22回 パスポートが宅急便で紛失

 

パスポートは商法578条の「高価品」には該当しないので、委託者が運送を委託するに当たって、その種類、価格を明示しないからといって、その紛失に当たって運送人が免責されないが、簡易宅配システムでパスポートを送るに当たって、荷物及び伝票上に「パスポート」と明示しなかったことは荷送り人にも過失があるとして、3割の過失相殺が相当とした(東京地裁平成元年4月20日判決)

 

<問題の所在>旅行業に実務では、宅急便でパスポートを送るということは、日常よくあることであろう。本件でも、旅行業者である原告は、東京から旅行申込者の山梨の会社宛に、パスポート7通を運送業者の被告に対し、いわゆる宅急便で送ることを委託した。ところが、このパスポートが運送途中で紛失してしまったのである。

 そこで、原告が被告に損害賠償を請求したところ、被告は、パスポートは商法578条の「高価品」に該当するから責任はないと主張した。同条には、概略「貨幣、有価証券その他高価品については、荷送人が運送を委託するにあたって、その種類と価格を明告しなければ、運送人は損害賠償の責任を負わない」とある。

 原告は、荷物にも伝票にもパスポートと記載せず、口頭でもパスポートである旨告げていなかった。仮に、パスポートが、同条の「高価品」となると、運送人たる被告は、責任を負わなくてもいいことになってしまう。

 

<パスポートは高価品?>

パスポートがなければ、海外旅行は出来ない。本件も、パスポートが紛失したため、原告に旅行を発注していた山梨の会社は旅行をキャンセルせざるをえない羽目になっている。パスポートは、間違いなく、取得者にとっては、貴重品である。しかし、貨幣や有価証券のように、価格が高いわけでもない。発行に高額の費用がかかるわけでもなく、また、高額で取り引きされるものでもない。その人を離れたら何の価値もない。本件判例は、パスポートは、その取得者にとっては貴重品であるが、それ自体としては交換価値はなく商法578条の高価品には当たらないとして、運送人に賠償責任を認めた。

 

<賠償額>

原告は、ツアー参加者から賠償を請求されていたので、その請求額は、旅行者1人について、航空券キャンセル料3万円、ホテルキャンセル料9000円、台湾入国査証料4500円、旅券再申請料分印紙代6000円、旅券再申請分葉書代40円、ツアー参加者への慰謝料(旅行費用倍返し分)95000円。これが7人分なので合計101万1780円であった。

 

<過失相殺>裁判所は、原告の請求額を前提に、3割の過失相殺をして、70万7100円を認容している。この3割分は、旅行業者が、旅行者に賠償しなければならないわけである。

 裁判所は、パスポートは、貴重品であることは間違いはないのだから、その旨明示されていれば、被告側で、特に注意を払って扱い、事故の発生を回避できた可能性を否定できないとして原告側の過失の存在を認め、3割の過失相殺をしている。

 

<教訓>旅行業者の実務としては、ビザの取得の場合など、パスポートを宅急便で送るということは不可避であろう。そのような場合紛失事故を可能な限り避けるためにも、中身がパスポートであることを明示して運送を委託すべきでる。さもないと、損害額の一部は、過失相殺として、運送業者は責任を免れ、その分旅行業者が責任を負うべきことになるからである。しかも、パスポートの紛失は、まとまった通数が紛失することが多く、賠償額も本件のように結構嵩むからである。          

23回 パラセーリング中に転落負傷

 

タイでのパラセーリング中の転落事故に関する浦和地裁昭和57年12月15日付け判決は、興味深い事例なので今回紹介することにしよう。

 

<どんな事故であったか>Aは、日本の旅行業者B社が主催したタイのパック旅行に参加してパタヤビーチに滞在しているときに、現地の旅行業者C社が募集していたラン島(パタヤの沖合10キロメートルのところにあるリゾート)のオプショナルツアーを申し込んだ。日本人添乗員Dは、Aが申し込む際、他の旅行者のためアユタヤを案内するのでラン島には同行しないことをAに伝えていた。

 Aは、ラン島に向かう船のなかでパラセーリング券を購入してラン島で楽しむこととしたが、事故は、このパラセーリングの最中に発生した。着地寸前の約15メートルから18メートルの高さで、突然パラシュートが窄んで浮力を失い、落下してしまったのである。原因は、Aが眼下の錨に危険を感じて降下の紐を引きすぎたためか、その際逆風が吹いたためか、あるいはモーターボート運転手の運転操作の不手際だったのか、明らかではなかった。しかし、Aはこの事故で、第一腰椎圧迫骨折、両足挫傷の障害を負ったのである。

 

<誰が責任を負うのか>訴訟では日本のB社と添乗員Dが被告になったが、判決では、いずれの責任も否定されている。

現地の旅行業者C社が募集した旅行にAが自分で申し込んで参加した上での事故であって、この旅行はB社が主催していた本来のパック旅行とは別個であり、さらに、Aが船上で、自らパラセーリング券を購入しているのだから、B社の責任はない。

 日本人添乗員Dは事故の起きたとき、本来のツアーであるアユタヤ旅行を案内しており、そのツアーから自ら離脱したAに対し、事故が起きないよう注意する義務はない。

 以上が裁判所の判断であった。

 

<もしオプショナルツアーであったならば>本件で、ラン島へのオプショナルツアーが、B社が用意していたものとすると、どういう問題が生じるのであろうか。

仮に、添乗員が、パラセーリングを薦めたような事情があれば、その際必要な注意義務を果たしたかが問題になろう。パラセーリングは本来的に危険が伴うので、操作の仕方や危険回避の方法を詳しく説明した上で(勿論現地の係員にさせてもいいのだが)、トライさせる必要がある。その説明が不十分で事故が起きたと言うことになれば、添乗員、およびそれを使用している旅行業者の責任が生じる。

ところで本件では、Aは、パラセーリングの券は、旅行業者が用意したものではなく,Aが船上で自ら積極的に買っている。このように、パック旅行において、自由行動中に、旅行者が自ら選択したものでの事故に関しては、旅行業者がどこまで責任を負うかという問題が浮かび上がる。

この点について正面から論じた判例はないようだが、自由行動中となれば、原則的には旅行者の自己責任と言うことになり、旅行者は責任を負わないであろう。

しかし、パック旅行中の自由行動となれば、旅行業側としては、旅行者を全く放置するわけにはいかず、そこで何が楽しめるかという情報とともに、そこでどんなことをすると危険かという危険性に関する情報提供も求められているはずである。

本件のラン島について考えれば、添乗員は、パラセーリングが楽しめること、しかし、危険なので事前に操作についてよく説明を受けてから挑戦するようにとか、その程度の情報提供と注意を促すことはすべきであろう。勿論、事故情報等を事前に掴んでいれば、旅行者に伝える必要があろう。それでも事故が起きれば、旅行業者側が責任をとることはまずないであろう。

 

<最後に>

 本件で、パラシュートの落下の原因が判明しなかったように、海外での事故の原因を追及するのは困難が伴う。従って、海外での事故について、責任追及することは大変な作業となる。その点は、責任を追求する側も、される側も同じである。結局海外の事故では、一旦事故が起こってしまった以上、その後の対処を誠意をもて行い、決してこじれさせないということが、最も大事なこととなろう。      

 

24回 外国でバス事故が起きた時にはどうしたらよいか

 

<はじめに>最近は、外国で日本人ツアー客がバス事故に遭遇し、重傷を負ったり、死亡したりするケースがあとを絶たない。それが、パックツアーであれば、主催した旅行業者の責任の有無が問題になる。

このような事故が起こらないようにする体制作りが第一であるが、事故は、どんなに万全の体制を作っても起こりうる。そこで、事故が起きた場合に、それに対する事後の対処が重要となる。事後対策が適切であれば、被害を最小限に出来るとともに、それがその後の紛争を防止する最大の手段となるからである。

 

<現地情報取得の難しさ>バス事故が発生したときに、その情報が旅行を主催した旅行業者に届くまでには、時間がかかることが多い。第一報が入っても、その後の情報が入ってこなかったり、錯綜したりして、正確な事態が判らないまま時間が経ち、適切な指示が出来なかったという例が目立つ。同時に、大きな事故だと、マスコミの対応に負われ、混乱が増大すると言うことも多い。

 日本の場合、主催旅行業者が直接、現地のサプライヤー(サービス提供者)に手配するのでなく、間に、日本のツアーオペレーター(手配代行者)が介在することが普通である。さらに、現地の旅行業者が介在する事も多い。このように、間に介在者が多いので、構造的に情報が伝わりにくいのである。従って、主催旅行を企画するときには、緊急時の連絡体制を構築しておくことが重要である。そのためには、介在する現地の旅行業者やサプライヤーとの直接の連絡体制を構築するとともに、それを24時間維持できるようにすべきである。

 マスコミ対策も重要である。実際、マスコミはうるさく且つしつっこい。マスコミに対する窓口を、事故対策グループとは別個に設置しておくことが是非とも必要である。また、マスコミ対策用のマニュアルを作成しておくこともお勧めしたい。

 

<添乗員の重要性と限界>日本人添乗員が日本から同行しているときには、この添乗員と綿密な連絡が取れれば現地の状況を判断しやすく、この添乗員を介して現場の指揮も容易となる。

 現在は、添乗員に、現地で通話可能な携帯電話を持たせておけば、連絡は楽である。ただし、いつでもどこでも通話可能というわけではないので、これに頼り切るわけにはいかない。携帯が使えないときの対処方法もあらかじめマニュアル化してほしいものである(実際には、被害者が収容された現地医療機関の協力を取り付けることが効果的である)。

 添乗員に、緊急時の対処方法について、普段から訓練し、かつ、マニュアルを作成するなどの努力をしてほしい。事故現場での、最初期の対処は、添乗員の力量にかかっている。添乗員には、救急車が来るまでの応急処置が出来るくらいの能力を身に付けさせたいものである。

 現地の添乗員の時は、日本人添乗員のような日常の訓練は出来なくとしても、その質は常に把握しておくべきであるし、最低限、直接連絡が取れる体制を構築しておくべきであろう。

 ところで、添乗員については、大事なことを忘れてはいけない。それは、バス事故が起きたとき、最も大きな被害を負う可能性が高いのは、添乗員だということである。添乗員は、バスの最前列に座っていることが多く、また、客席間を立って移動していることも多い。いざ、事故が起きると、重傷を負ったり、死亡したりして、業務を遂行することが不可能なことが多いのである。

 事故時の連絡体制の構築に当たっては、添乗員が機能していないことを前提とした体制作りも決して忘れてはいけないのである。

 

* 緊急時の旅行者の安全確保のためには検討すべきことは多い。本コーナーでも、今後さまざまな角度から検討したいと思っている。      

 

 

25回 海外でのバス事故対策(その2)

 

<カラコルムハイウエー事故>

 カラコルムハイウエーでのバス事故の判例(東京地裁昭和63年12年27日判決)は有名であるが、このケースは、タイヤが道路上の岩石と衝突によりバーストしてバスが転落し、4人が死亡し、9名が負傷する大事故であった。

 このとき、タイヤが丸坊主だったので、それが問題視されたが、判決では、タイヤが摩耗して耐久力が劣化していることと、タイヤのバーストとの因果関係が不明ということで、旅行業者の責任は否定されている。

 しかし、実はこのケースは、両者の因果関係が明らかになればそのようなタイヤの使用を放置していた旅行業者の責任が問われる可能性の高い事案であった。従って、このケースは、旅行業社に多くの教訓を残しているといえよう。

 

<現地バス会社対策>バス会社と直接の契約関係に立つツアーオペレーターは勿論、旅行を主催する旅行業者も、現地のバス会社と、平常から、安全対策をうち合わせ、具体的な運行契約を詳細な書面により締結しておくべきである。

 カラコルム事件のようにタイヤが丸坊主というのは、極めて危険なことで、正常なタイヤを使用することを、事前に取り決めておくべきである。また、バス自体も、その使用車種、年式等をしらべ、また、整備状況など、細部を事前に調査し、使用バスの条件をあらかじめ取り決めておくべきである。また、日本以外で、日本にあるような車検制度のある国は稀であり、バスの整備状況は、その会社の能力にかかっているので、その点の注意も必要である。過去の運行実績、安全性についての評判などのチェックも忘れてはならない。

 運転手の数、質、訓練、教育の状況等も注意する必要がある。現にカラコルム判決では、バス会社や運転手に対する事前調査がなされていないことが問題視されていた。いざ、事故が発生すれば、このような事前調査の有無が責任問題の重要な要素になるのである。

さらには、予定ルートについて、そのバス会社がどの程度のバスの運行経歴があるかも調べるべきである。未経験であれば、ルートの共同調査ぐらいは実行すべきであろう。

 

<添乗員のチェックの限界>添乗員は、当日使用するバスについて、タイヤの摩耗度も含め、車体の整備状況全般をチェックすべき義務がある。しかし、以上のような、会社間の事前の取り決めがない限り、仮に、摩耗したタイヤを発見しても、添乗員がその場で、タイヤの交換や、車体の交換を要求するのは事実上困難である。

カラコルム判決によると、当時のパキスタンでは、新品のタイヤの輸入が厳しく制限され、溝のすり減った中古タイヤが抵抗無く使用されていたとのことであった。このような状況では、事前の会社間の取り決めで使用タイヤの条件を取り決めておくような対策を打っておかなければ、その会社が、安全なタイヤの確保さえしておらず、交換自体が事実上不可能ということになろう。会社間の事前協議は不可避である。       

26回 バス事故(その3)

 

<とにかく情報が錯綜>

海外でのバス事故では、とにかく情報が錯綜する。いろいろなところから、様々な情報が入ってくる。そのため、死者が出ているのかどうか、重傷者が何人か、怪我の程度はどうか、どこに収容されたのか、正確な情報がさっぱりつかめない。

しかも、受ける側も、いろいろな人がバラバラに連絡を受けるため、ますます混乱する。そこに、マスコミから、がんがんと問い合わせがくる。また、旅行者の家族から、切羽詰まった問い合わせが来る。さらに、怪我の情報が届いても、素人ではその怪我の程度が判断できず、収容場所がそこでいいのか、帰国を急がせた方がいいのかの判断も付かない。

このような状況下で、パニックとなり、適切な対処が出来ないということになる。

 

<その対策は>

情報の錯綜に対しては、現地情報に対する窓口責任者を選任し、その者に情報を集中させることである。これにより初めて、その時点での最も正確な事態が把握出来るようになる。

そして、この対現地窓口とは別個に、マスコミ対策の責任者と家族対策の責任者を選任すべきである。さらに、このような役割分担を前提に、総括責任者が全体的な判断を下し、必要な対策をたてるという、しっかりした組織作りが何よりも重要である。

さらに、総括責任者には、相談できる医療専門家が必要である。現地の人的な被害状況に関してせっかく詳しい情報が来ても、医者の意見を聞かないと的確な対策がたてられないことが多いのである。

このようなしっかりした組織作りと医療専門家とのパイプは、日頃から準備していざという時に備えておく必要がある。事が起きてからでは遅いのである。

 

<ツアーオペレーターと旅行業者の分担>実際の事故情報は、主催した旅行業者だけでなく、ツアーオペレーターにも飛び込んでくる。情報はどうしても分散してしまう。

事故が起きたときは、主催した旅行業者が、統一的に対策をたてるべきであり、そこに情報も集中させる必要がある。ツアーオペレーターは、事故に関する情報は全て、旅行業者に送付すべきであり、そのためには、普段の両者間の、事故に備えての打ち合わせも必要であろう。

現地の一般的情報については、ツアーオペレーターの方が詳しいことが多く、旅行業者が対策をたてるに当たっては、ツアーオペレーターの意見も十分に尊重すべきである。

 

<現地へ人を派遣>小さな事故で現地に任せておいて十分な場合、あるいは、現地に自社の支店や営業所がある場合を除いて、速やかに現地に人を派遣すべきであろう。

派遣された者は、現地で応援してもらえる者を確保した上、現地の人的な被害状況を迅速かつ正確に把握し、それを日本の対策本部に報告して指示を仰ぐことになる。

その時に念頭に置くべき事は、被害者にその時点での現地で可能な最高の治療を受けさせるということである。その時の収容場所での医療対処能力が不十分となれば、本人が拒否しない限り転院等の対策をたてなければならない。さらに、日本に帰国させた方がいいか、それをいつするかの判断も重要である。

これらの判断をするに当たっては、医療の専門家のサポートが必要である。理想的なのは、日本人の医療の専門家に現地に派遣することであろう。

 

<事故が起きたときに最も大事なことは>それは、誠意をもって迅速に事に当たり、与えられた状況のなかで最高の治療を被害者に受けさせることである。

このときに、治療費をケチるようなことをすると、被害者はそれを敏感に感じ取る。そのことが、後々に大きなツケとなって返ってくるとは、本稿の第18回、「イタリアでのバス事故発生!」で説明したとおりである。

もう一つ大事なことを申し添えておこう。現地で、被害者のために日本語通訳を確実に確保することである。外国での事故では、言葉の問題が解決するだけで、被害者は、大きな安心感を得られるものなのである。           

27回 バス事故(その4)

バス事故の対処方法に関する話はこれで4回目。その中で、2回目の話に関し、現役の添乗員の方から以下の貴重なご意見をいただいたので、今回はこのご意見を中心に検討してみよう。

<添乗員からのご意見>「この記事に対して質問させていただきます。
最後に、『添乗員は、当日使用するバスについて、タイヤの摩耗度も含め、車体の整備状況全般をチェックすべき義務がある。』とありますが、日本の添乗員の労働条件の現状をよくお知りになってから言っていただきたいと思いました。

もちろん旅の安全確保は添乗員の仕事ですが、現状は添乗員のほとんどが登録型派遣添乗員で、海外添乗の1日の労働時間が、平均12時間以上、平均日給が12900円と他の派遣業種と比較してもワースト2であります。つまり、旅行者の安全な旅の案内人という専門職であるはずの添乗員の労働条件は、その責務に見合ったものでは決してありません。また一度旅程管理者の資格を取った後、各添乗員派遣会社において十分な人材教育やキャリアアップのための制度がほとんど行われていないのが現状です。

仮に、『添乗員は、当日使用するバスについて、タイヤの摩耗度も含め、車体の整備状況全般をチェックすべき義務がある。』と断言するのであれば、各旅行会社や関係者も普段から添乗員という職の価値を認め、労働条件の改善と人材教育に力をいれるべきと意見していただきたいと思います。」

<それでも添乗員の安全確認は争点に!>確かに、派遣添乗員は高度な専門職として旅行業界の発展に貢献すべきであるにもかかわらず、労働条件や人材教育については、このご意見通りの問題を抱えているのは事実である。旅行業界が今後真剣に取り組むべき重要問題の一つといえよう。

しかし、一旦事故が起きると、添乗員はまさに事故現場にいる「会社側の人間」になる。いくら待遇が悪いといっても、旅行者から見れば、旅行会社の一員(法的には履行補助者という)であり、損害賠償訴訟においては、旅行会社とともに、被告の一人にされる事も稀ではない。

被告にならなくても、添乗員がタイヤ等の安全確認をしたかどうかは重要な争点になる。添乗員が安全確認をしなかったとすれば、それは、添乗員を使用した旅行会社自体が安全確認を怠ったことになる。添乗員は重要な証人にならざるをえないであろう。

もし、添乗員の待遇が悪いが故に、安全確認義務がないとすると、それを使用する旅行業者も責任が無いことになる。となると、添乗員の待遇という、旅行業者側の内部問題を理由に旅行者が損害賠償を受けられなくなるが、それが不合理であることは容易に理解してもらえるであろう。

<添乗員の待遇の悪さはどう反映されるか>仮に、旅行業者と添乗員が被告になったとして、裁判所が1000万円の賠償を被告らに命じたとしよう。被告らは全員1000万円の

連帯債務を負うことになるが、実際に支払うのは旅行業者であろう。が、支払った旅行業者が、添乗員に対し、現場で必要なチェックを怠ったとして弁済額の一部の分担を求めることはありうる。このように、損害賠償の内部分担を考えるときに、待遇や人材教育の実状が極めて重要な要素として浮かびある。待遇や教育が充実しているのにチェックを怠ったとすれば、添乗員の負担割合が、例えば40%、それらが極めて劣悪であれば、負担割合は、逆に10%やそれ以下、時にはゼロということもあり得よう。

<最後に>今回のように、読者からのご意見はありがたい。これにより、より深く論点を追求できるからである。今後も、ご意見はどんどん送っていただきたいものである。        

28回 バス事故(第5回 最終回)

 

<はじめに>バス事故に関しては今回で5回目になる。このシリーズについては、多数の方から貴重なご意見を受け取り、筆者としては、大変嬉しく思っている次第である。そこからは、様々な論点が浮かび上がっており、それを議論すること自体が旅行業界の発展に役立つであろう。ただ、本コーナーは、あくまでも、業界に役立ちそうな法律関係の情報を提供する場所なので、さまざまな角度からの意見をぶつけ合うには限界がある。そこで、travel visionの編集部に、本コーナーとは別に、海外のバス事故に関する対談を特集してもらうこととした。そこで、今回は、将来の対談を視野に入れて、私なりに論点を整理しておこう。

 

<安全な商品を提供すべきとする要請> 旅行業者は、パックツアーを販売するに当たっては、それが安全に旅行できると言うことを前提にしているはずである。そのツアーを宣伝するに当たっては、いかにそのツアーが魅力的かを強調して宣伝し、そこで収益をあげるわけだが、収益をあげる以上、旅行者の安全確保は当然の義務となる。となれば、安全に欠陥がある商品を提供すれば、その責任を問われるのもやむをえない。

パックツアーの安全性確保のためには、その商品設計段階が重要である。その一環として、使用するバスの安全性の確保も必要となる。そのためには、そのバス会社と事前に安全確保のための交渉をし、それを義務化する具体的な契約が必要であろう。このことは、今回のバス事故シリーズの第二回で強調したところである。そして、その契約の趣旨を現場で実現するためには、現場の添乗員の安全確保の点検が必要になる。商品の安全性の確保のためには、現場の添乗員の安全チェックが必須の要件となる。

とはいえ、現在においては、このような安全確保のための契約を用意するというのは、まだまだ実行しているところは少ないのが現実である。今後の業界の努力に期待したいところである。

 

<派遣添乗員からの疑問>バス会社と旅行業者との間で、このような安全確保のための事前契約がなければ、現場にいる添乗員からすれば、安全確保のチェックは「事実上不可能」であろう(第二回では、「事実上困難」といったが、「事実上不可能」といたほうが正確であろう)。目の前に、溝の無くなった丸坊主のタイヤのバスがあっても、危険だからそれを取り替えろとはいえないのが現実で、タイヤの変更や代替車両を強く要求すれば、出発自体が不可能になりかねない。

 このことは、正社員の添乗員の場合は、顕在化しないであろう。自分の所属する会社が、事前に、そのバス会社と安全運行のために具体的な運行契約があればそれに従うし、なければ、その前提がないだけである。

しかし、派遣添乗員の場合は、そうはいかない。その旅行だけ派遣されているので、派遣先が、どれだけ事前の安全対策がなされているかわからない。運行契約を含めた事前の安全確保のための前提が無いのに不可能なことを押しつけられ、添乗員にだけが責任を押しつけられるという、まさにその「しわ寄せ」だけが来てはたまらないということになろう。

 

<解決への方向は?>なんといても、旅行商品をその設計段階から、安全確保に必要な対策をたてるよう旅行業者は努力すべきである。バス会社との事前の安全確保のための運行契約が必要であるし、それを前提での、具体的で合理的な添乗員に対する指示書が必要であろう。その指示書のなかには、添乗員が何を点検すべきか、異常が発見されたらどうするかなどが明確に示されているべきである。

ただ、これが実現するには、業界において、今後かなりの努力が必要となろう。

とはいえ、現在でも、海外で事故があったときに、添乗員が、旅行業者とともに被告席に立たされるということはありうる。その時は、ことに、派遣添乗員の場合は、自分がなぜそこにいるのか納得できないことが多いであろう。

その場合での派遣添乗員は、その立場の特殊性を強調しアピールすることになる。しっかりした法論理を構築すれば、旅行業者は責任を追及されても、添乗員の責任は軽減され、あるいは、免責される余地は十分にありえる。私もその法論理の構築には、努力を惜しまないつもりである。       

29回 同時多発テロ直後の旅行中止と取消料

 

米国同時多発テロの発生直後に旅行に出発し、旅行先で海外危険情報(危険度三)が出されたため当該旅行が中止になったケースで、旅行業者には、約款上、旅行出発前に取消料無しでの旅行契約解除が出来る旨の説明をする義務があり、それを怠った旅行業者には旅行者に対し解除するか否かの選択判断の機会を失わせる違法があったとして、旅行業者に慰謝料支払いを命じた事例(東京地裁平成16年1月28日判決)

 

<事実関係>米国同時多発テロは平成13年9月11日。原告ら5名が参加した被告会社主催のパックツアーは、テロ直後の同年9月15日出発、10月6日帰国の予定で、カザフスタン共和国、キルギス共和国、ウズベキスタン共和国、及びトルクメニスタン共和国を巡るものであった。しかし、旅行中の9月21日、トルクメニスタンに外務省の海外危険情報の危険度三(渡航延期勧告)が出されたため、被告会社は9月26日以降の原告らの旅行を中止する事を決定し、帰国便等の手配をした上で26日朝、旅行者に発表し帰国の途へついた。

 これに対し、原告ら5名はそもそも途中で中止になるようなパックツアーに参加させられたこと自体が不満だったようで、本件訴訟提起となった。

 

<旅行者による取消料無しの解除は可能だったか>標準旅行業約款15条2項によれば、旅行者は、「天災地変、戦乱、暴動、運送・宿泊機関等の旅行サービス提供の中止、官公署の命令その他の事由により、旅行の安全かつ円滑な実施が不可能になり、又は不可能になるおそれが極めて大きいとき」には、旅行開始前に、取消料を支払うことなく主催旅行契約を解除できることになっている。

本件の旅行先地域は、アフガンに隣接する。当時、アメリカ合衆国によるアフガン軍事報復の可能性が指摘され、その情勢の悪化が逐次報道されていた。そのため、原告らのなかには、不安を覚えて、取消料の負担のない取消を申し込んだり、旅行の安全性を問い合わせする者がいるような状況であった。

しかし、被告会社は、本件解約条項は適用されない(取消料の負担無しの解除は認められない)との立場で本件旅行を催行した。

運輸省(現国土交通省)は、旅行業者に対し、海外危険情報の危険度一の時は、その旨の書面を交付して十分説明し、危険度二にから五の場合は、主催旅行を実施しないとの通達を出している。本件では、本件旅行先地域に対しては、9月21日まで「危険度二以上の危険情報」は出されていなかった。

被告会社は法廷で、この通達の存在や、エジプトで発生した日本人観光客銃撃事件(平成9年11月17日)についての裁判例などを根拠に、本件解除条項の適用の可否は、上記通達に定める海外危険情報の危険度二以上が出されているかどうかにより決すべきであると主張した。

 

<裁判所の判断>裁判所は、危険度二以上の海外危機情報が出されているかどうかで決するのではなく、「本件解除条項の適用の可否については、旅行の日程や内容、旅行先の外国地域の政治・社会情勢及びその変化の見通し等の諸事情を総合的に勘案して、旅行の安全かつ円滑な実施が不可能となるおそれが極めて大きいと認められるかどうかにより判断すべきである」としたうえ、本件は、当時の情勢の悪化のなかでは、危険度二以上の危険情報が早晩出され、ひいては旅行が中止になる可能性が高く、被告においてもその予測が十分可能であったと認められると判断し、本件解除条項の適用を肯定した。

そして裁判所は、被告会社が遅くとも出発時に、本件解除条項に基づいて取消料無く解除できることを説明する義務を負っていたとして、それを被告会社が怠ったことにより、原告らにおいて本件旅行を解除するかどうかの「選択判断の機会」を失わせたと認定し、被告会社は原告らに慰謝料として一人5万円の支払い義務があると判決した。

 

<教訓>米国同時多発テロ生当時、取消料無しでの解除を認めた旅行業者もあったが、本件被告会社のような立場でそれを認めず、ツアーを催行した会社もあったようだ。テロの危険が去らない現在、海外危機にたいし、旅行業者はどう対処したらよいかの判断は難題である。本判決を一つの参考資料として、判断基準をどこに求めるか、十分に議論してほしいものである。