税務訴訟

税務訴訟は、納税側(原告)の勝訴率は10%程度といわれてきた。しかし、最近は、かなり状況が違ってきたようだ。裁判所は、「租税法定主義」に基づき、税法の文理解釈を厳密にし、「実質課税」に対しては慎重な態度が見受けられる。
平成26年5月、IBM事件では、納税側が更正処分を取り消し、1200億円の還付を勝ち得ているし、同年8月、ホンダ事件では、75億円の還付を勝ちとっている。これらは、大型事件であったのでマスコミをにぎわしたが、一般事件でも、納税側勝訴事件が目立つようになってきた。
ちなみに、当事務所で、租税法律主義に基づいて、一審、控訴審、最高裁、全て100%勝訴したケースがあるので紹介する(添付のものは、一審の判決である)。

税務署の処分が不満であれば、果敢に戦うことをおすすめする。まずは、国税不服審判所に不服を申し立てることからスタートするが、取り消されれば訴訟をすべきである。
税務署の処分を争うことは自分だけの問題ではなく、税務署が無理な更正処分をすることに対する強い牽制となり、他の納税者の利益となることだからである。

1 はじめに
 ホンダは、東京地裁平成26年(2014年)8月28日判決で、約75億6750万円の課税処分取り消しを勝ち取った。控訴審でも勝訴し、国の上告断念により、確定している。
 税務訴訟の勝訴率は10%以下といわれるが、移転価格課税を含め、クロスボーダーの課税は、それが不当として、取りもどせる可能性はかなりある。
 なぜなら、クロスボーダーの課税は、課税当局にとっても難しく、争う余地が十分にあるからである。後述するように、追徴処分が取り消された高額事件が、多数存在する。
2 なぜ、移転価格課税か?

 日本企業も、海外に子会社や工場を持ち、M&Aにより、外国企業を買収することを、当たり前のようにする時代となった。ところが、海外には日本よりも法人税の税率が低いところが多いため、海外で得た利益を、法人税の安い国の子会社にストックし、日本の親会社に還元しないという企業も生じることになる。このようなときに、利益が日本の親会社に移転したと見なして、法人税を課税するのが移転価格課税である。
 多国籍企業が常態化する中で、このような悩みは多くの国が抱いているので、各国は、租税条約を結び、積極的な情報交換、事前協議などの協力体制を構築している。OECDでは、モデル租税条約移転価格課税のガイドラインを発表し、さらに、G20主導で、国境を越えた協力体制を構築し、15項目に渡る「BEPS行動計画」(BEPSは、Base Erosion& Profit Shiftingの略)を公表している。
 また、協力体制の一環として、2重課税にならないよう、海外で納付済みの税金が還付されるが、その前提として、適正な配分が2国間で「相互協議」されることになっている。

3 「独立企業間価格」の算出方法(租税特別措置法66条の4第2項。施行令39条の12)

 平成23年度税制改革以前は、基本三法(独立価格比準法。再販売価格基準法。原価基準法)を優先適用し、基本三法が適用できない時に、それ以外の方法として、利益分配法、取引単位営業利益比較法が、使われた。
 平成23年度税制は、優先適用を排し、個々の事例で最も適切な方法を採用すべしとなった。
 「独立企業間価格」の算出方法に当たって、「国外関連者」は、株式を50%以上所有する関係を有する企業同士を言い、「独立企業」とは、そのような関係のないものを言う。

  1. 独立価格比準法:同種製品の独立企業間の取引価格を比較。
  2. 再販売価格基準法:売り先相手国の比較可能な同業の財務データの基づき、販売会社がどの程度の売上利益率を計上しているかを検討。
  3. 原価基準法:生産国の比較可能な同業の財務データに基づいて、製造原価に対してどの程度の利益の上乗せをしているかを検討。ここでは、政府の規制(価格規制、輸出規制、独占規制など)が影響する。
  4. 利益分配法:関連者間取引にかかる損益を連結した結果である合算利益を、取引に参加する関連者の寄与度に基づいて分割。次の三種がある。
    • 寄与度利益分割法:関連者間の取引の利益の合算額を、関連者が支出した人件費等の費用の額、投下資本の額等、寄与の程度が推測できる要素等に分割。
    • 比較利益分割法:   非関連業者の営業利益の配分比率を基準に、関連者のそれぞれの営業利益の配分比率を決定
    • 残余利益分配法RPSM(Residual Profit Split Method):
      関連者双方が重要な無形資産を保有する時に、定型的な活動による通常の利益を控除した残余利益を、貢献度により配分
  5. 取引単位営業利益法TNMM(Transactional Net Margin Method):
    再販売価格基準法では売上総利益をみるので、製品の類似性が要求される。ここでは、営業利益率をみる(類似した会社機能、類似した業界では、同種製品でなくても、営業利益率はほぼ一定という経済仮説が前提)
4 異議、不服審査、取消訴訟

 異議は、処分があったことを知ってから2ヶ月以内、不服審査請求は、異議に対する処分、または、課税庁に対する処分があったことを知ってから2ヶ月後であった(但し、処分後1年という制限あり。異議をスキップして、不服請求は可能))。
 14年6月13日交付の行政不服審査法の改正により、異議の制度が廃止され、不服審査に一本化されるとともに、審査請求期間を、処分があったことを知ってから3ヶ月に延長することになった(但し、処分後1年という制限あり)。
 不服申立前置の制度は廃止され、不服審査を経ずに、取り消し訴訟を、裁判所に提起できることとなった。
 施行は、公布から2年以内となっているが、施行前の処分は、旧法が適用される。

5 事前確認制度

 事前確認制度APA(Advance Pricing Agreement)という制度がある。
 日本の税務当局に、事前確認を申請すると、関係する国間で相互協議をし、予想される移転価格課税に関する問題を事前に解決しておき、更正リスクを回避し、予測可能性を確保する制度である。1987年より、開始されており、申し出件数は、毎年増加しているようである。審査期間は、スピードアップが図られ、半年程度といわれている。
 本来、独立企業間価格の算定方法等の確認であったが、現実的には、達すべき利益水準についての確認となっているようだ。

6 企業が勝訴などにより課税を取り戻したビッグケース
(1)ホンダ事件

 東京地裁平成26年(2014年)8月28日判決:移転価格課税で、約75億6750万円の課税処分が取り消された。平成27年(2015年)5月13日、東京高裁は控訴棄却し、国が上告断念して確定した。
 ホンダは、75年、ブラジルのマナウスに子会社を設立し、日本本社より部品や技術の提供を受けて、現地でバイクを製造・販売していた。
 東京国税局は、子会社の利益の一部は日本で申告すべきとして移転価格税制を適用し、残余利益分配法により、2003年までの6年間で、254億円の申告漏れを指摘した。ホンダは、子会社の利益は、マナウスフリーゾーンによる税の優遇税制が大きいので、比較対象となった類似企業が優遇措置の区域外であるから、両者は類似しているとは言えず、比較できないとして反論し、ホンダの主張が認められたわけである。

(2)日本IBM事件

 東京地裁平成26年(2014年)5月9日判決は、1200億円の課税を取り消し、平成27年(2015年)3月25日、東京高裁は、国側の控訴を棄却した。
 日本IBMの持株会社「アイ・ビー・エム・エイ・ピー・ホールディングス」(APH)は、2002年、米IBMから日本IBMの全株を購入し、株式の一部を日本IBMに、買値よりも安く売却して、4000億円超えの赤字を計上した。連結納税により、グループの法人税が大幅に縮小した。
 税務署は、4000億円の申告漏れがあるとして追徴課税などの処分をしたが、裁判所は、税軽減を目的として意図的に損失を出すという事業目的の無い行為をしたとはいえないと判断し、課税を取り消した。

(3)HOYA事件

 2014年8月20日、税務署は、精密機器大手HOYAに対し、200億円の移転価格課税を課した。HOYAは、同年6月、200億円について、東京国税不服審判所に審査請求(異議はスキップ)した。
 東南アジアの子会社の完成させた技術について、日本本社が持つべき技術かどうかが争点である。税務当局は、残余利益分配法を採用している。
 今後の進展が、待たれるところである。

(4)武田薬品事件

 平成24年(2014年)4月7日、大阪国税局は、異議申し立てに対し、追徴課税処分を受けていた1223億円の約8割にあたる977億円を、取り消した。  
 二重課税解消の日米協議は、成立しなかった(たがいに、課税が不適正と判断したのか?)。
 平成24年(2014年)5月7日、残額246億円について、大阪国税不服審判所に、取消しを求める。
 2006年6月、武田薬品は、抗潰瘍剤「ブレバシド」の米合弁会社(50対50)に対する販売価格が安すぎるとして、大阪国税局から追徴課税をうけた。税務当局は、利益配分法を採用したが、武田薬品は、合弁相手(アボット)の同意なければ取引価格が決まらないので、独立企業間価格であると反論した。

(5)アリコ事件

 東京地裁平成24年(2012年)12月7日判決で、アリコは、約97億円の取り消し訴訟に勝訴したが、平成25年10月24日、逆転敗訴となっている。
 為替換算した評価損を損金算入(15%ルールを適用)したが、リスクヘッジしていたので相殺され、損金とされるべきでない(損金の繰り延べ処理をすべき)とされた処分を争ったものである。

(6)信越化学事件

 平成20年(2008年)2月、東京国税局が、国外移転所得金額約233億円について、更生決定を下したが、平成22年(2010年)6月11日、東京国税不服審判所は、この約233億円を取り消し、119億円還付した。
 国税局は、シンテックが信越化学が提供した技術で高収益を得ているのに、見合うだけの対価を受け取っていないとしたが、信越化学側は、高収益の理由は、原料のVCM(塩素とエチレンから製造)の納入業者が、塩ビの収益が悪化した時には、損失を一部負担するという特約しており、さらに、常にフル操業をするという経営方針などによるものだと反論していた。

(7)TDK事件

 平成19年(2007年)6月、東京国税局は、異議に対し、30億7300万円を取り消し、16億8700万円が還付された。
 平成22年(2010年)1月27日、東京国税不服審判所は、原処分の一部約141億円を取り消し、約94億円が還付された。
 TDKは、東京本社から香港やシンガポールに、パソコンなどの使われる電子部品の材料を輸出していたが、2005年6月、東京国税局から、1993年3月期から2003年3月期までの5事業年について、本社が受け取る利益を海外子会社に移していたとして、移転価格課税による更正処分をしていた。残余利益分割法により、所得差額213億円であった。
 本件は、親会社に配当後、移転価格課税が課されうるかという論点もあった。
 yesとすると、移転価格課税と海外子会社受取配当益金不算入制度は、別の制度となるが、この部分は取り消されなかった。
 平成21年度に導入された、この海外子会社受取配当益金不算入制度により、移転価格課税は強化されるのだろうか?

(8)日興コーディアルグループ事件

 2004年、東京国税不服審判所は、追徴課税約99億円を取り消した。債権販売に絡んで追徴課税が課されたケースであった。

 

M&A・事業再生の弁護士-金子・福山法律事務所