、重傷を負って、イタリアの病院に入院しているとのこと。アメリカやヨーロッパから参加した同じツアーの客が10人くらいいたが、大部分が重傷で、ことに一番前にいたバスガイドは死亡しているかもしれないとのことで、かなりの事故であった。ところが、主催した旅行業者が、今の病院は料金が高いので他の病院に移させようとしたり、他の乗客の動向を知らせないなど、事故後の対応が極めて不誠実なため、今後どうしたらよいか日本大使館に電話したところ、そんな「民間人」の問題まで大使館は対応できないと、けんもほろろであったという。そこで困って私の事務所に電話をしてきたとのことであった。

ただ、彼女の話だと、ご主人がアメリカ大使館に電話したところ、「英語の出来るイタリアの弁護士を派遣するのでよく相談するように」といわれたというので、私としては、「とりあえず、その弁護士を頼って対処してもらい、それでもうまくいかないようならもう一度電話するように」とアドバイスして電話を切った。

 その後、イタリア人弁護士の尽力で、二人は無事アメリカに帰国できたものの、旅行業者に対する不信感は解消できず、現在ロスで旅行業者相手に訴訟を提起し、私の属する国際旅行法学界IFTTAの創立メンバーの弁護士が代理人として対応している。

 

<大使館の対応>外国で事故に巻き込まれたとき、母国の大使館に相談するのは、緊急の問題を解決するための一つの手段のはずである。ところが、このときの日本大使館と米国大使館の対応は全く違っていた。米国大使館は、英語の出来る弁護士をすぐ派遣し対処させた。他方、日本大使館は、そんなことは自分たちで解決しろと取り合ってくれなかった。

このケースに限らず、日本大使館は、「自国民の保護」という意識はほとんどないのが現実である。海外で、ツアー中に事故や病人がでたとき、日本大使館は頼りにならない。このことは、よく認識しておく必要がある。旅行業者は、それを前提にどう対処するか、現実的な手順を準備しておくべきである。

 

<最初のボタンの掛け違いがないように>今回は、安い病院に移させようとしたり、他のツアー客の情報を隠したりしたことにより不信感が生まれ、最初から弁護士が介入するような事態となってしまった。治療費の負担を少なくしたくて病院を変えようとしたのであろうし、旅行者が結束してほしくいないので、他の旅行者の情報を伝達しなかったのであろう。

 しかし、このような姑息なことをするから、旅行者から不審かを抱かれ、不誠実と思われるのである。事故が起きてしまった以上、可能な限り誠意をつくすことがもっとも負担を低減する最良の手段だということを忘れないで欲しい。最初のボタンの掛け違いは、最後まで響くものである。

 ***このケースが、その後アメリカの訴訟手続きのなかでどう展開していくか、その生の状況を、このコーナーで随時報告する予定である。       

 

19回 イタリアでのバス事故

 

<バス事故発生>

 わたしの事務所にイタリアから国際電話が入った。彼女は、アメリカ人の男性と結婚し、ロスに居住していたが、インターネットでヨーロッパのバスツアーを申し込み、スイスから、イタリアに入ったところで、乗っていたバスが横転し、ご主人共々、重傷を負って、イタリアの病院に入院しているとのこと。アメリカやヨーロッパから参加した同じツアーの客が10人くらいいたが、大部分が重傷で、ことに一番前にいたバスガイドは死亡しているかもしれないとのことで、かなりの事故であった。ところが、主催した旅行業者が、今の病院は料金が高いので他の病院に移させようとしたり、他の乗客の動向を知らせないなど、事故後の対応が極めて不誠実なため、今後どうしたらよいか日本大使館に電話したところ、そんな「民間人」の問題まで大使館は対応できないと、けんもほろろであったという。そこで困って私の事務所に電話をしてきたとのことであった。

ただ、彼女の話だと、ご主人がアメリカ大使館に電話したところ、「英語の出来るイタリアの弁護士を派遣するのでよく相談するように」といわれたというので、私としては、「とりあえず、その弁護士を頼って対処してもらい、それでもうまくいかないようならもう一度電話するように」とアドバイスして電話を切った。

 その後、イタリア人弁護士の尽力で、二人は無事アメリカに帰国できたものの、旅行業者に対する不信感は解消できず、現在ロスで旅行業者相手に訴訟を提起し、私の属する国際旅行法学界IFTTAの創立メンバーの弁護士が代理人として対応している。

 

<大使館の対応>外国で事故に巻き込まれたとき、母国の大使館に相談するのは、緊急の問題を解決するための一つの手段のはずである。ところが、このときの日本大使館と米国大使館の対応は全く違っていた。米国大使館は、英語の出来る弁護士をすぐ派遣し対処させた。他方、日本大使館は、そんなことは自分たちで解決しろと取り合ってくれなかった。

このケースに限らず、日本大使館は、「自国民の保護」という意識はほとんどないのが現実である。海外で、ツアー中に事故や病人がでたとき、日本大使館は頼りにならない。このことは、よく認識しておく必要がある。旅行業者は、それを前提にどう対処するか、現実的な手順を準備しておくべきである。

 

<最初のボタンの掛け違いがないように>今回は、安い病院に移させようとしたり、他のツアー客の情報を隠したりしたことにより不信感が生まれ、最初から弁護士が介入するような事態となってしまった。治療費の負担を少なくしたくて病院を変えようとしたのであろうし、旅行者が結束してほしくいないので、他の旅行者の情報を伝達しなかったのであろう。

 しかし、このような姑息なことをするから、旅行者から不審かを抱かれ、不誠実と思われるのである。事故が起きてしまった以上、可能な限り誠意をつくすことがもっとも負担を低減する最良の手段だということを忘れないで欲しい。最初のボタンの掛け違いは、最後まで響くものである。

 ***このケースが、その後アメリカの訴訟手続きのなかでどう展開していくか、その生の状況を、このコーナーで随時報告する予定である。    

21回 台湾のパックツアー中のバスの転落事故

 

パックツアーで旅行中に、旅行者が外国でバスや列車、航空機事故等に遭遇するというケースは結構多い。今回はそのなかで訴訟にまで発展してしまった一例(平成元年620日東京地裁判決)を紹介しよう。結論は、被告となった旅行業者の責任は否定されているが、そこからは多くの教訓を得ることが出来よう。

 

<どんな事故だったのか>台湾旅行の三日目の昭和61224日朝、台中に向かって出発してから約1時間後、日本人旅行者を乗せたバスが国道から逸脱・転落して、8名が死亡し、8名が負傷する大事故が発生した。主な原因は,運転手が対向車とすれ違う際ハンドルを切りすぎた過失であった。

 

<主催旅行業者の責任>訴訟で責任を求められたのは、旅行を主催した旅行業者であったが、裁判所は、主催旅行契約について、「単に旅行を実施すれば足りるというものではなく、旅行者の生命・身体・財産の安全を確保することも、同契約の本質的な要素である」と判断した上、具体的には、@安全な旅行行程を設定する義務、A安全な運送サービス提供機関を選定すべき義務、B添乗員を同行させた場合に添乗員が旅行業者の履行補助者として当該旅行者の具体的状況に応じ旅行者の安全を確保するためて適切な指示をなすべき義務があるとした。

しかし、本件道路が交通の頻繁な幹線道路であって、ことさら危険な道路ではないなど、旅行行程設定には問題はない。バス会社もバス貸し出し業の営業許可を受けており、運転手も業務上の運転免許を受けているとともに運転手組合に属しているなど、運行サービス選定上も問題はない。添乗員も後述の通り過失はない。ということで、裁判所は旅行業者の責任を否定した。

 

<添乗員の責任>裁判所は、添乗員には、バスの車体やタイヤの外観、運転手や運転の状況、天候の状況などに異常が有れば運転をやめるなどの必要な措置を取る義務があるとしたが、今回そのような状況は特に存在しなかったと認定した。

 

<台湾のバス会社の責任>日本の旅行業者が責任を問われなくても、台湾のバス業者ないし運転手は責任を負うはずであるが、海外の事故では、交渉は相手が遠隔地のため困難であるし、裁判管轄や適用法が外国とせざるをえないことが多く、また、賠償能力が期待できないことが多いなど、多くの困難が伴う。そこで、海外の業者等の責任追及については、事実上あきらめてしまうことが多く、本裁判でも、被告にはなっていない。しかし、日本と現地の法律事務所が提携すれば、その責任追及は可能で、かつ意味があることも多いはずである。

 

<教訓>本件は、ポピュラーな旅行コースでの事故で、かつ、出発してからさほど時間が経っていないうちでの事故のため、運転手の単純な運転ミスと言うことで終わってしまい、旅行業者の責任は否定された。しかし、海外の事故については、行程の設定に危険な要素が含まれていたり、サービス提供業者の安全管理能力に問題があったり、添乗員が現場で安全のための適切な対処をしなかったため、旅行業者が責任を問われるこということは十分にありうる。本コーナーでも、今後、海外での旅行者の事故については、さまざまな角度から検討する予定である。

   なお、主催旅行に当たっては、手配を手配代行者に下請けさせることが多いが、この場合、事故が起きると、代行者の選任・監督に必要な注意を払ったと言うだけでは免責されず、手配代行者の責任は、そのまま旅行を主催する旅行業者の責任になることを忘れないで欲しい(標準旅行業約款23条)。