(1)規模の経済のM&A
規模の経済を必要とする事業分野は多い。そのような分野で企業を発展させるためには、事業を買い取るM&Aが効率的である。その場合、合併や会社の吸収分割、事業譲渡などのM&Aの手段が活用されることとなる。
仕入れコスト、在庫コスト、販売コストなどを軽減して競争力を増強し、あるいは、店舗ネットワークの拡充により、販売を拡大することができる。
自動車産業、半導体、コンピュータハードの分野など、設備投資の必要なメーカーは、規模の経済が働く。ソフトウェアの分野も規模の経済が働く場面は多い。
中堅、中小企業においては、外食産業や量販店は規模の経済が当てはまる典型的業種である。
この様に、規模を拡大し競争力を強めるためのM&Aは、経済の発展のために、重要な役割を果たしている。
(2)人材と技術確保のためのM&A―技術、知財、人材のシナジー
すぐれた人材や技術を確保しようとすれば、技術や特許を持つ企業を買い取るのが効率的である。自前で人材を育成したり、技術開発をするのでは時間とエネルギーがかかるからである。これは、技術、知財、人材のシナジー効果が期待できる場面である。
資本力のあるところに、それに見合う技術が集中しているとは限らず、人材や技術と資本がミスマッチ状態ということは多い。それを打開し、経済社会に活力を与えるのがM&Aである。優れた特許を持つ者が資本力のあるところと統合すれば、大きな事業が出来るはずなのである。
例えば、ITの分野では、優れたエンジニアの確保が最も重要な要素であり、人材や技術に狙いを定めたM&Aは盛んである。また、日常からヘッドハンティングも頻繁な分野である。
優れた実績のあるIT企業も経営が行き詰ると優秀な技術者から逃げ出してしまい、企業価値が急減してしまう。優秀な技術者が逃げた後のIT企業は、何の価値もないということになる。この分野のM&Aは時間との勝負となる。ITの分野では、優秀な技術者を引きとめるため、M&Aにあたり、ストックオプション導入スキームを用意するぐらいの努力をしないと、技術者確保ができないということも多い。
(3)創業を省略―「時間を金で買う」
創業は、それ自体大変な事業であるが、企業を買い取ることにより、その苦労と時間を省略でき、まさに「時間を金で買う」ということになる。
日本は、ベンチャー企業の誕生が乏しいと言われて久しい。改善するどころか、景気の停滞の中で減少しているというのが実情である。ベンチャー企業を資本力のある企業が買い取るということは、ベンチャーの飛びこもうとする者に対し、効果的な刺激になるはずである。
異業種に進出するときは、ことにM&Aが効果的である。ゼロから創業するには、相当の資本投下と人材確保が必要であり、リスクも大きい。ここでは、M&Aは「時間を金で買う」ものして、特に強く期待されているといえよう。
(4)許認可、上場確保のM&A―「キャリアを金で買う」
企業が他部門へ進出しようとすると、そこで必要な営業の許認可を取得するには時間とエネルギーがかかる。その場合、M&Aで免許のある企業をまるごと買収すれば、取得の手間を省くことができる。これは、「キャリアを金で買う」ということを意味する。
ただ、合併や分割承継があると届け出ればそれでOKという事業が普通であるが、法令上許認可を取りなおさなければならない事業もあるので注意を要する。
また、M&Aで上場企業を買い取れば、上場の手間を金で買えることが出来る。中堅企業による上場中堅企業の買収というパターンは、もっと活用されてよいはずである。
病院や学校という公益法人でも、M&A需要は大きい。経営に行きづまった時に、その打開のためにつかわれることも多いが、地域社会の貢献するため規模や、診療分野の拡大のために利用されるべきものである。
許認可の関係で、M&Aの手法は限られる。監督官庁との折衝が必要なので、弁護士等がかかわると、効率的に処理できる分野である。
(5)M&Aによる「販路、取引先、製品に関するシナジー」
すぐれた製品を作れるメーカーにもかかわらず販路は地元のみという地元密着型企業も、全国に販路を持っているメーカーとM&Aで統合すれば、全国展開が可能となる。これは、「販路、取引先、製品に関するシナジー」の一例である。
国内のみのしか販路のない企業を海外に販路を持つ企業が買えれば、新たな製品を海外で広く販売できる。これも、「販路、取引先、製品に関するシナジー」である。
海上運送のコンテナ会社で、往路は積荷で満杯でも復路は船腹がカラだという場合、復路で運べる物資を扱っている会社を買収できれば、カラ船を運行するという無駄を排除できる。M&Aは、このようなシナジー効果を生みだすことが重要な目的の一つである。
(6)M&Aによる「財務シナジー」
活発な資金需要を必要とする成長企業と、豊かな資金を保有している企業統合すれば強力な企業発展が期待できる。これが、「財務シナジー」といわれるものである。
伝統的大企業が事業再編もできず、新たな投資もできずに経済の足を引っ張っているという情景は日本の至る所にある。他方、中小企業が成長してその大企業に入れ替わって経済を引っ張ろうとする活力も乏しい。
日本経済の停滞は、一言でいえば大企業の動脈硬化と中小企業の成長不良が原因であると言えよう。この状況を打破するためには、大企業が積極的に中小企業をM&Aして、活力を得るとともに、優れた技術やビジネスモデルのある中小企業が大きく伸びることが出来る。これにより、経済全体の新陳代謝を活発化することもできるはずである。
大企業による中小企業の買収は、最も期待される財務シナジーの一つであろう。
(7)中小企業のMBO,LBO
MBO(Management Buy-Out )は、第一の意味として、役員や従業員が会社の事業部門を買い取って独立するM&Aをいう。中堅、中小企業では、多くの場合、自力で買い取ることは無理なので、スポンサーを確保し、あるいは、ファンド等から借り入れをし、共同事業として、実行することになる。
企業は、経済環境の激変の中で、企業内では部門が独立したほうが効率的な場合も多い。あらたな責任集団がそれを運営したほうが営業ソースが生かされることが期待できるからである。
また、企業は時間がたつと無駄なコストがかかるようになり、リストラだけではおっつかないということも多い。それを、あたかも贅肉をそり落とすようにMBOで凝縮をはかり、体力の強化を図るということは合理的なチョイスである。
MBOの第二は、LBO (Leveraged Buy-Out)といわれるものであり、これは買い手が対象企業の資産や将来のキャッシュフローを担保に、ノンリコースローンで買収資金の全部または一部を調達することである。
LBOは上場廃止の手段となることも多い。上場し、あるいは上場を維持するということは、コストがかかる。また、上場だけが企業の資金調達の手段というわけでもないのである。上場を止めることを望む企業は増えつつある。このように、上場マーケットから、企業を買い戻すということは今後増えるであろう。
(8)創業利益の確保とエンゼルの誕生
創業者として能力ある者でも、大きくなった組織を束ねることが得意とは限らず、新たなプレーヤーの手に委ねたほうがよい場合も多い。
企業の成長過程でも自らは役割を果たしたものとして、創業利益を確保して、他の世界に転身するという決断は、複雑で変化の速い現代社会では重要である。
創業利益は、従来は、株式公開や上場で回収していた。上場自体が、経営者としての勝利を体現できるものでもあったので、創業者は皆それを目指した。
しかし昨今は事情が変わった。公開市場、上場市場の株価が低迷する中で、公開や上場することにより、内部管理体制の強化、監査法人への報酬などのコストがかさみ、インサイダーの制約、株主の監視の目、ディスクロージャーの負担を考えると、公開や上場に替えて、投下資本の回収、創業利益の確保はM&Aのほうが効率的と考える者が増えた。
株式の譲渡の場合だけでなく、会社法上の株式移転、株式交換でも創業者利益を取得することは可能である。
日本社会は、ベンチャーに冷たい。銀行は勿論、資産家も、技術やビジネスモデルの内容を見ずに、経歴や地位で価値を判断する。若者は、若いというそれだけで評価されない。これでは、日本で、ベンチャー企業が育つわけがない。
この日本社会の弱点を知っているのは、ベンチャー経験者である。ベンチャーで成功した経験者は、この弱点を克服するために、創業利益を再投資して、エンゼルとして活躍してほしいものである。
アメリカでは、売れる間に売りぬく者が成功者として尊敬されるが、日本では、とてもそのような状況にはなれない。しかし、このような状況は、売りぬけたものが率先して打破してほしいものである。
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