中小企業のM&A

M&Aの活用

当事務所は、企業のM&Aの相手企業探しから、M&Aの支援をします。
日本の企業は、もっと活発にM&Aをして、活力を得るべきです。それが、日本経済の活性化に貢献します。
企業活動を強化ないし多角化すべきとき、後継者を得るべきとき、事業の展開に限界を感じるとき、企業を再建すべきとき、M&Aを活用すべきです。
M&Aは、秘密を保ちながら、相手企業を探さなければなりません。当事務所は、法律事務所として、全面的にM&Aを支援し、完成させます。 

戦うM&A!!

弁護士が指南する、中堅・中小企業のM&A虎の巻

 

【プロローグ】 なぜ今M&Aか
1.中堅、中小企業の活性化になぜM&Aか?

大企業の動脈硬化と、中堅、中小企業の成長不良が日本の経済の足を引っ張っている。それが今の日本経済停滞の大きな原因である。中堅、中小企業は、その活性化が景気回復の切り札であるとともに、動脈硬化を起こした大企業にとって代わることができなければ日本経済の活力は生まれない。ところが現実の中小企業は発育不良で活力にかけ、その新陳代謝力は乏しい。

中堅、中小企業も、M&A(Mは、Merger「合併」、AはAcquisition 「獲得」の意味である)を駆使して成長し、既存の大企業にとって代わるような成長力が必要である。
カネ、モノ、ヒトは常に流動し、適切な働き場所に移動してその効果を発揮しなければならない。それを可能にする切り札はM&Aである。M&Aは中小企業の活性化のために必須であり、日本人は、M&Aを中小企業の活性化のためにもっと活用すべきである。それが、日本経済復活の原動力となるはずだからである。

2.イノ―べ―ション確保のために

欧州経営大学院INSEADと世界知的所有権機構WIPOは、世界の技術革新力をランク付けして世界イノベーション指数を発表しているが、2011年には、日本は前年より7つランクを下げ20位となり、韓国の16位に抜かれた。1位はスイス、2位はスウェーデン、3位はシンガポールで、日本はアジア勢で5位であった。

日本は、今や過去の成果の蓄積を食いつぶしながら生きているという状況である。技術革新力は、アジアでも中位の国になっている。おそらく、このままいけば2020年には、日本の技術的優位は中国や韓国の前にほとんど消滅し、今日本人が抱いている技術大国という自惚れは、劣等感に転じるであろう。
このイノ―べ―ション劣化の原因は、優れた研究成果が、製品という形で表現する機会が少なく、また、その製品を売りまくる、マーケティング力が乏しいからである。
研究、発見力と、製品化力、販売力は、必ずしも一致しない。一致しないというより、もともとこれらは違う能力である。これらを一致させるには、それぞれの能力を持つものが、M&Aという形で、合体することが効率的である。

3.海外に売れれば、景気はいっぺんで回復する

岩手県の伝統工芸の南部鉄瓶は、ヨーロッパでは、ちょっとしたブームになっている。日本酒も、日本食ブームと共に、世界に広がっている。ワインになれた舌には、馴染みやすいそうだ。日本の帽子やバッグも、ヨーロッパでは、そのデザインが評価されている。
日本の中小企業の製品は、売ろうとすれば売れる潜在的なマーケットは、世界中に広がっている。
日本の町工場のつくる部材は、極めて技術水準が高く、世界中に販路があるはずである。
とはいえ、日本の中小企業は、技術やデザインは、超一級であっても、製品化力、販売力がともなっていないことが多い。それは、国内市場は勿論、世界市場では、歴然としている。
この技術力、デザイン力に、製品化力、販売力を付与するのは、M&Aである。

4.事業承継では、会社を売却して大きく育ててもらうことを考えよ!

いま、高度経済成長を支えた中堅、中小企業の経営者は高齢化し、引退の時期を迎えている。しかし、身内に後継者が見いだせないため悩んでいる者が多い。70歳を超えた経営者の30%近くのものが、いまだに後継者が決まっていないという。
その結果、後継者がいないため廃業を考えている中小企業者は多い。だが、その事業のうち70%は売却が出来るものである。それをせずに廃業してしまうというのは、実にもったいないことであり、社会的には壮大な損失である。

しかも、廃業していく経営者のうち、半分以上の経営者は自分の会社が売れるとは思っていないという。売却して自分の今までの努力の結晶を第三者に引き継いでもらえるにもかかわらず、その可能性さえ知らずに廃業してしまうというのは、いかにも残念なことである。

また、今の税制は廃業に冷たい。廃業となると、会社を解散して清算手続きをすることになるが、清算には財産の処分が必要となる。その時の利益は法人税の対象となり、残余財産の株主への分配は配当所得とみなされる。配当所得は総合課税なので、最高税率は50%である。廃業すると長年積み上げた努力の過半は税金に持っていかれ、子供たちに譲り渡せるものは一部だけということになってしまう。

他方、M&Aによる株式の譲渡では分離課税であり株主個人に対して譲渡益の20%が税金となるだけである。より多くのものを次世代に残すためには、廃業でなくM&Aを選択すべきである。
更に廃業の場合、成長期に買っていた不動産の価値が下落していて、所有不動産を売却しても銀行への返済の結果残余財産がほとんど消えてしまい、下手をすると借金だけが残ってしまうという悲劇も目にする。このような事態を回避するためには、適切な時期にM&Aで売却し、事業を現金化しておく必要がある。デフレ下の現在、社長は廃業の前にM&Aの効用を積極的に検討すべきである。
そして、自分の血と汗の結晶を、若い新たなプレーヤーの手で、大きく育ててもらうことを期待すべきである。

5.企業の再生にはM&Aが切り札!

経済の停滞の中で、経営に行き詰まっている企業は多い。しかし、中小企業では、専門家による適切なアドバイスが得られないため、ひたすら破綻に突き進むというケースが氾濫している。

経営に行きづまったら早めに専門家に相談すべきであり、そうすれば、かなりの数の企業が危機を回避できるはずである。その時の手段としては様々なものがあるが、そのなかで極めて効果的な手段としてM&Aがある。
だが現実はそのような手段があることも知らずに、有効な手段をうたないまま破綻するという悲劇があまりにも多い。
中小企業の再生には、M&Aが必須である。本書では、M&Aによる、中小企業再生のスキームを、さまざまな角度から検討することとする。

6.弁護士や、税理士、公認会計の参入が必要

中堅、中小企業のM&Aでは、売り手、買い手がそれぞれM&Aの仲介業者に依頼して、交渉を全面的に任すことが普通である。M&Aの業者以外では、銀行や証券業者がM&A部門を持っていて仲介業務をしている。

ところで、M&Aでは複雑な契約交渉が必要であり、会社法、契約法、倒産法や税法に関する高度な専門的知識のほか、経営、財務に関する知識も必要である。弁護士でもこの分野に精通したものは少ない。また、M&Aの契約交渉の過程では、高度な秘密保持が必要であり、また、利益相反の危険が付きまとう。
現に、アドバイザリーと称するもの一社で、売りと買いの両者を仲介するという例が頻繁に登場する。しかし、売り方は少しでも高く売ろうとし、買う方は少しでも安く買おうとする。利害は完全に対立しているので、一社の仲介は利益相反行為である。にもかかわらず、仲介業者は平然と仲介する。報酬を両者から取れるので、仲介業者としては理想的なパターンであるが、これでは依頼会社の利益を守ることが出来ない。

M&Aの契約書は、ビジネス契約の中でも特に難しいレベルの契約書である。にもかかわらず、法的知識に欠けるアドバイザーがドラフトを作成するので、中小企業のM&Aの中に上場企業でしか必要としない無用な条項が並んでいる一方、そのケースで必要とする条項が欠落しているという欠陥契約書を何回も目撃している。
この様な事態が生じるのは、M&Aの仲介業者やアドバイザーに特別の資格を必要ないし、監督官庁もなく業法もないという不思議な状況にあるからである。M&Aよりも、はるかに単純な不動仲介業にライセンスが必要とされていることと比較しても、極めてアンバランスである。
将来的にはM&A仲介業に関する業法が制定され、資格が必要であろうが、それまでは弁護士が積極的にかかわるべきである。ただ、弁護士の場合、いかに企業を発展させられるかというビジネス的観点からアシストできるものが少ないのが現状である。今後、一層の努力が必要であろう。

また、税理士や公認会計士が積極的にリードすべきである。公認会計士は、M&Aに積極的に関与できるものが増加しているが、中堅、中小企業の税務顧問をしている税理士が、もっとM&Aに理解ができれば、顧問先企業に対し、タイムリーなM&Aのアドバイスが可能となり、企業は、もっと積極的にM&Aを活用できるはずである。
とはいえ、M&Aの実務的な手法、手順は充分に練られておらず、体系化が不十分であるのが現実である。私の法律事務所は、M&Aの相手探しを含めて、積極的にM&Aの仲介、アドバイスにかかわってきたので、その経験を踏まえて、本書でM&Aのあり方、その活用の仕方、手続きを体系的に整理して、中堅、中小企業の経営者、実務担当者、税理士、公認会計士、弁護士等に、活用してもらうことを願って、これを世に問うものである。

 

【第1章】 M&Aはこんな時に使うものだ!

経済環境変化の加速化は激しく、経済環境は常に変わるし、そのピッチは加速化している。今うまくいっているビジネスモデルが5年後うまくいっているかはわからない。日本社会でも、M&Aを駆使し、あるいは再編、リストラを活用する必要がもとめられているはずである。

1.攻めのM&A

(1)規模の経済のM&A

規模の経済を必要とする事業分野は多い。そのような分野で企業を発展させるためには、事業を買い取るM&Aが効率的である。その場合、合併や会社の吸収分割、事業譲渡などのM&Aの手段が活用されることとなる。
仕入れコスト、在庫コスト、販売コストなどを軽減して競争力を増強し、あるいは、店舗ネットワークの拡充により、販売を拡大することができる。
自動車産業、半導体、コンピュータハードの分野など、設備投資の必要なメーカーは、規模の経済が働く。ソフトウェアの分野も規模の経済が働く場面は多い。
中堅、中小企業においては、外食産業や量販店は規模の経済が当てはまる典型的業種である。
この様に、規模を拡大し競争力を強めるためのM&Aは、経済の発展のために、重要な役割を果たしている。

(2)人材と技術確保のためのM&A―技術、知財、人材のシナジー

すぐれた人材や技術を確保しようとすれば、技術や特許を持つ企業を買い取るのが効率的である。自前で人材を育成したり、技術開発をするのでは時間とエネルギーがかかるからである。これは、技術、知財、人材のシナジー効果が期待できる場面である。
資本力のあるところに、それに見合う技術が集中しているとは限らず、人材や技術と資本がミスマッチ状態ということは多い。それを打開し、経済社会に活力を与えるのがM&Aである。優れた特許を持つ者が資本力のあるところと統合すれば、大きな事業が出来るはずなのである。
例えば、ITの分野では、優れたエンジニアの確保が最も重要な要素であり、人材や技術に狙いを定めたM&Aは盛んである。また、日常からヘッドハンティングも頻繁な分野である。
優れた実績のあるIT企業も経営が行き詰ると優秀な技術者から逃げ出してしまい、企業価値が急減してしまう。優秀な技術者が逃げた後のIT企業は、何の価値もないということになる。この分野のM&Aは時間との勝負となる。ITの分野では、優秀な技術者を引きとめるため、M&Aにあたり、ストックオプション導入スキームを用意するぐらいの努力をしないと、技術者確保ができないということも多い。

(3)創業を省略―「時間を金で買う」

創業は、それ自体大変な事業であるが、企業を買い取ることにより、その苦労と時間を省略でき、まさに「時間を金で買う」ということになる。
日本は、ベンチャー企業の誕生が乏しいと言われて久しい。改善するどころか、景気の停滞の中で減少しているというのが実情である。ベンチャー企業を資本力のある企業が買い取るということは、ベンチャーの飛びこもうとする者に対し、効果的な刺激になるはずである。
異業種に進出するときは、ことにM&Aが効果的である。ゼロから創業するには、相当の資本投下と人材確保が必要であり、リスクも大きい。ここでは、M&Aは「時間を金で買う」ものして、特に強く期待されているといえよう。

(4)許認可、上場確保のM&A―「キャリアを金で買う」

企業が他部門へ進出しようとすると、そこで必要な営業の許認可を取得するには時間とエネルギーがかかる。その場合、M&Aで免許のある企業をまるごと買収すれば、取得の手間を省くことができる。これは、「キャリアを金で買う」ということを意味する。
ただ、合併や分割承継があると届け出ればそれでOKという事業が普通であるが、法令上許認可を取りなおさなければならない事業もあるので注意を要する。
また、M&Aで上場企業を買い取れば、上場の手間を金で買えることが出来る。中堅企業による上場中堅企業の買収というパターンは、もっと活用されてよいはずである。
病院や学校という公益法人でも、M&A需要は大きい。経営に行きづまった時に、その打開のためにつかわれることも多いが、地域社会の貢献するため規模や、診療分野の拡大のために利用されるべきものである。
許認可の関係で、M&Aの手法は限られる。監督官庁との折衝が必要なので、弁護士等がかかわると、効率的に処理できる分野である。

(5)M&Aによる「販路、取引先、製品に関するシナジー」

すぐれた製品を作れるメーカーにもかかわらず販路は地元のみという地元密着型企業も、全国に販路を持っているメーカーとM&Aで統合すれば、全国展開が可能となる。これは、「販路、取引先、製品に関するシナジー」の一例である。
国内のみのしか販路のない企業を海外に販路を持つ企業が買えれば、新たな製品を海外で広く販売できる。これも、「販路、取引先、製品に関するシナジー」である。
海上運送のコンテナ会社で、往路は積荷で満杯でも復路は船腹がカラだという場合、復路で運べる物資を扱っている会社を買収できれば、カラ船を運行するという無駄を排除できる。M&Aは、このようなシナジー効果を生みだすことが重要な目的の一つである。

(6)M&Aによる「財務シナジー」

活発な資金需要を必要とする成長企業と、豊かな資金を保有している企業統合すれば強力な企業発展が期待できる。これが、「財務シナジー」といわれるものである。
伝統的大企業が事業再編もできず、新たな投資もできずに経済の足を引っ張っているという情景は日本の至る所にある。他方、中小企業が成長してその大企業に入れ替わって経済を引っ張ろうとする活力も乏しい。
日本経済の停滞は、一言でいえば大企業の動脈硬化と中小企業の成長不良が原因であると言えよう。この状況を打破するためには、大企業が積極的に中小企業をM&Aして、活力を得るとともに、優れた技術やビジネスモデルのある中小企業が大きく伸びることが出来る。これにより、経済全体の新陳代謝を活発化することもできるはずである。
大企業による中小企業の買収は、最も期待される財務シナジーの一つであろう。

(7)中小企業のMBO,LBO

MBO(Management Buy-Out )は、第一の意味として、役員や従業員が会社の事業部門を買い取って独立するM&Aをいう。中堅、中小企業では、多くの場合、自力で買い取ることは無理なので、スポンサーを確保し、あるいは、ファンド等から借り入れをし、共同事業として、実行することになる。
企業は、経済環境の激変の中で、企業内では部門が独立したほうが効率的な場合も多い。あらたな責任集団がそれを運営したほうが営業ソースが生かされることが期待できるからである。
また、企業は時間がたつと無駄なコストがかかるようになり、リストラだけではおっつかないということも多い。それを、あたかも贅肉をそり落とすようにMBOで凝縮をはかり、体力の強化を図るということは合理的なチョイスである。
MBOの第二は、LBO (Leveraged Buy-Out)といわれるものであり、これは買い手が対象企業の資産や将来のキャッシュフローを担保に、ノンリコースローンで買収資金の全部または一部を調達することである。
LBOは上場廃止の手段となることも多い。上場し、あるいは上場を維持するということは、コストがかかる。また、上場だけが企業の資金調達の手段というわけでもないのである。上場を止めることを望む企業は増えつつある。このように、上場マーケットから、企業を買い戻すということは今後増えるであろう。

(8)創業利益の確保とエンゼルの誕生

創業者として能力ある者でも、大きくなった組織を束ねることが得意とは限らず、新たなプレーヤーの手に委ねたほうがよい場合も多い。
企業の成長過程でも自らは役割を果たしたものとして、創業利益を確保して、他の世界に転身するという決断は、複雑で変化の速い現代社会では重要である。
創業利益は、従来は、株式公開や上場で回収していた。上場自体が、経営者としての勝利を体現できるものでもあったので、創業者は皆それを目指した。
しかし昨今は事情が変わった。公開市場、上場市場の株価が低迷する中で、公開や上場することにより、内部管理体制の強化、監査法人への報酬などのコストがかさみ、インサイダーの制約、株主の監視の目、ディスクロージャーの負担を考えると、公開や上場に替えて、投下資本の回収、創業利益の確保はM&Aのほうが効率的と考える者が増えた。
株式の譲渡の場合だけでなく、会社法上の株式移転、株式交換でも創業者利益を取得することは可能である。
日本社会は、ベンチャーに冷たい。銀行は勿論、資産家も、技術やビジネスモデルの内容を見ずに、経歴や地位で価値を判断する。若者は、若いというそれだけで評価されない。これでは、日本で、ベンチャー企業が育つわけがない。
この日本社会の弱点を知っているのは、ベンチャー経験者である。ベンチャーで成功した経験者は、この弱点を克服するために、創業利益を再投資して、エンゼルとして活躍してほしいものである。
アメリカでは、売れる間に売りぬく者が成功者として尊敬されるが、日本では、とてもそのような状況にはなれない。しかし、このような状況は、売りぬけたものが率先して打破してほしいものである。

2.危機回避のM&A

(1)マーケットが縮小する時、過当競争時のM&A

流通の合理化の中で不要となる卸業は多い。ネット取引の中で不要となる小売業も多い。外国との競争の中で撤退し、あるいは、海外生産に移行する業種も多い。マーケットの縮小は、日本経済のあらゆるところで見出せる。かつて繁栄していた繊維産業は、いまや素材産業や住宅部門など、まったく違う他部門に転身している。
この様にマーケットが縮小しているところでは、M&Aが活用されるべきである。より強い企業が競争力を失った企業を買収していくことが、経営資源を最も効率よく活用することとなる。これにより、マーケット規模に合わせた力強い企業を形成しながら、優れた人材と、設備、技術、知的財産権を選択して残せるし、同時に、人材や経営資源を効果的に他業種に転身させていくことが可能となる。
マーケットが縮小していなくても過当競争状態になった時には、M&Aを積極的に仕掛けて、共倒れを防ぐという事が必要である。

(2)系列崩壊、グループ崩壊対策のM&A

大企業の海外展開により、系列や下請けグループは崩壊しつつある。ところが、いままでの安定した納入先を失った中小企業には新たな取引先を開拓するノウハウを持っていないところが多い。
下請けとして長くやってきた中小企業は、親会社を失った時、新たな販売先を見出す営業部門を持っていない。ない営業部門をおぎなってくれるのが、M&Aである。ノウハウのあるところ、販路があるところと、業務提携、経営統合、あるいは買収をしてしまえばよいのである。

(3)後継者確保のためのM&A

経済環境は厳しいし変化は速い。父親の時代よりも経営ははるかに厳しいことが予想される。後継者は、父親以上の経営能力が必要とされる時代が待っている。
しかも、子供たちは、高等教育を受け一流会社の社員になっていたりして、安定した生活を送っている。そうなると、敢えてそのような厳しい世界に身を置こうとしたがらない。其の結果、身内に後継者を確保できず困っている中小企業は多い。
身内に後継がなければ、役員や従業員に承継させるという手段がある。一種のMBOである。しかし、役員や従業員に適任者がいないという企業も多い。しかし、そこであきらめる必要はない。いままでの苦労の結晶である事業は、必ず売れるのである。それが、M&Aである。
詳細は、第2章で説明しよう。

(4)ビジネスモデルの寿命対策

成功したビジネスモデルは、競争相手を作りすぐ過当競争に陥る。消費動向の変化は激しく、人の流れも変化する。競争業種の登場も早く、すぐ過当競争となるのである。成功した部門へは、大資本が進出を試み、それにより市場は過当競争に陥る。
これらの結果、一つのビジネスモデルの寿命は5年などといわれている。たとえば、 量販店の進出により消滅した商店街も多い。ITの世界の新陳代謝はことに激しい。
企業が過当競争により枯渇す前のM&Aは重要であり、売却代金をえて、それを基礎に新たなビジネスモデルが可能となる。新たな部門へ転身することは、経営資源を生かす重要な方策であり、それを可能にするものが、M&Aである。
事業が成功していても、それをM&Aで売れる時に売ることは、生き残りのための重要な経営戦略の一つである。

(5)異業種へ転身のM&A

経済の変化は激しい。その中で事業をしていれば、今ある業種から転身を考えなければならないことは多いはずだ。
例えば、回転ずしが登場すると既存のすし店の多くが駆逐されてしまったし、量販店の進出により消滅した商店街も多い。ITの世界の新陳代謝はとにかく激しい。このような世界では、いかに効果的に転身するかが生き残りの条件となる。
この様に異業種に転身する必要がある時は、ことにM&Aが効果的である。ゼロから創業するには、相当の資本投下と人材確保、養成が必要であり、リスクも大きいからである。
12年1月、アメリカのフィルムメーカーのコダックが破綻し、チャプターイレブンを申請した。デジカメを世界で初めて実用化したのに、そのデジカメに駆逐されたという皮肉な結果であった。かたや日本の富士フィルムは異業種転換に成功し、フィルム依存度は限りなくゼロに近い。これも、M&Aを駆使した結果であり、企業はいかに的確に社会の変化に適応しなければならないかを示す的例である。中堅、中小企業にとっても、大いに参考になる実例である。

(6)倒産回避―企業再建のためのM&A

企業が停滞しても、M&Aで切り抜けられるケースは多い。深刻な状態となる前に、早めの対処が可能である。
M&Aだけで解決できなければ民事再生の申し立てを考えることになるが、再生計画の立案は、スポンサーと債務者と債権者の間で形成される壮大なM&Aのスキーム作りといえるものである。
M&Aは、企業再建の切り札となるものである。
詳細は、第3章で説明しよう。

(7)節税対策とM&A

利益の出ている会社は、合併で、欠損や債務のある会社を承継することにより、節税対策になる。これは同時に財務的に不健全企業の救済となり、社会的に意味のあることである。

3.これからは海外とM&A

(1)内弁慶を卒業せよ

東南アジアのビジネスマンが口をそろえて、「日本は、名の知れた大企業しかやってこないが、中国は名も知れない無数の企業が売り込みに来る」と言う。
日本の中堅、中小企業は、とにかく外国に売り込もうとしない。外国をはじめからマーケットと見ていないのである。日本の中堅、中小企業は極端な内弁慶である。 まさにガラパゴス状態である。これでは日本の経済の活力が生まれないのも当然のことである。
しかし、これは奇妙なことである。内弁慶になって不況にあえいでいる必要はないのである。海外にどんどん売り込めば、日本の不景気も吹っ飛ぶし、自分の企業も売り上げは激増するはずである。
とはいえ、日本の中小企業は外国に売り込むノウハウを持っていないのが現実である。そのならば、ノウハウのある企業や商社と提携、統合し、あるいは買収すればよいのである。M&Aは中堅、中小企業が海外に売り込むための重要なステップである。
大企業が海外の企業を買い取るというM&Aは、円高の中でやっと活発化した。これにより、海外からの利益の還流は1兆円を超えるようになった。中小企業も、海外にM&Aを仕掛けられるようになってほしいものである。

(2)海外から買ってもらうM&A

当事務所に対し、中国の法律事務所を経由して、中国のファンドから日本の技術力のある中堅、中小企業を買いたいとのオッファーがきている。日本の企業で生産させ、その製品を海外に売り込みたいという。ことに、アメリカ市場に売り込むためには日本ブランドが好都合なようだ。
縮小する事業分野では、この様なオッファーは大歓迎なはずである。衰退する中小のメーカーでは廃業により技術や人材が永久に消失してしまうが、外国資本が買ってくれれば、それを防ぐことができる。同時に、製品を海外に売るというのであるから、日本人ができないことをやってもらえるというのである。
ただ、このような動きに対しては、日本人特有の島国根性が抵抗することが心配である。企業を外国に売ること自体に、猛烈なアレルギーがあるのが現実である。
しかし、海外を見れば、外国資本の進出に対しては、歓迎するのが普通である。自国の利益になるからである。例えばヨーロッパ諸国は、他国への直接投資を果敢にするが、同時に、他国の資本が入ってくることは平気でいるし、歓迎すべきものとしている。自国の経済にプラスとなるからである。スウェーデンを見れば、今やボルボもサーブも中国企業が所有している。イギリスでは、ジャガーもミニクーパーも、インドのタタ財閥が所有している。「競争力を失ったメーカーが外国に買われても何の問題もない。国内に競争力ある産業を起こせばよい」と考えているのである。
中国はといえば、国際社会へのデビューは天安門事件(89年)以降であるが、その活動は、ヨーロッパ諸国と同じように、というより、さらに活発に、自国に対する投資は還元するし、自ら海外に展開している。
日本だけが、外国に出ればいし、外国資本が入ってくることに、病的に、嫌悪感を抱いているのである。
当事務所にはまた、日本に物流の拠点を作りたいので、倉庫業者を買収したいというオッファーも中国から来ている。今や、日本は海外からのM&Aのターゲットになりつつあるのである。日本経済の将来のためには、これに対して、積極的に対応していくべきである。
2006年の会社法導入にあたり、クロスボーダーM&Aとして三角合併が話題になった。外国法人が日本に子会社を設立し、日本のターゲットの会社を吸収合併するが、ターゲットの会社の株主には自分の親会社の株式を与えることにより、日本のターゲット会社を子会社にして買収するタイプである。
ヨーロッパ諸国は海外に資本投下し、人間も海外にがんがんでていくが、同時に外国資本が来ることも、外国人が来ることも歓迎する。 それにより、経済を活性化すると考えている。
日本の経済界は外国というだけで恐怖心を持ち、外に投資することも消極的であるが、外国資本が入ることには極端に閉鎖的であった。外国企業による三角合併に対しては、国が滅びるがごとく大反対したため、1年遅れでスタートした。
実例も少なく、今のところ、シティーグループによる日興コーディアルグループの完全子会社化ぐらいのようである。

 

【第2章】 会社は売れる―廃業回避のため

中堅、中小企業では、後継者がいないため廃業を考えている経営者は多い。しかし、それは実にもったいないことである。廃業では、従業員は職を失い、蓄積した利益の多くは税金で持っていかれるだけである。
苦労の結晶である事業は、第三者に売れるのであり、売るべきなのである。

1.身内への事業承継も大変な作業だ! M&Aを考えよう

中堅、中小企業では、社長が高齢となっても後継者を確保することは難しい。子供たちが独立して自分の仕事を持っていると、親の仕事を継ぎたがらないことが多いのだ。
経済環境は厳しいし、変化は速い。父親の時代よりも経営ははるかに厳しいことが予想される。後継者は、父親以上の経営能力が必要とされる時代が待っている。無理して会社を継がそうとすることは、悲劇が待っていることも考えなければならない。
また、身内に後継者を確保しても、その株式を買わせる財源確保も大変であり、承継作業は、容易には終わらない。
中小企業では、親族内承継ができるのは6割程度で、その割合は毎年下がっている。実際、経営者の年齢が70歳を超えても後継者が決まっていない企業が、今でも全体の30%もある。
身内に承継できないため、多くの中小企業者は廃業を考えてしまうが、それは実に残念なことである。廃業を考えている中小企業のうち70%は、M&Aでその事業を売却出来るものである。ところが、さらにその半分の経営者は、自分の会社の事業が売却できるとは思っていないまま廃業しているが、これは壮大な社会的損失である。
経営者はM&Aで自分の事業は売れることを認識して、廃業でなくM&Aを選択すべきである。

2.突然、社長が亡くなったらどうなるか?M&Aも選択肢にすべきだ

事業承継は、生前に実行することが理想である。それをしないまま相続が開始すると、残ったものは大変である。
まず、亡くなった時点で会社に代表者が不在となるので、四十九日の法要を待たずに仮の代表者を選任しなければならない。
あわてて、奥さんが代表取締役会長、専務が代表取締役社長の昇格するようなケースが見られる。しかし、新社長が、後に、株をすべて買い取るようなことができないと、所有と経営が分離して上手くいかなくなることが多い。
長男を社長に据えたうえ、遺産分割協議に入ることも多い。この場合、長男が株式をすべて承継できればよいが、他の兄弟が納得しないことも多い。
遺言で株式の承継者を決めておけば、後の面倒は省けると決め込んでいる者も多いが、それでも、深刻な相続争いに発展する。相続人には遺留分があるため、株式以外に潤沢な遺産が無いと、紛争になりやすいのである。
実際、中小企業の株価は意外と高いことが多い。中小企業の経営者は、自分の報酬を削って内部留保に努めているので、不動産などの含み資産が大きいのだ。そのため、承継者が他の相続人の遺留分を買い取れないことが多いからである。
また、社長の会社への貸し付けは相続財産となり、未払い給料も相続財産となる。これらが多いと、後継者は他の兄弟の遺留分を買い取れず、深刻な相続紛争となることも稀ではない。
この様に承継に努力しても、膨大な相続税が課税され、経営困難になるという例もよくあることである。
さらに個人保証の問題が残る。個人保証は、法定相続分に従って分割して相続される。後継者が単独で相続できると勘違いしている者が多いが、実は、遺言や遺産分割協議書で後継者である長男が債務を全て承継すると決めても、債権者に対しては無効である。相続人は、法定相続分に応じて分割された債務を承継することになる。
この場合、承継者が銀行と交渉して保証を自分一人に付け替えられればよいが、後継者の信用力が不足するためそれに失敗することも多い。そうなると、他の兄弟は、保証を承継する以上株式も承継したいと主張し、企業承継自体がうまくいかなくなることが多いのだ。
遺産相続がうまくいかない時、経営が混乱し、せっかくの経営が行き詰ってしまうことも稀ではない。もめるぐらいなら、事業をM&Aで第三者に売却してしまった方が、解決が早いことも多い。

3.後継者によるMBOは容易ではない!準備が必要だ

中堅、中小企業の場合、身内に後継者がえられないときには、会社内の役員、従業員を後継者にすることを考える必要がある。それは、まさに、MBO(Management Buy-Out)である。 MBOは、大企業のだけのものではない。
この時の大問題は、役員や従業員が株式を買い取れる資金を用意することが難しい点である。大企業の場合のように、この事業を担保に融資を得るというLBOを展開することが不可能だからである。LBO (Leveraged Buy-Out)は、買い手が対象企業の資産や将来のキャッシュフローを担保に、ノンリコースローンで買収資金の全部または一部を調達することであるが、中小企業の場合、その事業が小さく担保価値が乏しいからである。
会社の本社や工場などの不動産が個人名義であれば、これを相続人が相続し、後継者が会社を承継して家賃を払う形で解決する手段もある。不動産が法人名義の時は、不動産管理会社と事業会社を分離し、管理会社を他の相続人が相続して解決する方法もある。これらの場合は、株価は不動産を含まないので高額にならず、後継者が株式を買取りやすくなるからである。
どうしても後継者が株を買い取れない時は、スポンサーを確保してスポンサーと共同事業で買い取ることを考えるべきである。スポンサーを確保できれば、中小企業でも、MBOは十分可能である。
ただ、中小企業のMBOでは、社長の個人保証を承継する必要がある。銀行と交渉して、保証の切り替えをする必要があり、それを可能にするだけの信用力のあるスポンサーを確保する必要があることを忘れてはならない。
とはいえ、後継者づくりは、すぐには成果が上がらない。時間をかけて選び出し育てあげなければならないが、それを実行しているところは少ない。また、長年専務として経営を支えてきたものを後継者にしようとしても、それがベストとは限らない。番頭としては有能でもトップとして優秀とは限らないからだ。また、営業マンとして力を発揮してくれたので後継者にしようとしても、営業マンとしての能力とトップの能力は必ずしも同一ではないのである。
これから予想される厳しい経済事情、変化の激しい経済情勢に対し、会社を運営していくには、今まで以上に経営能力を必要とする。後継者は、社長以上に能力がないと務まらない時代となっている。不向きな人間をトップに据えても上手くいかないし、本人のとっても不幸なことである。社内での後継者づくりは、無理は禁物である。
社内で後継者が得られなければ、M&Aで第三者に売却することに挑戦すべきである。

<実例>
A社は自社ビルで貸ホール業を営んでいたが、業績がはかばかしくないので廃業し、そこにテナントを入れて、賃料収入で生きていくことを決意した。ところが、役員、従業員から予想外の強い反対が出てどうしていいか判らなくなり、K法律事務所に相談した。
K弁護士は、M&Aで貸ホール業自体を売却し、買収先がこのビルのテナントとして貸しホール業を承継するスキームを作成し、貸ホール事業を買ってくれるスポンサーを探すこととした。これは、事業譲渡とMBOを組み合わせたM&Aのスキームである。
その後、地元の同じ貸ホール業者たるB社が名乗りを上げ、役員、従業員ごと貸しホール事業を買収し、そこで貸ホール業を承継することとなった。これにより、A社は事業を廃業して賃貸業者となり、従来の事業は、従業員付きでB社が承継することとなった。
もし、M&Aを考えずに廃業を強行すると深刻な労務問題を発生させ、労使ともに、大きな損失を被ったはずである。これは、中小企業でも、M&Aが有効に活用された、好例である。

4.廃業はするな!M&Aに挑戦しよう

以上の通り、後継者の確保が大変なので廃業を選ぶ中小企業も多いが、それはもったいないことであり、社会的にも大きな損失である。そのときは、M&Aにより、事業を第三者に売却することを考えるべきなのである。長年積み上げた自分の努力の結晶である事業は無駄に消滅させるもののではなく、それを売却し、活用してもらえる第三者に承継してもらうべきであり、それがM&Aなのである。
とはいえ、M&Aを成功させるには、慎重で綿密な準備がいる。M&Aに挑戦する以上、より高く売らなければ意味が無いが、営業の価値は、税引き後利益の4−5倍といわれる。まさに利益が出ている時が売りごろなのである。ところが、利益が出ている時は、欲が出て人に売りたくない。そして、売り上げが落ちた時に売ろうとするが、その時は高くは売れない。M&Aには、決断が必要なのである。
高く売るには、自分の事業に価値を見出してくれる買い手を探すことが必要である。しかし、そのような買い手を探すには時間がかかる。M&Aの業者に相手探しを依頼しても、見つかるのに1年以上かかると思ってよい。それくらい時間がかかるのがM&Aである。M&Aを成功させるには、時間が必要であることを知っておくべきである。
第三者に売却する時、同時に考えておかなければならないのは社長の老後の設計である。売買代金だけでは不十分ということも多い。
不動産がある場合は事業だけを譲渡し、もとの会社は不動産を所有して管理会社として賃料を収入源とする形態は効果的である。これだと町工場で不動産が唯一の財産というケースでも、M&Aで、社長の老後を確保できる。
事業の譲渡後も。社長が一定期間役員や顧問として残るというスキームもよく使われる。むしろ実際は取引先の維持のために、居てもらったほうがよいという場合も多い。一石二鳥のM&Aとなるわけである。

<実例>
Aは自動社の部品を製造する町工場を有するA社を経営してきたが、親会社の海外展開により売り上げは激減していった。子供たちは皆一流企業に就職して後を継ぐ者はいない。となれば、自分の代で廃業せざるを得ないと覚悟していたが、心配なのはまだ30代、40代の熟練工たちであった。彼らの転職先を探すのは困難が予想された。そこで、K法律事務所に相談した。
K法律事務所の努力で、アメリカ企業に部品を納入している中堅メーカーから買収の話が飛び込んできた。そこの技術が自分達の納入する部品の技術と共通点が多く、技術の価値を評価しての買収の申し出であった。
技術の継承のため、最低5年間はAを顧問として依頼することも同時に約束された。これにより、A社の技術の熟練工の承継に成功したほか、社長のA自身の老後も確保されることとなった。
本件でAがM&Aの決意をしなかったのなら、A社の技術は永久に消滅し、熟練工は失職し、Aの老後は厳しいものになったはずである。M&Aは、多くの者の人生を安泰なものにさせることが出来る極めて効果的な手段なのである。

5.廃業すると財産を税金でもっていかれる!M&Aを考えよ

廃業となると、会社を解散して清算手続きをすることになる。清算では財産の処分が必要となるが、その時の利益は法人税の対象となる。さらに、残余財産の株主への分配は、配当所得とみなされる。この場合、総合課税なので最高税率は50%である。これでは、長い間に蓄積した努力が、税金で持っていかれてしまうことになる。
他方、M&Aによる株式の譲渡では、分離課税であり株主個人に対して譲渡益の20%だけである。
税金の負担を考えれば、中小企業者は、廃業よりもM&Aに挑戦すべきなのである。
ことに、内部留保に努めてきた会社ほど、廃業は、損になることを知るべきである。

6.廃業で財産は残るか?残らなければM&Aを考えるべきである

中小企業は、利益の多くを不動産に代えていることが多い。ところが、その不動産は、価格の減少が激しい。いつの間にか、オーバーローンになっていて、清算すると借金だけが残るというケースもまれではない。
会社に債務が残るということは、社長の個人保証も残り、子供たちがそれを相続することを意味する。最悪の時は、会社は破産で清算し、個人保証部分は、相続放棄で処理せざるを得ないということにもなる。
この様な事態を避けるためには、事業が継続しているうちに、M&Aで、事業部分を売却し、現金化しておく必要がある。廃業してからでは、万事休すということになるのだ。

<特許だけの売却>
アメリカでは、企業から、特許を買い取って、これを必要とする企業に売却したり、特許違反を見つけ出して、訴訟を起こし、実施料を獲得するようなビジネスが盛んなようだ。弁護士が参入しているとも聞く。
M&Aには至らなくても、もっている特許を売却することは考えるべきである。とは言え、これを売却すると言っても、日本の場合マーケットが整備されていない。まずは、特許を買い取るビジネスが起こっても良いはずである。

 

【第3章】 企業再生を成功させるためのM&A

事業に行き詰まれば破産しかないと勝手に思い込んでいるものは多い。しかし、その前にいくらでも打つ手はあるのである。その切り札は、M&Aである。
M&Aは、行き詰まった中小企業を蘇らせられる効果的で強力な手段である。

1.経営が行き詰まったらM&A

中堅、中小企業では、営業利益は結構出ているのに有利子負債が大きく、それが年間売上額と同じぐらいという例もまれではない。不況によるマーケットの縮小によって売り上げが急減し、あっという間に有利子負債が年間売上額と同じぐらいになってしまうのである。
業種によって異なるが、有利子負債が年間売り上げの20%を超えると経営は不健全となり、放置すると破綻に向かうことになる。そこで、企業は年間売り上げが20%を超えたあたりから真剣に立て直し策を講じることになる。
そのためには、売り上げを向上させながらリストラで経費を節約することが常套手段であるが、同時に視野に入れてほしいのがM&Aである。
企業が停滞していても、M&Aで切り抜けられるケースは多い。例えば、年間売りあげに対して、有利子負債が40%に達して銀行借り入れができない企業でも、M&Aにより、20%分を埋める資本投下を得れば、健全な財務体質を回復できるのである。この段階でのM&Aは、会社を全て売り払う必要はない。出資を前提での業務提携というM&Aで、経営のテコ入れは可能なのである。
有利子負債が60%でも、強力なスポンサーが出現すれば再建は可能であろう。M&Aは、企業の再建のため、最初に考えるべき強力な手段なのである。
とはいえ、年間売り上げに対して有利子負債が100%に達している時には、M&Aだけでは解決困難となるのが普通だ。その場合は、負債カットの手段を講じながら、M&Aを実行することが必要になる。
債権の圧縮となると民事再生手続きが思い浮かぶであろうが、この手続きは全債権者を手続内に巻き込むという欠点がある。本書では、まずは、取引先を巻き込まない企業再生方法から検討することにする。

<実例>
A社は、国内向けの磁器製品を作るメーカーである。近年、ライフスタイルの多様化の中で売り上げが減少傾向にあったが、リーマンショック以降の不況の中で、急激に売り上げが落ち込み、銀行借り入れの返済が困難になり、倒産も覚悟せざるを得ない状況となった。この時の有利子負債は、年間売り上げの50%に達していた。
その時、ヨーロッパに食材を輸出する中堅商社がA社のデザインがヨーロッパに受けそうなセンスがあることに目を付け、自己の販売ルートを使って、ヨーロッパに輸出することを提案してきた。
商談を進めるうち、B社はA社の窮状を知り、製品の購入だけでなく、出資を申し出てきた。まさに、M&Aの提案である。
その結果、B社は、増資により49%の株式を持つとともに役員を派遣する条件に出資することとなった。その後、A社は売り上げを急増し、ヨーロッパ向け製品を製造する新工場を建設できるまでに復活できた。
これは、日本のものづくりの技術を持つ企業と、ヨーロッパに販路を持つ企業がM&Aにより業務提携し、企業の倒産回避と、新たな輸出事業の開拓に成功した好例である。

2.不動産価格で担保付債権を買い取ってM&A

負債の多い企業を再建する場合、抵当権付きの銀行債権をスポンサーが買取るという方法がある。この買取がM&Aの重要な要素となるのである。
例えば、10億の銀行の貸付債権があり、不動産に抵当権が設定されているとする。ところが、この担保不動産の価値は低下し、現在では時価が一億という例も多い。年間売り上げも10億円しかない企業であれば、債務者は利息しか払えず、不良債権化しているのが普通である。
この時、スポンサーがこの債権を担保付のまま1億で買い取るというスキームがありうる。普通は銀行が一旦サービサーに売却し、これをスポンサーが買取るという方法をとる。
銀行としては、この不良債権は競売でしか回収できないが、競売では1億円の回収も困難なので、1億円で買い取ってくれるとなれば、応じてもよいということになるのである。
この手法はゴルフ場の買収などでよく使われるが、他の業種でも使われる例が見られるようになった。
ただ、債権者が公的金融機関、債権整理回収機構である時は、このスキームに協力してこないのが現状なので注意を要する。

<実例>
ある温泉街の老舗旅館は、地元信用金庫からの借り入れが三億円あるにもかかわらず、不況の中で売り上げが急減して苦しい経営を強いられるようになり、売却を考えるようになった。
旅館の土地建物にこの三億円の借り入れのため抵当権が設定されていたので、3億円の売買価格を設定して売りに出したが、高すぎて買い手が付かなかった。そのため、A社長は、民事再生法の申請が必要と覚悟してK法律事務所に相談した。
K弁護士は、民事再生の代わりに、ホテルチェーンを経営している会社に、信金の貸付債権を担保付きで1億円の代金で買い取ってもらうというM&Aにより、この件を解決させた。
土地と建物の価値は不動産鑑定価値で8000万円程度であり、競売や民事再生手続きでも1億円を確保することは困難であった。信金としても、1億円の現金が入るのであれば、3億円の債権を1億円で売却することも良しと判断したのであった。
この時、社長の個人保証も一緒に買い取りをしていたこともつけ加えておきたい。社長の個人資産は自宅くらいしかなかったが、地方のため700万円位の価値しかなかった。そのため、信金としては、それまでの長い付き合いを考慮して、保証債務も合わせて1億円で売却することに同意したのであった。

3.特定調停で債権カットし、そしてM&A

簡易裁判所に、特別調停を申し立てて債務の免除を求めるというのも効果的である。
特定調停は、社会的には倒産扱いとならないが、これにより債権の大幅なカットを可能とするものであり、民事再生法と同様、会社再生のために効果的な手段である。
違いは、民事再生法は全債権者を対象にするのに対し、特定調停は特定の債権者のみを対象にするという点であり、その対象の多くは金融機関である。そのため、取引先を巻き込まずに銀行とだけ交渉が出来る。
また、民事再生は、スケジュールが裁判所によってガチガチに決められるのであるが、特定調停はそのような規制はなく、柔軟に作戦が立てられる。
さらに、この特定調停と並行してM&Aを進行させると、極めて効果的に再建を図ることが可能となる。
ただ、相手が公的金融機関や債権整理回収機構の時は減額が困難なことが多く、失敗に終わることが多い。

<実例>
A社長は、建築資材の卸のA社を長く経営してきたが、流通の合理化から、卸業のマーケットは大幅に縮小し、最盛期は30億あった売り上げが今や5億程度となってしまった。ところが、有利子負債は8億あり、破産で最終処理するしかないと覚悟をするにいたった。
そこでK法律事務所に相談したところ、K弁護士は、破産は必要ない判断し、配送センターとして使っていた土地建物が2億円の価値があることに注目して、事業を5,000万円、不動産を2億円で売却するスキームを作って、買い手を探すこととした。
B社は同業のトップ企業であり、マーケットの縮小の中で、M&Aを駆使して顧客を集約しながら、配送をメーカーから建築業者に直結する新たなビジネスモデルを構築して、活き残りをかけている企業である。このB社が、K弁護士の提案を受け、A社の顧客に中堅ゼネコンが多くいることに注目し、同社の事業を買収することを申し出てきた。また、不動産はC社が2億円で買い取ることを申し出てきた。
これらの申し出を確認したうえ、K弁護士は、A社とA社長個人について金融機関に対して特定調停の申し立てをした。そして、B社とC社から得る売買代金を借入の弁済にあてることと引き換えで、金融機関に対する会社と社長の借入残債務の債務免除を受ける同意を取り付け、特定調停を成立させることに成功した。
M&Aと特定調停を駆使することにより、破産を回避しつつ、個人保証を含めて全体解決が実現したのであった。

4.会社分割とM&Aで会社再生

会社分割をする時、新設分割を採用し、主たる業務は新設承継会社に承継させるが、金融機関の債務を分割会社に残し、取引債務だけを新設承継会社に承継させるというスキームがよくみられる。
この場合、対価が新設承継会社の株式の時には、新設承継会社が分割会社の100%子会社となるので、責任財産が営業財産から株式に変わるだけで、責任財産に変化が無いように見うる。これであれば、詐害性は排除できそうであるが、中小企業の場合は、株式に譲渡制限が付くのが普通なので、そうなると、価格が大幅に低減することになる。
そのため、分割会社に債務を残された金融機関は、このスキームを詐害行為として取消訴訟を提起する例が頻発している。また、分割会社が後に破産開始決定を受けると、破産管財人から否認権行使をされるという例も続出している。
最高裁判決はまだないが、下級審では、詐害行為による取消し、あるいは否認が殆どのケースで認められている。この場合、主たる債権者である金融機関の責任財産が大幅減少することは明らかなので、詐害行為となるのはやむを得ないであろう。そのため、銀行と敵対した会社分割は、会社の再建の手段としては使えないということとなろう。

<分割で、有効な再建スキーム>
会社分割をする時、主たる業務は新設承継会社に承継させるが、金融機関の債務を分割会社に残し、取引債務だけを新設承継会社に承継させるという方法は、そのままでは、詐害行為となってしまう。
しかしスポンサーが、分割会社が有する新設承継会社の株式を、銀行の了承する金額で買い取り、買い取り代金を分割会社が破産した時の配当財源となるようなスキームを作れば、詐害性は回避できる。このように、会社分割でも、M&Aを組み込むことにより、企業の効果的な債権に活用できるのである。

5.経営陣が残るタイプのM&A

経営テコ入れがたのM&Aでは、多く利用される。会社経営は行きずまったものの、経営陣は退陣したくないという例は多い。
資金は出すが、経営には興味がなく、収益が得られれば良いというスポンサーが出現すれば成功である。
この場合は、スキーム作りが重要である。議決権無き優先株により、経営は任せるが、利益は、優先して取得する方法は良く使われる。
あるいは、貸付として出資するが、同時に、新株予約権を得ておくという方法、株式に転換できる新株予約権社債を取得するという方法もある。
返済を受ける形を取るが、

<実例>
A社は、地方で数店のガソリンスタンドを経営している。経営に行きづまったので、民事再生の申し立てをした。
同時に、地元商工会議所を通じて出資者を募り、スタンドの不動産を共有者として購入してもらい、A社はテナントとなるとともに、買取代金を借入の返済に充て残債務を免除してもらう再生計画を作成し、再建に成功できた。

6.破産を使ったM&Aは外科手術−効果は抜群

会社の事業をスポンサーに譲渡して、残った部分を破産で清算するというM&Aはよくみられる。事業の代金は配当に原資となるが、譲渡された事業には、債務の負担がなくなる。
会社分割をして、残部を同じく破産で清算するというM&Aの例もみられる。
この様に、社会的に意味のある事業は債務の負担なく残し、破綻部分を清算するというのは、まさに外科手術で会社を再建するというべきものであり、破綻の程度が大きくても再建を可能とする強力な手段である。
破産という処理に抵抗があれば、民事再生の申し立てを行い、再生計画の中で、清算と事業譲渡を再生計画としてまとめて処理をすることも可能である。この手段は、実務的には広く使われている。
なお、債権者全員が債務の免除してくれることで話がついていれば、破産に替えて特別清算という清算方式もある。これでも、破産という処理を避けることが出来る。

7.民事再生と会社更生の申立は最後の切り札

以上の手段を講じる時期を逸してしまった場合には、民事再生法の活用を考えざるを得ない。
民事再生法は、経営者が裁判所の監督下で、自ら再建にあたるのが原則である。このような再建手段をDIP型と呼ぶ(DIPはDebtor in Possession。債務者占有の意味)。民事再生では管財人が選任されることもあるが例外である。また、開始決定から再生計画の認可まで、半年程度で終えるというように仕組まれているので解決は早い。
しかし民事再生手続きでは、申立が受理されると同時に裁判所は仮処分で弁済禁止命令を出す。この弁済禁止により取引先も支払いを受けられないことになり、全債権者を巻き込むという欠点がある。また、民事再生には倒産というイメージがあり、経営者には毛嫌いされる。従って、他の手段がない時の最後の切り札となろう。
再生計画の中では債権を大幅にカットする。その際、例えば90%カットして、残りを10年分割弁済という例もある。まさに、強引な債権圧縮の手段である。もっとも、この計画が裁判所に認可してもらうには、債権者集会で承認してもらう必要がある(債権額と頭数の過半数の承認が必要)ので、90%という案は、そのままでは銀行等の大口債権者の納得を得られない。そのため、スポンサーを確保し、スポンサーが資金をだして増資し、あるいは、資産を買い取るなどして資金投下して、債権者の納得を得られる再生計画を作成することとなる。スポンサーの力で、一部を一括返済し、残額を債務免除してもらうというケースも多い。
スポンサーが介入して再建にあたるということは、それ自体がM&Aである。民事再生の再生計画の立案は、スポンサーと債務者と債権者の間で形成される壮大なM&Aのスキーム作りといえるものである。これを推進するオーガナイザーの力量は重要であり、そのため、申し立て代理人は経験を積んだ弁護士が担当することとなる。
民事再生の処理と並行して重要なのは、社長の個人保証である。個人保証は会社の民事再生とは直接関係なく、会社債権が支払い免除を受けても何の影響も受けないからである。個人保証の処理をどうするかは、弁護士が考えるべき重要課題である。
ところで、日本では、企業の法的再建の手段として、民事再生法のほかに会社更生法がある。会社更生法は、弁護士である更生管財人が再建にあたり、また担保権も更生計画の内容となるなど、もともと大企業用に仕組まれている法的再建のシステムである。
しかし、2009年にDIP型会社更生が導入された。これは、弁護士の代わりに、従来の経営者、あるいは交代した新経営者が管財人に選任され、申立代理人の弁護士とともに、再建に当たる方法である。また、弁護士である監督委員兼調査委員が選任され、裁判所はこれを通じて監督に当たることになる。
この方法を取ると、100%減資でなければ、上場維持も可能とされている。JALがこの方法で再建を目指したが、中堅企業でも、このDIP方式であれば、会社更生も活用の余地があろう。勿論、債権者やスポンサーがこの方式を支持することが前提である。
民事再生は、再生計画認可まで5カ月であるが、DIP型会社更生では7カ月なので、中堅企業の場合この2ヶ月の余裕は貴重である。また、前述の通り、担保権も手続き中に巻き込むので、銀行との交渉が効率的な場合も多い。今後は、中堅企業でも、民事再生と合わせて会社更生の活用を検討しもいいであろう。

<参考:チャプターイレブン>
チャプターイレブンという言葉は、どこかで聞いたことがあるであろう。これは、民事再生法の母法であるアメリカの連邦倒産法第11章のことである。
日本では、民事再生というと倒産という暗いイメージがあるが、アメリカでは、チャプターイレブンといえば強力なリストラの一チョイスという役割を果たす。
アメリカでは、航空会社を見ても、デルタもユナイテッドも、チャプターイレブンで再建している。最近では、アメリカンもこの申請をした。アメリカでは、人員整理に従業員が応じない時に、チャプターイレブンを活用するという例も多いようだ。
再建計画も、カットなしで3年分割返済などという例もあり、大企業では3割カットはカット率が多いほうである。5割カットでは、破産で清算せよということになってしまうようだ。
9割カットで10年間分割返済という例があるような日本の民事再生とは大きな違いがある。JALがアメリカの企業だったとしたのなら、10年以上前にチャプターイレブンの申請をしたであろうし、あのように破綻状態になってから申請したのなら、再建など許されず、清算せよということになったであろう。
財務が破綻したままずずると時間をかけることは、それ自体、社会に大きな迷惑を与えると考えるのがアメリカである。チャプタ−イレブンは、このように活発に活用されている。
日本でも、財務状況が悪くなれば、早めに対策をたてることが必要であるし、それが経営者の社会的な責任でもある。しかし、民事再生法は、アメリカと違い倒産のイメージがあり使いにくい。その代わり、早めの再建の手段として考えるべきなのが、本書で強調するM&Aである。

8.社長個人の老後はM&Aで

会社が民事再生や破産で処理されても、社長の個人保証には全く影響を与えない。民事再生で会社は90%の免除を得ても、個人保証は従来どおり100%の責任を負わなければならないのである。
そのため、社長個人は、会社の民事再生と別に個人破産の申し立てをして免責を得て、借金の負担を免れるという方法を取るのが普通である。
ただ、旧経営者にとっては、破産というのは心理的に大きな抵抗感がある。これが、会社に対し法的手続きを取れない最大要因となっている。
この問題は、特定調停でも、担保債権の買い取りでも同様である。会社分割、事業譲渡でもこの問題は残る。

<社長の老後確保のスキーム>
M&Aのスキーム作りをするにあたり、同時に、社長の処遇を考えなければならないことが多い。企業の再建にあたり、企業の再建自体より難しいのが社長個人の保証の処理である。
弁護士がM&Aに関与する意義があるのは、この個人保証の処理で腕をふるう必要があるからといってもよい。民事再生や破産の申し立て代理人の力量で、社長の老後は、全く変わると言ってよい。この時に、法的手続きしか興味のない弁護士に依頼すると悲劇である。
スポンサーに担保付債権を買取ってもらうM&Aのケースでは、まずは、個人保証を含めて買い取ることを承諾してくれるよう金融機関と交渉することとなる。金融機関から見て個人からの回収が困難となれば、個人保証を含めて買い取ることに同意してくれることも多い。
社長個人にも特定調停を申し立てて、余剰不動産を処分することで話をつけ、自宅を残すことが出来た例も多い。
どうしても、社長個人の自己破産が必要な時には、社長の個人的な生活支援が重要である。自宅を子供や親せきに管財人から自宅を買い取らせ、社長個人がそこを借りて住むことにより、自宅を失わなくて済むようなことも考えるべきである。
自己破産の場合、破産の開始決定後、承継会社やスポンサーが社長を顧問で雇用するという方法も効果的である。開始決定後の定期収入は破産財団に組み込まれず、自由財産として自由に使えるからである。なお、退職慰労金だと、開始決定前の労働の対価なので財団に組み込まれてしまい、社長個人のために使えないので注意を要する。

9.事業再生ADR、中小企業再生支援協議会を活用するには?

時々、事業再生ADRや中小企業再生支援協議会を使えないかとの相談が来ることがある。裁判所の手を借りなくても再建出来るので、自分の会社も、これを活用出来ないかと期待してやってくるようである。しかし、結果的には、残念ながら使えないことがほとんどである。
事業再生ADR(ADRはAlternative Dispute resolution. 裁判外紛争解決手続き)という言葉を聞いたことがあるであろう。これは、産業活力再生特別措置法の認定を受けたADRで、現在、事業再生実務家協会がこれに当たる。
会社更生、民事再生法の適用を受けずに、金融機関からの有利子負債のみを権利調整する方法で再生を図るものである。つまり、取引先は巻き込まないということに特徴がある。
ただ、最近では日本で唯一のDRAMのメーカーであるであるエルピーダメモリが認定されているが、この例からも判る通り、大企業向きの制度であり、中堅、中小企業は対象外である。もっとも、結局エルピーダ救済は失敗し、会社更生法に移行した。
中小企業のためには、各都道府県に中小企業再生支援協議会が設置され、2008年には、それを統合する中小企業再生支援全国本部が設立された。
協議会は、相談案件のなかで適切と思われるもののについて、メインバンクと相談しながら、再生計画を作成し、支援スキームを練る。これも、金融機関からの有利子負債のみを権利調整する方法で再生を図るものであり、取引先を巻き込まないことに特徴がある。
興味が持てるのは第二会社方式である。債務免除することの見返りとして過剰債務部分を劣後借り入れに切り替え、債務超過部分を3年から5年程度の利益で解消できるような資本的借入金(DDS。Debt Debt Swap)を導入する。この借り入れは、例えば15年期限の一括返済で0,4%の金利とするものであり、資本的注入に近い方式である。第二会社方式だと、新会社は営業に必要な許認可を新たにとらなければならないが、これをスムーズにとれるよう工夫もなされている。
このように綿密なスキームが用意されているが、現在のところ、実際は利用例が少ない。想定されるスキームに適合する、“優良”破綻企業が少ないからであろう。銀行が、その利用に、積極的でないと使えないというのが実態だからである。
ただ、せっかく中小企業再生支援協議会が設置されているので、もっと、多くの企業が使えるようなスキーム作りをしてほしいと思っている。ことに、スキームの中にM&Aを組み込んで、もっとダイナミックに再建計画を構築できるようにし、中小企業の再建に役立ってほしいものである。

 

【第4章】 M&Aのスキームは多種多様

中小企業のM&Aの失敗の80%は、売り手のスキーム作りの未熟さによるものである。M&Aの成功のためには売り手側によるM&Aのスキーム作りが重要であり、それに対応できる買い手側の理解力も重要である。
M&Aのスキームは多種多様である。其の事案に最適のスキーム作りをするためには、高度な専門知識が必要である。
現実には、M&Aの仲介業者に資格が要請されていないので、M&Aは株式買い取りでやるものと決めつけて、それ以外のスキーム作りを考えもしないにもかかわらず、M&Aアドバイザリーを名のっている業者も多いので注意を要する。

1.完全子会社化をめざすM&A

(1)株式買い取りが原則

M&AのM部分はmergerであり、合併の意味である。ただ、中小企業のM&Aでは、合併の利用例は少ない。多いのは、株式を買い取って子会社化する株式の買取り方式である。
多用される最大理由は、手続きが簡略だからである。株式を、株主から、買い取るだけで済むからである。税金も、買い手に20%の譲渡税がかかるだけで、シンプルである。
また、合併だと、負債や損害賠償リスクなども承継してしまうので、倒産隔離ができる株式買取り方式が好まれる。子会社が倒産しても、親会社は倒産を免れるからである。さらに合併では、手続きが面倒なだけでなく、後述する税法適格となれない場合だと、評価換えによる課税関係が発生するので、その点からも避けられるのである。
ただ、株式買い取りの場合、100%買い取れるとは限らない。第一段階として、3分の2を取得することで、満足することも多い。3分の2を取得できれば、特別決議で勝てるので、一方的な定款変更等が可能となり、支配権を確保できるからだ。
残った少数株主の株式を強制的に取得するには、全部取得条件付き種類株式を使う方法(スクイーズアウト)があるが、その点は後述する。
また、3分の2以上の賛成を獲得できれば、後述する会社法上の株式交換の手段が使える。反対者には現金を交付すればよいのである。ただし、税法不適格となるので、どのくらい課税されることになるか、シュミレーションした上で、最も合理的な方法を選ぶべきである。税法上の適格性については、後述する。
株主全員が賛成すれば、株式買い取りでホールディングカンパニーの形成も可能である。反対者がいても3分の2の賛成が得られれば、後述の通り、会社法上の株式移転で、ホールディングカンパニーが可能となる。

<コメント>株式買い取りは事業譲渡より節税できる
株式売却は、株式の買い手に譲渡益の20%のキャピタルゲイン課税があるだけである。他の株式での損があれば、損益通算することも可能である。
ところが、事業譲渡だと、先ず譲渡した法人に譲渡益に対する法人税がかかる。次に、株主は配当として売却益を受け取ることになるが、配当所得として他の所得と総合して課税されるので、最高税率は50%になってしまう。
多くの場合、株式売却は、事業譲渡よりも税務的には有利である。

<退職金で節税>
株式を取得するとき、代金安くして、その金額にみあう退職慰労金でわたすという方法を使うと、全体的に節税できる。
ただし、退職慰労金をあまり高くしすぎると、否認され配当とされてしまうので注意を要する。最終月の月額報酬×役員就任年数×2,5ないし3位が上限である。

(2)株式交換による完全子会社化

M&A反対者がいてターゲット会社の株式を全部買い取れないが3分の2以上の株主が賛成している時には、会社法上の株式交換という制度を使うと効果的である。ターゲット会社での株主総会の特別決議により、その会社の株式を自社の株式と交換してしまえば、ターゲット会社の株主が自社の株主に成る代わりに、ターゲットは完全子会社になる。これにより買収完了となる。
反対の少数株主は、株式買取請求権を行使して離脱することができる。しかし、株式買取請求をしないと親会社に関係ない子会社の株主が入りこむので、株式に譲渡制限がある閉鎖会社では好まれないことも多い。もっとも、交換の対価として金銭も可能なので、株式の代わりに金銭を交付する場合にはよそ者を排除できるが、税法上不適格株式交換となり、課税関係が発生してしまうので、使いにくい手法である。
株式買い取りの資金がすぐ調達できない時にも、この株式交換を使うことも多い。閉鎖会社でも、子会社の株主が入りこむことを覚悟して、この手段を使うのである。
この場合、資金が用意出来たところで株式を買い取ればいいのである。買い取り時に反対株主が出現しそうな時には、あらかじめ、全部取得条項付種類株式を交付し、資金ができた時に特別決議で買い取るという手法を使うこともある。後述のスクウィーズアウトと言われるもので、これにより、確実に少数株主の株式を買い取ることが可能となる。
この買い取りで、ターゲット会社のオーナーは、創業者利益を確保できることにもなる。
中堅企業で公開会社になっているところは、手続きが公明正大となるのでこの株式交換を積極的に活用していいであろう。
また株式交換は、株式の買い取りに抵抗感のないグループ内再編では、完全子会社化を目指す時利用されることが多い手法である。

<実例>
山陰地方のM漁港地域の水産加工業は安価な中国産に押されて売り上げがじり貧状況となってきた。地元の商工会議所は、企業数を整理して生き残りを図る方針を決め、より強い企業が弱い企業を買い取ることをすすめてきたが、買い取る企業も買い取り資金を確保するのは困難なところが多かった。そこで、株式交換の方法で、買収対象企業の株主は、その株式を買収企業の自己株式と交換してもらって、一旦買収企業の株主になり、3−4年かけて、ゆっくりと買収側の企業の株主に、株式を買ってもらうというスキームを考案し、会員企業に奨励することとした。
同時に、買収対象企業と買収企業は、従業員をゆっくり整理し、生産設備を集約して、生き残れる足腰の強い企業体質を構築し、最後は合併して集約化を実現していった。

(3)ホールディングカンパニーの活用

ホールディングカンパニー、つまり、持ち株会社いうと、大企業のための制度と思いがちであるが、必ずしもそうではない。中小企業でも活用できるし、活用すべきものである。
合併や企業分割による統合をしたばあい、コンピューターシステムの違い、商品アイテムの違い、経営指針や社風の違いで混乱が生じ、統合効果が上がらないことも多い。この様な時、無理して統合せず、ホールディングカンパニーを作り、各社がホールディングカンパニーの完全子会社となるのが合理的なスキームである。
株式を全部買い取れれば、株式買い取りの方法でホールディングカンパニーの完全子会社に成り、手続は容易である。
一部の株主に反対があるという時には、会社法上の株式移転という手法を使う。この場合、ターゲット会社の株主総会で特別決議(反対株主は、株式買い取り請求権を持つ)を得て、株主とターゲット会社の間に持ち株会社が入る、つまり、当の会社の株主がホールディングカンパニーに移転し、ホールディングカンパニーの株式を持つこととなる。同時に、ホールディングカンパニーがターゲット会社の株主になり、ターゲット会社は、ホールディングカンパニーの完全子会社になる。
買収者側に資金がない時にも、この株主移転は効果的である。ターゲット会社の株主に、とりあえずホールディングカンパニーの株主になってもらって、資金が出来た時に、買い取ることになる。買い取り時に反対株主が出現しそうな時には、あらかじめ、全部取得条項付種類株式を交付し、資金ができた時に特別決議で買い取るという手法を使うこともある。後述のスクウィーズアウトと言われるもので、これにより、確実に少数株主の株式を買い取ることが可能となる。
ターゲット会社の株主に、ホールディングカンパニーの株式の代わりに、金銭その他の財産を付与してもよいが、株式交換の時と同じく税法不適格となり、ターゲット会社に課税関係が発生してしまう。
ターゲット会社の株主は、株式を買い取ってもらった時に、創業者利益を回収することになる。
この株式移転により合併までしなくても、共同仕入れ、在庫管理の共同化、店舗を整理し過当競争の排除、連携による相乗効果などの利益を享受できることとなるので、合理的な制度である。

<実例>
Aは、居酒屋チェーンを経営している若き実業家である。次々と、中小の外食チェーンを買収したが、それぞれのブランドはそのまま維持して傘下に収めていた。その手法は、ホールディングカンパニー方式を採用していた。
それぞれのチェーンの固定客を維持するのは、表面的には、オーナーがチェンジしたことが判らないようにするが、仕入れや、人材は可能な限り、共通化することが狙いであった。

(4)第三者割当増資も効果的

株主の中にM&Aについて反対者がいて株式の売却に応じないときには、買い手側が支配権を得るため、第三者割当増資をすることもありうる。
授権資本株式の範囲内では、有利発行でない限り、取締役会の決議で新株の発行が可能である。株主の過半数をM&A支持派が占め、取締役の人事権を握っている限り、この手法が効果を上げることとなる。
第三者割当増資は、M&Aと同時に、資本増強をして会社のテコ入れをする必要がある時にもつかわれるものである。

2.事業譲渡をめざすM&A

(1)事業譲渡はスタンダード

事業譲渡は、株式買い取りと並んで最もポピュラーなM&Aの手法である。必要な事業だけを取り出して譲渡できるので効果的なことが多いが、不動産、資産、債権債務、契約上の地位、知財、ブランドなどの承継手続き等を個別にしなければならないので手続きは面倒である。対抗要件も個々にする必要がある。リース契約だけでも膨大にあり、事務処理が煩雑を極めることが多い。
特許権の実施権には、事業譲渡による移転を禁止する条項(Change of Control 条項)があることも多いので注意を要する。
譲渡する事業が事業の全部、または重要な一部(事業全体の10%を超えなければ重要とはならないであろう)である時には、譲渡会社の株主総会で特別決議(反対株主に株式買取請求権がある)による承認が必要となる。事業全部の買い取りの場合は、承継会社でも特別決議が必要となる(反対株主に株式買取請求権がある)。
会社分割では、原則として株主総会の特別決議が必要になるが(反対株主に株式買取請求権がある)、必要な事業をまとめて承継できるので、事業譲渡より譲渡手続きは容易である。だが、係争リスク、例えば労使問題や製造物責任、損害賠償などの責任を承継する。その点、事業譲渡はリスクを切り離すことが出来る。ただ、商号を引き継ぐと、原則として債務も承継してしまうので気をつけるべきである。
事業譲渡では営業の許認可は引き継ぐことが出来ず、新たに申請しなければならないので、許認可の承継が必要な時には、やむなく会社分割などの他の手法に切り替えることになる。
雇用契約を引き継ぐかどうかは、当事者間で個別に決める問題であり、当然に、引きつがれるわけではない。
ところで、事業譲渡では、健全な部分を譲渡して残りを破産で清算するというケースも多い。この場合、譲渡自体を破産管財人により否認されることがあるので注意する必要がある。
事業譲渡には、会社法上の協業避止義務がある。原則として、同一、隣接市町村内において、20年間同種の事業ができないという競業避止義務を負うことになる。ただ、この期間や内容は、合意で加減が可能である。なお、他のM&A手法で競業避止義務を負わせたい時には、特別の規定がないので、特約が必要である。

<税金に注意>
事業譲渡すると、代金は会社が取得する。株主は、それを通常は配当で吸収することになる。ただ、この時、株主には所得税がかかるが、それは、累進課税で、地方税と合わせれば50%に達する。
税額をシュミレーションして高すぎると思えば、M&Aの手法を、株式の売却か会社分割に切り替えたほうが合理的ということも多いであろう。

(2)「居抜き」という古典的M&A

M&Aという言葉は90年代ころから一般に使われるようになった比較的新しい言葉であるが、これに類似する手法は、中小企業では古くからおこなわれてきた。それが「居抜き」といわれるものである。
テナントが入れ替わる時、レストラン、バーやクラブ、ホテル、旅館、瑕疵ホールのような業種では、新旧のテナント間で、内部の什器、備品ごと売却することが広く行われてきており、これが居抜きと呼ばれ、古くからおこなわれているものである。この時、従業員も再雇用して働き続けてもらうことも多く、こうなれば典型的なM&Aである。
M&Aという横文字の言葉に拒絶感を抱く者も少なくないが、居抜きという形で古くから行われていたことを理解できれば、アレルギーも解消するであろう。
ただ、居抜きは小規模な事業が対象であることが普通なので、従来の事業は閉鎖し、新たに事業者が旧設備を購入して新たに事業を開始したと扱って、事業譲渡として処理しないことも多い。この場合は、会社法上の事業譲渡に要求される株主総会の特別決議のような特別の手続きは不要となる。

(3)会社分割の活用

会社分割では、株主総会の特別決議で承認される必要があるが、個々の資産、債権債務、契約上の地位の移転が不要であり、必要な事業をまとめて承継できるので、譲渡手続きは比較的容易である。また、取引先の継続にも便利である。特別の手続きを経ずに承継できるからである。ことに、ブランドを承継できる時には効果的である。外から変化を感じられないようにできるので、顧客維持にも便利である。
許認可を引き継ぐ必要がある時は、事業譲渡でなく会社分割を利用する必要がある。事業分割では許認可は引き継がれず新たに申請しなおす必要があるが、会社分割では、届けるだけで承継できる業種が多いのである。
雇用関係は、事業譲渡では承継するかどうかは個別的に行われるが、分割では、承継される事業に「専ら従事している労働者」(兼業者ではない者)は、承継することになる(当の労働者がその承継に異議を出して、離脱できる)。その詳細は、労働契約承継法(会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律)(2001年)に規定されている。
会社分割では、係争リスク、例えば労使問題や製造物責任、損害賠償などの責任を承継することもあるので注意すべきである。
もっとも、会社分割だと、債務を分割会社に置き去りにする設計ができる。債務超過企業で、会社再建の一環として銀行債務は分割会社に残し、取引債務のみ承継するというスキームを見かけるが、後から、銀行から詐害行為として取消されたり、あるいは破産の否認権行使により、無効とされることも多く、そのような判例が頻発している。この点は、前述したが、銀行と敵対しての会社分割は、原則として無理と考えるべきであろう。

(4)不動産管理会社と事業会社の分離

バブルがはじけるまで、日本の企業は、利益が上がると不動産を買い、これを担保に金を借り新規投資の資金を得ていた。したがって、歴史のある中小企業は不動産を持っているのが普通である。
そのような企業が事業譲渡を考える時、不動産と事業を分離して、事業部分は事業譲渡か会社分割で第三者に譲渡し、不動産部分は残して、旧会社は不動産管理会社として家賃収入を得る会社として残るという、M&Aの手法がある。会社分割は、この時にあるものだといっていいほど効果的である。
同じことは、事業譲渡でも可能であるが、事業譲渡だと、個々の財産、権利関係、契約関係などを個別に譲渡することになるので、手間は大変である。ただ、債務や雇用関係を承継しなくても済むという利点はある。
今後継者が無く廃業を考えているような中小企業は、このようなM&Aがあることを、思い出してほしいものである。

3.合併の活用

合併は、多くは無いが中堅、中小企業でも利用される。規模の経済が求められるときには、最も、効率のよいスキームとなる。また、仕入れ、在庫管理を統合して合理化し、店舗を整理し過当競争を排除するなどが期待できる。
統合後は、両者の経営陣は、共同で経営に当たることを想定しているのが普通である。株式交換など、他の手法では、上下関係が出るので、その点からも合理的である。
しかし、合併だと、負債や損害賠償リスクなども承継してしまうので注意を要する。
また、税法適格となれない場合だと、評価換えによる課税関係が発生する。ただ、逆に利益の出すぎている会社が、欠損のある会社を吸収合併し、節税対策に使うという例は時々ある。
相手の会社の経営状況が悪いと債権者は不利益を被るので、債権者のためには異議手続きが認められており、株式を会社に買い取るよう請求できる。
ただ、合併や企業分割による統合をしたばあい、コンピューターシステムの違い、商品アイテムの違い、経営指針や社風の違いで混乱が生じ、統合効果が上がらないことも多い。合併による成果を上げるためには、綿密な準備が必要である。

<吸収合併がなぜ多いか>
合併には、吸収合併と新設合併がある。しかし、吸収合併が圧倒的に多い。
その理由は、まず、登録免許税が安いことである。吸収合併は、資本金増加額の1000分の1,5でよいが、新設合併では、新設会社の資本金の1000分の0,5となる。
第二に、合併では、消滅会社の営業の許認可が一旦消えるので、新設合併では新設会社が改めて取りなおさなければならない。吸収合併では、存続会社の許認可がそのまま継続する。
第三に、日本の合併では、対等合併を理想とする。合併後の融和が図りやすいからである。そのためには、弱い会社を敢えて存続会社にして、両者を可能な限り対等にしたいという必要があるからである。

4.中小企業のMBO

中堅、中小企業の場合、身内に後継者がえられないときには、会社内の役員、従業員を後継者にすることを考える必要がある。それは、まさに、MBO(Management Buy-Out)である。 MBOは、大企業のだけのものではない。
この時の大問題は、役員や従業員が株式を買い取れる資金を用意することが難しい点である。大企業の場合のように、この事業を担保に融資を得るというLMO(Leveraged Buy-Out)を展開することが不可能なことが多いのだ。
LBOは、大企業や公開会社では、買い手が、対象企業の資産や将来のキャッシュフローを担保に、ノンリコースローンで買収資金の全部または一部を調達することである。役員はSPC(特別目的会社)を設立し、ここで株を買い取り、投資ファンドがここに出資し、あるいは貸し付ける形を取ることが普通であるが、中堅、中小企業の場合は事業規模が小さく、この様なスキームをこなすだけの担保価値が無いことが多いからである。
となると、スポンサーを確保して、スポンサーとの共同事業として買い取るという例が多い。中堅企業のM&Aでは、ファンドがスポンサーとして関与することも見られる。が多い。となると、ファンドは、5年くらいすれば、株式を売却して離脱していくので、それを誰が買うのか、想定しておく必要がある。
ファンドでない時には、経営を任せてくれるものでないと、MBOの意味がなくなるので、注意が必要である。
なお、中小企業の実情としては、社内に後継者が育っていないことも多い。その時は、M&Aを考ええずに廃業を選ぶ中小企業も多い。しかし、それはもったいないことであり、社会的にも大きな損失である。そのときは、M&Aにより、今までの積み上げた実績を金に換えるということを考えてもらいたいものである。其のスキームは、本書で紹介する通り、様々な方法がありうるのである。
なお、上場企業のM&Aの場合、株価に影響を与える経営陣が当事者になるので、構造的に利益相反の状況がおこる。そこで、独立した第三者で構成される委員会を組織し、ここで、買収対価の金額を決めることが普通である。中堅企業のMBOの場合も、同じ配慮が必要なことが多いであろう。

5.病院や学校のM&A

病院や学校など会社以外の法人のM&Aも、基本的には、会社と変わらない。勿論、株式譲渡や、株式交換という会社法特有の制度はないが、基本的な手法は変らない。
診療所の場合、個人でもM&Aはありうる。ただ、これは、買い手は医師に限られ、かつそこでの新規開業の手続をとらなければならないが、設備等や患者については事業譲渡という形を取るM&Aが可能である。
医療法人の場合、合併という手法がありうるが、社団医療法人と財団医療法人は、法人の性質が根本的に異なるので、合併は不可能である。同種類の法人の合併であっても、都道府県知事(複数の都道府県にまたがる時は、厚生労働大臣)の認可が必要である。
従って、病院のM&Aは、出資持分の譲渡と、理事の入れ替えという手法を取ることが一般である。となると、持ち分の定めのある医療法人であれば、M&Aの処理は基本的のは会社と同じで、難しくはない。
しかし、持ち分の定めのない場合は、特別の工夫が必要である。基金拠出型であると、持ち分については、払い戻し時でも救出金しか戻らないし、財団医療法人や社会医療法人では、持ち分の観念が無いからである。売却の必要性と買い取りの必要性をすり合わせて、具体的な手法を検討することになろう。

6.税法上の注意点

(1)会社法上の合併、会社分割、株式交換、株式移転では、税法上、税法適格でないと、M&Aをする意味が薄れる。
適格であれば、資産は簿価で承継される。しかし非適格だと時価評価するので、譲渡益、譲渡損を計上し、課税されることとなる。欠損金の引き継ぎも出来ないこととなる。株主にも、キャピタルゲイン課税とみなし配当課税が生じてしまう。
株式交換は株式移転では、税法適格でないと、完全子会社の資産に評価益、評価損が発生し、課税関係が発生してしまう。
国際的な会計の流れは、時価主義であるパーチェス法を用いる。しかし、人格の承継なら簿価で引き継ぐのが素直であり、簿価主義である持分プーリング法で不思議ではない。だが、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」では、2010年4月1日以降、パーチェス法で処理することとなったので、税法適格は、企業グループ内か、共同事業要件を満たす場合だけに適用される例外的な扱いとなった。
したがって、税法適格となるためには、合併や分割対価が株式のみであること、事業に関連性があること、主要な資産、負債が引きつがれること、常務以上の役員が引き継がれること、従業員の80%以上が引き継がれることなどが必要で、その要件は厳しい。M&Aのスキーム作りの時には、この点を織り込んだ慎重な設計が必要である。

(2)事業譲渡は、税務上非適格な再編行為である。事業譲渡では、税法適格はなく、承継会社が譲り受ける財産、債務の受け入れ価格は、時価となる。そのため、対価が受け入れる事業の資産時価評価後の純資産相当額を上回る時、受け入れ会社に暖簾が発生することになる。暖簾は、税務上償却可能(損金参入可)である。

 

【第5章】 M&Aの様々な展開
1.業務提携というオプション

完全子会社までせずに、業務提携というチョイスもある。方法も提携契約だけのものと、資本投下し株主となるものとがあり、後者には、一方的な資本投下と相互に株式を持ち合う形式のものとがある。
共同での研究、技術開発、販路や素材の共同仕入れなどを目指した業務提携も多いが、将来の買収を見据えた提携というケースも多い。後者の場合は、業務提携をしながら、相手企業の業務内容の調査、あるいは、買収や会社統合の可能性の調査などをすることとなる。
将来の統合を目指した業務提携の時には、株式の取得でなく、新株予約権を取得するという方法もある。あらかじめ決められた期間内であれば、あらかじめ決められた金額で、株を取得できるというメリットもある。不都合とあれば、行使しなければよい。

2.ホールディングカンパニーがM&Aの主役へ!

日本のモノづくりは、中小企業が担ってきた。ところが、その中小企業メーカーが、今危機状態にある。
産業の空洞化の中で系列が崩壊し、一気に販路を失うという例は日常茶飯事である。マーケットの縮小の中で、経営に行き詰っているところも多い。町工場が崩壊すれば、そこで、培われた技術は、永久に消滅することになる。
しかし、世界を見渡せば、その技術を渇望しているところは山ほどある。結局、需要と供給が、出会いの機会を得ないまま時間だけたっているという現実がある。この悲劇を解消する手段は、販路を持つ企業とメーカーが協業することである。これを可能にするのが、M&Aである。この場合、メーカーと販路を持つ企業は、業種も企業体質も全く異なるはずである。これが合併することは現実的でないし、親子関係のように上下の関係になるのも、有害無益である。
メーカー同士がM&Aで効率経営を目指しても、異なる企業が融合するのは、容易ではない。この時も、効果的なのは、ホールディングカンパニーである。
ホールディングカンパニーは、中堅、中小企業のM&Aにおいて、もっと活用されるべきであり、その主役になってもいいはずである。

3.投資というM&A

会社を買い取って、その会社の収益を投資対象とするM&Aもありうるし、国際間では、よくあることだ。
経営は人に任すので、経営と所有が、明確に分かれるパターンである。投資家が、信頼できる経営陣を送り込むこともありうる。
中国資本によるスウェーデンのボルボもサーブの買収、インドのタタ財閥によるジャガーもミニクーパーの所有も、この一例である。これらは、大企業の例であるが、日本の中堅企業も狙われている。
当事務所には、中国のファンドから日本の技術力のある中堅、中小企業を買いたいとのオッファーがきている。日本の企業で生産させ、その製品を海外に売り込みたいという。ことに、アメリカ市場に売り込むためには日本ブランドが好都合なようだ。これも、経営は、従来の日本人に任せることが前提である。というより、技術力ある従業員を丸々ほしいというパターンである。

4.ファンドによるM&Aの活躍− 二段構えのM&A

投資ファンドがM&Aのプレイヤーになることは多い。投資というM&Aの一展開であろう。
一般の民間の投資ファンドは、単独でM&Aを行うということは稀である。なぜなら、投資利益を得て、3年、5年、あるいは、7年後には、投資主に償還しなければならなければならないからである。買収後、経営能力なるものと、共同で、買収をする必要があるからである。
従って、ファンドがプレイヤーの場合は、ファンドの持ち分が更に転売されることを想定して、スキームを構成する必要がある。しかし、M&Aの中にファンドが入ることは、資金的には効果的である。
大企業や中堅企業のMBOには、ファンドが加わる例は多い。この場合、ファンドは、企業価値を付けて売却することを狙うわけであるが、売却にあたり再上場を狙うということも多い。
さらに、近年、公的機関や金融機関つくる事業承継ファンドの活躍も目立つようになった。この場合、運用期間が長く取れるので、スキーム作りも余裕が持てる。このようなファンドも期待したいところである。
いずれにしても、ファンドは、その性格上、値段交渉はシビアである。

5.クロスボーダーのM&A―三角合併

2006年の会社法導入にあたり、クロスボーダーM&Aとして三角合併が話題になった。外国法人が日本に子会社を設立し、日本のターゲットの会社を吸収合併するが、ターゲットの会社の株主には自分の親会社の株式を与えることにより、日本のターゲット会社を子会社にして買収するタイプである。
ヨーロッパ諸国は海外に資本投下し、人間も海外にがんがんでていくが、同時に外国資本が来ることも、外国人が来ることも歓迎する。 それにより、経済を活性化すると考えている。
日本の経済界は外国というだけで恐怖心を持ち、外に投資することも消極的であるが、外国資本が入ることには極端に閉鎖的であった。外国企業による三角合併に対しては、国が滅びるがごとく大反対したため、1年遅れでスタートした。
実例も少なく、今のところ、シティーグループによる日興コーディアルグループの完全子会社化ぐらいのようである。
しかし、日本には、優れた技術も持つ中堅、中小企業が、国内のマーケットが収縮する中で、外国に売るノウハウも意欲もないまま廃業するという例があまりにも多い。これらの企業を外国に売ることが出来れば、買った外国企業は、日本の優れた製品を外国に売ることが出来る。M&Aは、外国に売れないという日本の中堅、中小企業の弱点を補ってくれるはずである。

6.大企業が中小企業を買収―国内三角合併

日本の大企業は、機動的な行動が出来ず、中小企業の買収に向かない。決定権あるものが、責任を持って決めるという企業システムでなく、稟議制で、沢山のハンコが並ばないとことを決められないし、その前に、会議を繰り返して、みんなで決めるという形を取らないと安心できないという特異な体質がある。
何でも社長が決めるのが原則で、中間管理職は、社長の代理で決済するという韓国の企業とは、全く正反対である。欧米企業や中国企業でも、稟議などはなく、決定システムはシンプルである。
M&Aは、秘密裏に準備を進める必要があり、ことに、買収される側の秘密保持は絶対である。ところが、日本の大企業は、決定まで秘密保持をすることが不可能に近い。その場合に、活用すべきが三角合併である。
先ずターゲットの会社を、子会社に買収させるが、対価を親会社の株式をにして、買収後、そのターゲットと子会社を合併させればよいのである。
この手法を駆使して、もっと大企業による子会社買収が盛んになってほしいものである。

7.一部の反対株主排除―スクイーズアウトの活用

M&Aでは、その目的を達成するため、少数株主の株式を買い取って、100%株主になる必要がある時は多い。その時、株式の売却を拒否する少数株主から強制的に買い取って、其の少数株主に退席してもらう手段(スクイーズアウト)が、会社法に用意されている。
まず、二つ以上の種類株式を発行することと、既存株式を全部取得条項付種類株式にすることが必要であるが、そのためには、定款変更決議を株主総会の特別決議でおこなう必要がある。 この特別決議は、一回の株主総会で、同時にできる。
そして、全部取得条項付種類株式を会社が取得する特別決議を株主総会でする必要があるが、これも、同じ株主総会でできるはずである。
現行会社法では、この様に、一回の株主総会で三回の特別決議をすることにより、スクイーズアウトを実現できるのである。

<実例>
A社は運送会社であるが、同じ運送会社を株式買い取の方法で買収しようとした。ところが、10%の株式を持つ株主が、頑として株式を売ってくれなかった。株式をプレミアム付きで買い取る提案もしたが、「金の問題ではない」として、買ってくれなかった。
彼はもともと買収自体が反対であったので、今後も会社経営に協力する可能性は感じられなかった。
そこでK法律事務所に相談し、力ずくで買い取る決断をせざるを得なくなった。同事務所は、全部取得条項付種類株式を発行する方式で段取りをして株主総会を開催し、特別決議を経て、最後の10%の買い取りを実現した。

8.現金交付で一部の反対株主排除―課税されることに注意

会社法上の合併、会社分割、株式交換、株式移転では、税法上、税法適格でないと、M&Aをする意味が薄れることは前章で説明した。とはいえ、一部の反対株主がいる場合に、これらの者に対価として現金を支払って、株主から排除したくなるものである。
この場合、いま述べたとおり、一旦株式を交付しておき、全部取得条項付種類株式を活用して、スクイーズアウトすることも可能であるが、そのような遠回しな方法でなく、最初から、現金を支払って、追い出したいというケースも多いはずだ。
ただ、この場合、税法上不適格となり、譲渡会社に課税上の問題が生じる。適格であれば、資産は簿価で承継される。しかし非適格だと時価評価するので、譲渡益、譲渡損を計上し、課税されることとなる。欠損金の引き継ぎも出来ないこととなる。株主にも、キャピタルゲイン課税とみなし配当課税が生じてしまう。
国際的な会計の流れは、時価主義であるパーチェス法を用いる。しかし、人格の承継なら簿価で引き継ぐのが素直であり、簿価主義である持分プーリング法で不思議ではない。だが、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」では、2010年4月1日以降、パーチェス法で処理することとなったので、税法適格は、企業グループ内か、共同事業要件を満たす場合だけに適用される例外的な扱いとなった。
したがって、税法適格となるためには、合併や分割対価が株式のみであること、事業に関連性があること、主要な資産、負債が引きつがれること、常務以上の役員が引き継がれること、従業員の80%以上が引き継がれることなどが必要で、その要件は厳しい。M&Aのスキーム作りの時には、この点を織り込んだ慎重な設計が必要である。

<名義株の処理と株券紛失は厄介>
現行会社法では、会社設立時、発起人は1名でもよいが、平成2年改正前の商法では、発起人は7名必要だったので、名前だけ借りた発起人がいいた。しかも、発起人には株式の引き受けが必要だったので、出資したことにして、実際は出資していない株主が存在することが多かった。この様なものを名義株といい、実際は株主でないのに、株主として、株主名簿にも記載されている。
この様な名義株は、M&Aで譲渡するに当たっては、実質的な株主に変更しておく必要ある。手続きは、名義人の了承を文書でえておいて、取締役会で、名義変更を承認してもらい、株主名簿を、本来の株主に変更することになる。
この時、名義人が存命であれば問題は無いが、死亡して相続人が承継していると、事情を知らないので、株主としての権利を主張してきた、厄介なことが多い。譲渡会社は、この問題点をきっちりと解決していないと、M&Aの手続きを進められなくなる。
株券紛失も厄介である。今の会社法では、株券不発行が原則なので、定款で発行することにしていない限り、株券の紛失の問題は起こらない。平成17年の商法時代に設立していた会社で株券を発行している会社は、逆に定款変更をして不発行としていない限り、そのまま株券発行会社となっている。
株券が発行されていると、M&Aで株式を譲渡しようとすると、株券を交付しないと譲渡できない。ところが、株券を紛失している株主が結構いる。この場合、株券を再取得するには、株券喪失登録簿を作成して登録し、1年待たなければならない。
これでは、M&A全体の手続きにも差し支えるので、実務的には、総会の特別決議を経て、定款を変更し、株式不発行の会社になったほうが解決は早いであろう。

9.M&Aを嫌う外部勢力対策― Change of Control という盲点

建物にテナントとして入居している時、賃借権を無断で譲渡すると、無断譲渡として解除されてしまうことは、よく知られているが、株式を譲渡して、経営者が入れ替わった時にはどうなるのだろうか。賃貸人から見れば、実質的に賃借人が入れ替わったと同じで、無断譲渡といいたくなるはずである。この点は無断譲渡と同じとして解除を認める判例と、会社自体が入れ替わったのでないとして、そのようにみる必要はないという判例が出て混乱していた時期があったが、解除は認められないという最高裁判決がでて解決した。
株式の譲渡や、合併、会社分割をすると、賃貸人は解除できるというタイプの契約条項もよくみられるが、これも、最高裁判決により解除はできないということで解決しているとみてよい。
ただ、これらは、借地借家法の賃借人保護の精神が働いているからである。問題は、特許権その他の知的財産権において実施権、使用権が設定されている時に、株式の譲渡や、合併、会社分割がなされると支配権が変わるときである。このような場合、つまりChange of Control が起こった時に、権利が失効するという条項が契約書に記載されているが多い。Change of Control条項という。
これらの場合、借地借家法と違い、ことさら利用者を保護する規定はない。文言通り、無断ですると解除権が発生してしまうのである。実際問題、特許権等の権利が今までとは違う資本関係の者に利用されるということは、知財の所有者にとっては、無視できないことである。このような場合、Change of Control条項は、尊重されると考えるべきであろう。実務的には面倒であっても、Change of Control条項がある時には常に権利者の了解をとっておくべきである。
このChange of Control条項は、リース契約や貸付契約などにも使われる。これらの場合は、権利者にとって関心事は支払い能力だけなので賃貸借に近い。最高裁で、解除はできないとの判例が出る可能性は強いが、実務上は、個別に承諾を取っておいた方が無難であろう。

 

【第6章】 M&Aの売買価格
1.M&Aの価格に相場は無い

M&Aでも、企業や事業の売買価格には,相場があるのだろうか。これに対しては、現状では相場はないというのが事実である。
上場会社の株式の買い取りであれば、市場価格が目安になるが、それ以外は、目安になる指標はあるものの、最終的には、買い方と売り方の希望価格が一致した時、それがその企業の代金額としか言いようがないというのが現状の実務である。
しかし、考え方のポイントはあるので、以下に説明しよう。

2.時価純資産価値と暖簾

時価純資産価値は、ストックに着目した価値評価であり、将来的な価値は含まない。そこで、企業価値は将来の価値を加えるため、営業権を加え、時価純資産価値+営業権と考えられる。
営業権(暖簾)は、株式未上場企業の実務では、経営利益の二年分を目安にする例が多い。なぜ二年分かであるが、これに明確な根拠はないが、最近のM&A実務では一般的である。そして、将来の発展性が見込まれれば、三年分、四年分ということもあり得るし、逆もあり得る。
時価純資産とは、貸借対照表の資産を時価に換算しなおして、資産から負債を差し引いたもので、資産は、勘定科目を再調達価格で評価する。例えば、

売掛金、受取手形は、回収不能債権を減額する。
棚卸資産は、不良在庫分を減額する。
不動産は処分価値が原則であるが、土地は路線価、建物は、固定資産税評価額で行うことも多い。また、外食産業等では、建物や内装が、客にどうアピールするかが重要ということもある。
上場株式は、市場価値に置き換える。非上場株式は、相続税の計算式を参考にすることが多いが、現実的な価値を算出するのは、容易ではない。困るのは、株式の持ち合いである。結果的には、価値評価できないということも多い。
引当金は、不足分を織り込む必要ある。

ところで、理論的には、DCF法の結果から時価純資産法により算出した額を控除したものが暖簾(営業権)と言えようが、これがマイナスとなることも多い。マイナスとなるのは伝統的大企業に多い。蓄積はあるが利益は出ないからであり、経営資源を効果的に活用していないということを意味する。そのため、このタイプの会社は敵対的TOBのターゲットになりやすい。また、M&Aの価格設定で純資産方式にこだわると、なかなか買い手が付かのということになってしまう。

3.利回りという買い手側の論理

買手の心理としては、まず、買取りに投入する資金の利回りを考えることが多いであろう。この視点から、非上場の企業で、株式買い取りというスキームでのM&Aで考えてみよう。
1億円出して100%の株式を買い取った場合、税引き後の利益が、年間1,000円あれば、利回りは10%となり、このままであれば優れた投資物件となる。減価償却費や引当金などを加えれば、さらに利回りはアップする。
ところが、実際の企業には、銀行借入等の有利子負債があるはずで、利息を控除した元本部分の返済が、年間800万円あれば、結局利回りを計算する利益は200万円であり、利回りは2%しかない。
不動産への投資であれば、これでは投資する意味がないということになるが、M&Aの場合は、事情が異なる。有利子負債の返済が完了すれば、利回りは10%にアップするので、将来、有利な投資対象に変わりうるのである。
また、これに、M&Aによるシナジー効果が期待できれば、投資価値は向上するし、新たなビジネスモデルの展開とか、新たな設備投資により利益を拡大できる。となれば、投資対象としての意義は拡大する。
そこで、M&Aの実務では、税引き後利益に償却費を加えたものであるEBITDA(Earnings. Before. Interests(利子). Tax(税). Depreciation(減価償却). Amortization(償却))の4−5年分を買収代金の目安とすることは多い。これによれば、EBITDAが1,000万円であれば、売買代金は5,000万円ぐらいということになる。
ところが、実際のM&Aの世界では、ターゲット企業を検討すると、有利子負債が大きく不良債権化していて、利息だけ支払っているという状態ということも多い。これでは、投資対象としては、価値がないということになる。M&Aの対象にするには、手を入れる必要がある。
ところで、異業種の買い手の方が同業者より高値で買うといわれる。なぜかと言えば、新規分野に進出し創業する費用を考えると、高くても買収する価値があると考えるからである。買い手としては、このような場合、引き後利益の20年分が代金でも買う価値があることもある。
勿論、買い手側としては、利益が出ていない会社でも、そこの経営資源を自己のノウハウで活用すれば利益が上がるという自信があれば、買う価値が出てくるのである。例えば、老舗旅館には立派な建物や庭がある。仮に債務超過であっても、これを宣伝広告力ある旅館チェーンを持つ企業が買い取れば大きな利益を上げる可能性はある。将来の収益性を前提に購入代金を算出し、相応の代金でM&Aが成立しうるのである。

4.ディスカウントキャッシュフロー(DCF)

利回り計算と同じように、税引き後利益をベースにするが、より論理的な方法に、DCF法(Discount Cash Flow)という方法が使われることがある。長期の投資効果を測ることを目指すものである。
将来生み出すキャッシュフローを現在価値に置き換えたものの合計額をベースとして、企業価値を省くものである。
キャッシュフローは、
税引後利益+減価償却費+引当金繰入額
である。
現在価値に置き換えるための割引率は、期待する収益率である。期待する収益率を10%とすると、
1年後の100万円は、100万÷(1+0.1)=約91万
2年後の100万円は、100万÷(1+0.1)÷(1+0.1)=約83万
となる。これを繰り返すと、3年後は約75万円。4年後は、約68万円。5年後は、約62万円となる。これらをすべて足し合わせると、キャッシュフローの現在価値が出る。
このキャッシュフローの現在価値は、事業に使用している資産の価値を含んでいるが、事業に直接使用していない資産は含まれていない。そこで、甲社の資産である定期預金などの余剰資金を加え、有利子負債を差し引いたものが、企業価値ということになる。
いずれにしても、老舗で、不動産を多数所有しているが、収益性の低い企業は、売り手にとっては、高く評価してもらえないということになろう。しかし、逆に、創業が新しいが利益の出ている企業にとっては、満足できる価格が出ることが多いであろう。
さて、ここでいう割引率は、企業価値算出の場合、多くは加重平均コストWACCを使う。
WACC=[ rE×E / (D+E)]+[ rD×(1-T)× D / (D+E)]
rE=株主資本コスト、rD=負債コスト、D=有利子負債の額、E=株主資本の額(時価)
T=実効税率
この数式で、判りづらいのは、まず、rD ×(1-T)の部分であろう。
rD=金利=支払い利息/ (期首有利子負債-期末有利子負債) 負債には節税効果があるので、負債は実効税率Tの分だけ割り引かれる。其の結果、上記の算式の通りになる。
次に、株主資本コストを検討しよう。
株主資本コストは、一般には、株主が企業に期待する利回りを前提に、CAPM(Capital Asset Pricing Model 資本資産価格モデル)を使う。
これによると、
株主資本コストrE=リスクフリーレート+β×リスクプレリアム となる。
リスクフリーレート=無リスクで運用できる金融商標品
であるが、日本にはそのようなものは存在しない。しかしそういってしまうとDCFは計算不能となるので、今やかなり怪しいが、便宜的に10年ものの国債の利率を使うようだ。
リスクプレリアム=市場全体の投資利回り−リスクフリーレート
β=個別株式の変動 / 株式市場全体の変動(企業ごとに違う)
である。
なお、リスクプレミアムは、日本企業の場合、4.5〜5.5といわれる。
また、βは、非上場企業では個別株式の変動データが入手困難なので、両者は完全に連動していると仮定して、1とすることが多い。
結局、株主資本コストは、10年物国債の利率が例えば1.45とし、リスクプレミアムを平均的な5.0とすれば、
1.45+1×4.5=5.95 となる。
この様に、DCF法を見てくると、DCF法の手法を使うためには将来の事業計画が存在し、その企業に適した割引率を選ばなければならないが、中小企業の場合、説得力のある事業計画を提示できる前提がないことが多い。となればDCF法そのものが、使いこなせないということもあり得るのだ。

5.その他の評価

財務理論から検討してみると、財務理論で企業価値を定義すれば、
企業価値=株式時価総額+純有利子負債(有利子負債―現預金等) ということになろう。
しかし、中小企業では、株式時価総額をどう算出するかが難しいのである。この算式も中小企業の場合、現実的でない。
結局、M&Aを成功させるためには、さまざまの要素を考慮してスキームを作成できる、実力のある仲介者やオーガナイザーが必要なのである。

<退職金で節税>
株式を取得するとき、代金を安くして、その金額にみあう金額を退職慰労金でわたすという方法を使うと、全体的に節税できる。
ただし、退職慰労金をあまり高くしすぎると、否認され配当とみなされるので注意を要する。退職金は最終月の月額報酬×役員就任年数×2.5ないし3ぐらいが上限である。

<顧問料で老後確保>
売り手側にもいろいろな事情がある。中小企業では社長の老後の生活設計が重要な要素となることが多い。そのため、売却後10年間は社長を顧問として雇用することとし、その顧問料が事実上の売却代金の分割払いとなるという例もある。
残った企業を破産で処理する時には、顧問料は効果的である。社長は銀行の借り入れに対して個人保証をしているので、会社と一緒に自己破産せざるを得ないことが多いが、将来的な顧問料は財団に組み込まれないので、破産の開始決定後受け取る顧問料は、自由財産としてそのまま取得できるからである。

6.高く売るポイントは?

組織をしっかりと構築することは重要である。ワンマン社長でなければ動かないのは、M&Aの対象としては、最悪である。
自社独自の強みを持つことが大事である。具体的には、強い技術力、ブランド力、店舗網、有力企業が取引先、特定商品、特定地域での高いシェア、許認可、同業他社より高い収益力などである。
株主を減らし自社株買い、名義株の処理、ただし、自社株買いは会社資産が出るので、株価下落することがあることに注意。
節税を止め、利益を出すべきである。
内部留保した会社は高く売れるが、売らずに廃業すると課税により大損することになる。

 

【第7章】 M&Aを実行するにはどうしたらよいか

中堅、中小企業のM&Aは、まだ発展途上の分野である。監督官庁もなく業法もない。資格も不要である。それゆえ、M&Aに当たっては、誰に何を依頼するかは、慎重に考えるべきである。

1.誰に頼めばよいか

(1)現状は、M&A仲介業者に依頼するのが一般的

中堅、中小企業のM&Aでは、売り手、買い手は、それぞれM&Aの仲介業者に依頼して、交渉を全面的に任すことが普通である。このパターンにより、多くのM&Aが成立しているのが実際である。
この仲介業者は、アドバイザリーとも呼ばれて、M&A全般の相談に乗っているし、M&Aに必要なスキーム作りをしている。
買い手方としては、売り方の財務状況を調査しないと買ってよいかどうか判らないので、この時は、公認会計士が頼まれて、デューデリジェンスを実行することになる。買い手が自分で依頼することもあるが、多くは、M&A業者が用意することが普通である。
従って、中堅、中小企業がM&Aを実行するためには、このM&A業者に依頼するのが一般的であり、これが現状である。
M&Aの業者以外では、銀行がM&A部門を持っていて、仲介業務をしてくれることも多い。証券業者も、M&A部門を持っているところも多数ある。銀行や証券業者は、報酬が高いという傾向は否定できないが、現在のM&Aの仲介の重要な一端を担っている。
商工会議所や商工会がM&Aの相談窓口を設けているところは多いが、これらの機関が自ら仲介業を営むのでなく、M&A業者を紹介してくれるだけである。

(2)資格も監督官庁もない現実

M&Aは、複雑な契約交渉が必要であり、会社法、契約法、倒産法や税法に関する高度な専門的知識も必要である。弁護士でも、ことにこの分野に精通したものでないと、こなせないようなレベルの法的能力を必要としている。また、M&Aの契約交渉の過程では、高度な秘密保持が必要である。ことに、売り主のためには特に必要である。にもかかわらず、M&Aの仲介業者やアドバイザリーに、特別の資格は無いし、監督官庁もない。
不動産取引でも、宅地建物取引業者に資格が必要であり、営業するには営業保証金を預託しておく必要があり、これが、お客に対して、損害を与えた時の賠償の担保になる。各地には地建物取引業協会があり、これを通じて、宅建業者とその取引方法の質的向上の役割を果たしている。
M&Aは、この不動産取引よりもはるかに複雑な契約交渉を必要とするし、利害関係もはるかに複雑に絡み合うことになるが、特別の資格は無いし、監督官庁もないという不思議な状況にある。
いま最も活躍しているM&A仲介業者は資格も不要で、監督官庁もない現状では、営業優先に走りやすいという傾向はどうしても付きまとうものである。

(3)弁護士が積極参入すべき

M&Aの契約交渉には高度の専門知識を必要としているし、ことに、売り主のためのリーガルサポートが重要なウエイトを占めるので弁護士が活躍すべきであるが、現状は、中小企業のM&Aに積極的に関与する弁護士はほとんどいないというさびしい現状にある。
将来的には、M&A仲介業に関する業法が制定され、資格が必要であろうが、それまでは、弁護士が積極的にかかわるべきである。だが、大企業のために活躍している弁護士は多いが、中堅、中小企業のために積極的に活動している弁護士は少ない。
例えば、事業譲渡で債務を承継しないためにはどうしたらよいか、会社分割の時に詐害行為取消権や否認権行使で否認されないためにはどうするかなどの問題は、高度の法律知識が必要である。中小企業でも株式交換や株式譲渡を活用すべき場面は多いのだが、それを使いこなせるM&A業者は少ない。
デューデリジェンスには公認会計士の力が重要なため、買い方のために公認会計士は活躍しているし、公認会計士を主体とするM&A仲介業者も活発に活動している。しかし売り方側をサポートするには弁護士の必要性が高いはずであるが、残念ながら現状は極めて少ないのである。
M&Aのスキーム作り、そのスキームの実行のためには銀行との交渉が必須となるが、これらは弁護士の独壇場である。そのため、銀行交渉の不要な株式買い取りか事業譲渡だけを手段として、それで全てを解決しようとするM&A業者が多く、M&Aの業界の発展に妨げとなっている。
中小企業のM&Aでは、社長の個人保証をどうするかが大きな問題であるが、その処理を含めたスキーム作りには弁護士の専門知識が必要である。だが、この点を無視して処理しようとするM&A業者を見受けるのも現実である。
当事務所は、ことに中堅、中小企業のM&Aのために、相手探しを含めて積極的に受任し、優良なM&A業者とも連携しながらM&Aの実務をすすめているが、そのような努力をしている法律事務所は、現状では極めて僅少である。

(4)税理士、公認会計士の参入も必須

M&Aは、税理士や公認会計士が積極的にリードすべきである。公認会計士は、M&Aに積極的に関与できるものが増加しているが、中堅、中小企業の税務顧問をしている税理士が、もっとM&Aの社会的必要性を理解すべきである。それができれば、顧問先企業に対し、その経営状況に合わせ、タイムリーなM&Aのアドバイスが可能となり、企業は、もっと積極的にM&Aを活用できるはずである。
例えば、経営者が後継者問題に悩んでいること、経営に行き詰っていることを、最も直接的に察知できるのは、その企業の顧問税理士である。その企業が、M&Aにより、積極経営してよいかのアドバイスできるのも、顧問税理士である。その企業がM&Aをすべきと判断すれば、M&Aに精通した弁護士を紹介し、共同してサポートが出来れば、中小企業にとっては、理想的であろう。
とはいえ、M&Aに精通し、的確にアドバイスできる全理士は少ない。税理士がもっとM&Aに精通すれば、中小企業のM&Aを活用できるはずであり、今後の努力を期待したいものである。

(5)M&A仲介の核心は弁護士しかできない

「一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁もしくは和解その他法律事務を取り扱」うことを業として行うことは、弁護士以外の者が出来ないこととなっている(弁護士法72条)。
権利の調整、契約の解除、契約当事者の交替を伴う交渉は法律事件であり、買い手と売り手の法律的利害の調整、権利や義務の付加、減縮、放棄、解除、免除などは法律事件である。
実際のM&Aでは、M&A仲介業者が平然とこれらの法律事件を扱っているが、それは違法である。M&A仲介業者は、弁護士と共同しなければM&Aの実務はこなせないはずである。
ことに、M&Aに必要な契約書の作成は、高度の専門性が必要とされる。弁護士の関与は必須である。
とはいえ、M&Aに精通し、積極に介入できる弁護士が僅少であるというという現実があり、この様ない不法状態も、弁護士が文句をつけにくいというのが現実である。M&Aに精通した弁護士が増える必要があろう。

(6)利益相反、双方代理に注意

売り方と買い方がそれぞれ代理人を立てて交渉する場合、不動産取引だと、一人の仲介業者が売りと買いの両者を代理するというケースもある。しかし、M&Aはもっと複雑な契約交渉を必要とし、利害関係が対立して錯綜する部分が多岐にわたるので、一人の仲介業者では、利益相反、双方代理となってしまう。
売り手は少しでも高く売ろうとし、買い手は少しでも安く買おうとする。それぞれ、べっこのアドバイザーが必要なのである。したがって、一人のM&A仲介業者が双方を代理することは、不可能といってよいであろう。ところが、実際は、一人のM&A業者が両者を代理する例を見かけることが多い。しかし、これは、避けるべきなのである。
M&Aの分野には、少なくとも、今現在でも何らかの形でガイドラインが必要であろう。

2.M&A仲介の報酬と委託契約

(1)M&Aの業務委託契約の内容

M&Aの業者に相手探しと仲介を委託するときには、業務委託契約の内容として以下の事項を取り決めておくことが、最低限必要である。

  • 業務の独占権(専任契約)
    • ことに売主は、真剣に相手を探すために信頼できる一社に任せるべきことが多い。
    • 買い方は、必ずしも一社に絞る必要がないことが多い。
  • 直接交渉の禁止
    • 委託した以上、相手と直切交渉することは、信義則違反である。
  • 秘密保持
    • 相手当事者の秘密を守ることは当然である。
  • 着手金、成功報酬
  • 契約の有効期間

(2)M&A仲介の報酬はいくらか

M&A仲介業の手数料、報酬に額については、決まりも目安もない。業者が、自ら定めているにすぎない。
不動産売買の仲介の場合は、建設省告示があり、3%を上限としているが、M&Aには、そのようなものはないのである。
ただ一般的な傾向はある。多くは、着手金と報酬との2段構えであり、依頼するときに、着手金を払う。企業規模で違うが、中小企業では100万円から300万円ぐらいである。中堅企業では、一律に決められず、ケースバイケースというのが現状である。
着手金の趣旨は、以来意思を確認するという意味合いが強く、成約まで至らないと、仲介業者は持ち出しというケースが多いであろう。
成功報酬は成約した場合に払うことになるが、平均的な一例としては、成約金額に役員退職金支給額を含めた額(有利子負債を含むこともある)に対して、

成約金額 成功報酬
2億円以下の部分 8%
2億円〜5億円の部分 6%
5億円から10億円の部分 4%
10億円超えの部分 2%

このあたりが私の経験上の感覚である。
最低報酬金額を、例えば1000万円と定めているところもある。
ただ買い手側の仲介報酬には特殊な問題がある。仲介者が買い手のために頑張るということは代金額を圧縮することであるが、これは成約額を基準とする仲介報酬とは利益相反することになる。そこで、買い手からの依頼の場合には早あらかじめ固定額で決めておくとする例もある。
なお、支払者は、買い手、売り手それぞれの企業であるが、株式譲渡の方式によるM&Aの場合には、株式を売却した株主が支払うことになる。

3.売り手側の準備

(1)M&Aの命運は売り手側の準備次第

M&Aが成功するかどうかは、売り手側の準備にかかっていると言っても過言ではない。
中小企業の時、社長の思い入れが強いし、自分の老後のことが強く念頭にあることが多く、自己の企業を過大評価しているのが普通である。それを調整し、売るためのスキーム作りが重要である。ここで、現実離れした売買代金、売買条件を作り、せっかく魅力ある事業であっても、成約まで至れないという悲劇が多い。
企業の業績が悪い時には、債務を整理することを合わせて実行しなければならない。民事再生法も活用すべき時もある。
売主は専門家とよく相談し、自分の事業の客観的価値を正確に認識し、それをベースにしたスキーム作りをする必要がある。

<節税策は、M&Aの価格を下げる>
役員報酬を高くするなどの節税策は、会社の内部留保を少なくするので、M&Aの対価は安くなる。M&Aを視野に入れる状況となったときには、役員報酬が妥当がどうかを点検する必要があろう。

(2)個人保証をどうするか

会社のM&Aと、社長の個人保証は別である。会社債務が新会社に移転しても社長の個人保証は当然には移転しない。特定調停や民事再生を使って会社債務は免除を得ても、社長の個人保証には影響しない。
銀行の了解のもとで買い手側に個人保証を付け代えられれば解決であるが、それが出来ない場合、個人保証をどうするかは弁護士等の専門家に相談し、別途慎重に対処すべき問題である。
債務超過の場合は、個人破産を申し立て、免責を得るということも考えなければならない。その時は、社長の自宅を確保し、あるいは生活費の確保等するためには、会社のM&Aのスキーム作りと一緒に、その方法を構築しておく必要がある。

(3)秘密が漏れると失敗する

秘密保持は、ことに売り側にとって重要である。買い方は、情報が漏れてもあそこは勢いがいいねとプラスの要因になっても、マイナスに響くことは稀であるが、売り方の情報が漏れると、あそこは危ないのではないかという信用失墜につながり、倒産に至るということもありうる。
対外的な窓口は、一人に決めておくことも重要である。
売り方の内部での機密保護も重要である。内部での反対は、社長の認識よりずっと強いことが多い。トップやオーナーが代わることに対する役員や従業員の抵抗感は極めて強いと思うべきである。交渉途中で漏れてM&Aの失敗に繋がったケースは、枚挙にいとまがない。漏洩がMBOにつながったというケースもあるが、それは例外であり、M&Aを断念せざるを得ないということになることが圧倒的である。
しかし、いつかは役員や従業員にディスクロージャーしなければならないが、其の時期と方法は重要である。専門家に十分相談すべきことである。内部へのそれは、外部のそれより重要と考えてよい。通常は準備が十分整ったタイミングで、将来に希望を持てる形で発表すべきである。あらたなオーナーが占領軍とみられるようなイメージを持たせないことが重要である。
キーとなる従業員には、事前に開示し、協力を求めておいたほうがよいことも多い。

(4)根回しの重要性

主要取引先への根回しは重要であるが、早すぎると秘密が漏れ、信用不安になることもある。
多くの場合は、可能な限り後が良いが、遅すぎると、なぜ早めに知らせてくれなかったのだと言って、取引停止というケースもあり、社長の人柄も考えながら、時機を考えるべきである。
銀行への根回しのタイミングは、取引先とは異なる。秘密は漏れないが、自分がM&A部門を持っている場合には、それを使うことを強制されることもあるので注意すべきである。売り方のスキームが出来上がった後、銀行の協力が必要となれば、早めの打ち合わせが効果的である。

(5)社長の処遇

中小企業のオーナー社長の多くは、大なり小なりワンマン社長である。ことにワンマン性が強いと、社長が交代すると、取引先が維持できなくなり、事業が成り立たなくなる。そのため、M&A後の、社長の扱いが難しい。そのまま社長を続投してもらったり、会長や顧問でとどまってもらうということも選択肢である。
ただ、逆に、この社長に依存しすぎて、新たな人材が育たないという弊害も見られるので気をつける必要がある。

(6)従業員の承継は綿密に!

M&Aの場合、従業員が承継されるかどうかは、重要である。買い手にとっては、IT企業の優秀なエンジニアのように、承継が絶対という場合もあるが、多くの場合は、買い取りの機会に、人員を削減したいと思っていることが多い。
他方、M&Aは、従業員にとっては重要である。経営者が代われば、待遇や労働環境が変わるので、M&A自体に反対と感じることが多いので、強力な反対の声が上がり、M&A自体の失敗につながることも多い。従業員の承継計画は具体的な待遇面も含め、綿密に作成し、買い手と早めに交渉に入るべきである。

(7)ディスクローズする資料の用意

買手側に提示する資料は整理し、必要なものを用意しておく必要がある。秘密保持確約書を受け取った段階で交付する資料と、デューデリジェンスに備えた資料の用意と、両方を準備する必要がある。
前者については、次のものが必要である。

  • 【1】会社案内、会社謄本、株主名簿、定款、組織図、役員経歴、退職金規定、従業員の給与状況が分かる資料
  • 【2】過去3年分の財務諸表と付属書類、減価償却資産台帳、直近の月次試算表、主たる資産を評価できる資料、担保状況の一覧表
  • 【3】製品カタログ、販売、仕入れの概略が分かる資料、店舗状況の判る資料

その他、自己の会社の「売り」となるポイントをアピールできる資料が必要である。
いずれにしても、後から提供を求められて慌てないよう、事前の用意が重要である。
この準備が不十分であると、買い手に、悪いイメージを与えてしまい、逃げられるリスクが生じてしまうであろう。

4.買い手側の準備

(1)自前の公認会計士と弁護士を確保

買い手にとって、デューデリジェンス(買収監査)は重要である。買うべきかどうかの判断の核心となる情報を提供してくれるものである。
そのためには、M&Aの精通した弁護士や公認会計士が必要であるが、M&Aの精通した弁護士や公認会計士は少ない。ことに、弁護士は少ない。みつからなければ、M&A業者から紹介してもらうことになるが、自前で用意できればそれに越したことはない。M&A業者は、どうしても成約優先になるので、M&A業者の紹介者は、同じく成約優先になりがちだからである。

(2)専門チームの必要性

大企業が中小企業を買収するというM&Aも多く、また、このタイプのM&Aが増えるべきであるが、この場合、大企業の決定に時間がかかることに悩まされることは多い。
日本の大企業は、どうしても、会議をし、稟議にかけないと何事も決定できず、まえに進まないことが多い。根回しをしないと稟議も通らないという馬鹿げたことも起こる。これでは、責任分散による責任回避にはなっても、時間がかかり情報が漏洩してしまう。時間がかかることと秘密の漏えいは、M&Aにとっては、致命傷となってしまうのである。
M&A案件については、トップのごく少数、あるいは、関係部門のごく少数のチームを作り、検討する必要があるが、日本の企業体質では、それが大の苦手なようだ。
これと比べ、外国企業は決定が速い。仮に、最後に、取締役会で決定するとしても、それまでは、一人の責任者のもとで、短期に物事をすすめられる。韓国や中国の企業は、トップダウンの傾向は欧米より徹底しており、決定はさらに早い。せっかくまとめるべきクロスボーダーのM&A案件があっても、中国や韓国企業に横からさっと持ていかれるという事態が頻発することになる。
日本がM&Aで勝ち残るためには、企業体質そのものを根本的に変えないと達成できないであろう。
中堅企業の中にも、この欠点が目につくことがある。同じく、M&Aのための、専門チームをつくる努力が必要である。

(3)人材、技術、取引先の確保

事業譲渡では、雇用契約を承継するかどうかは、従業員と個々に決めることになる。会社分割では、協議と事前通知義務があり、希望者は原則として承継することとなる。合併や、株式交換、株式移転では、本人が拒絶しない限り自動的に承継することとなる。
しかし、会社がM&Aとなると、その機会に優秀な人材が辞めていくことが多い。買い手は、このことをよく知っておくべきである。優秀な人材が辞めると、技術やノウハウも一緒に消えていくことが多い。取引先も消えていくこともある。ITの分野などでは、優秀な技術者が消えていくと、企業としての価値が消滅してしまうのである。
買い手は、売り手と相談して優秀な人材の確保に努力すべきである。ことに待遇面の提示は効果的なことが多い。IT企業で、ストックオプションを提案して成功した例もある。

(4)買収後のマネージメント

買収後のマネージメントを具体的に策定して、それを前提に最終判断すべきである。これが、M&Aの成否を決することが多いのである。

5.成約までの流れ

最後に、成約までの流れを概観し、参考にしてもらおう。

(1)第一段階

ノンネームシートを受け取って相手の会社の概略を知ることとなる。これは、仲介者によるマッチングの第1歩である。これで、買い方は、売却条件とともに、相手会社の業務の内容と規模、財務などの概略等を知ることとなる。

(2)第二段階

ノンネームシートを買い方が吟味して検討の価値があるとなると、秘密保持契約書(CA Confidential Agreement) を交わして詳細の検討に入る。会社の来歴, 過去3期分の決算書とその補足資料、株主構成などの情報が検討されることになる。
仲介業者を通じて、質問と回答のやり取りをすることも多い。
この時のCAの内容は以下の条項が必須となる。

  • 秘密保持の対象
  • 秘密保持義務と目的外使用の禁止
  • 管理体制
  • 情報の利用終了後の措置

(3)第三段階

互いに、特に問題点が無ければ成約してもよいいとなれば、基本契約書Letter of Intentを取り交すこととなる。これが第三段階である。これは代表取締役間の契約なので、社長同士の顔合わせが前提である。
この時には買収代金も仮決めする。基本契約書の内容としては、予定しているスキームが株式譲渡の場合は、以下の条項が必須となる。

  • 譲渡対象株式数
  • 譲渡代金
  • 役員退職慰労金
  • 今後のスケジュール、買収監査のスケジュール、最終契約日のめど
  • 排他的交渉権
  • 秘密保持
  • 善管注意義務(要な資産の譲渡制限、増減資禁止、借り入れ、投融資の禁止、従業員の待遇の変更禁止、重要な取引先との取引条件変更禁止など)
  • 本契約を拘束されないこと。 ただし、不誠実な撤退に対するペナルティを課す。
  • 準備費用は各自負担
  • 有効期間

上場会社では、この時点で証券取引所に開示する。上場企業の場合、金商法上のインサイダー取引の関係からすると、基本合意書の締結は、重要事実にあたるので、適時開示の対象となる。したがって、直前に、取締役会の決議を得て、締結し、速やかに、開示する必要があるであろう。
非上場会社では、まだM&Aは秘密とするのが原則である。ただ、銀行とのとの根回しは開始するのが普通である。ただし、主要な取引先との根回し開始をいつからするかは、よく検討する必要がある。

(4)第四段階

この後、専門家による詳細なデューデリジェンス(買収審査)をする。簿外債務の有無、粉飾の有無なども含めて、徹底的な調査をする。この時は、会計士、税理士や弁護士のサポートが重要となる。検討すべき、要点は、以下のとおりである。

  • 財務デューデリジェンス(公認会計士、税理士が担当)
    • 会計処理は適切か
    • 貸借対照上の資産はあるか
      • 簿外債務はないか
      • 回収不能の売掛はないか
    • 純資産額はいくらか
  • ビジネスデューデリジェンス(買い方の経営者自ら担当)
    • 経営管理は適切か
    • 営業活動は適切か
    • 技術開発力はどのくらいか
      • 技術者は承継できるか
    • 設備の保全状態や稼働状況
      • 自社の経営者
  • 法務デューデリジェンス(弁護士が担当)
    • 株式の構成 名義株の存否、行方不明はないか
    • 不動産調査(法的問題点の有無)を含む)
      • アスベスト、土壌汚染、通行権、賃貸借関係
    • 労使関係
      • 契約関係、就業規則、退職規則、未払い残業代、労災、リストラの紛争はないか
    • 取引先との契約内容、紛争の有無、
    • 特許、商標、ブランド、その他知財の存在と内容
    • その他係争はないか、潜在的なものはないか
      • 税金等の滞納はないか。

デューデリジェンス(買収審査)のほか、この時点で、予想される税負担を明らかにしておく必要がある。

(5)第五段階

デューデリジェンス(買収審査)の結果、その他の資料、情報を総合して成約しても良いとなれば、本契約締結を締結することとなる。
本契約は、取締役会の了承を得ている必要がある。
本契約は、スキームにより、事業譲渡契約、合併契約、分割契約、株式交換契約、株式移転契約という形を取る。ここでの、契約書の作成は、高度の専門性を必要とする。
ここでの契約は、これで完結でなく、必要な実行手続きを経て、完結させる処理が残っている。発効は停止条件付であり、全ての処理を完結させる事をクロージングという。
ただ、株式譲渡のスキームであれば、この時点でクロージングも可能である。
株式譲渡ケースでの契約で、主な内容は次のとおりである。

  • 譲渡株数と代金
  • 支払い時期と方法
  • エスクロー
    • 金融機関へ預託、弁護士事務所でも可能
  • 売り手の表明保証
  • 競業避止義務
    • 地域、時期を決める(10年くらいが多い)
  • 保証債務の解消
    • 個人保証の解除が条件の時、白紙解約になることもある。
  • 秘密保持義務
  • 譲渡代金の秘密義務
  • ペナルティ
  • 旧経営者の扱い
    • 金銭的待遇だけでなく、部屋があるかどうかも重要
  • 表明保証 代表的な例は、以下のとおりである。
    • 株主名簿にない株主はいない
    • 第三者への保証債務はない
    • 土地建物に汚染はない
    • 財務諸表は財務状況を正確に表している
    • 未払いの労働債務はない
    • 第三者の特許権、商標権、著作権等の知財を侵害していない
    • 第三者から起こされている訴訟、請求されている損害賠償、債務不履行はない

Change of Control 条項がある時には、権利者の同意を取る必要がある。契約書を整理し、読み返す必要がある。
株式譲渡以外のスキームでは、本契約後、株主総会、法定の債権者保護手続き等の手続や、内外へデスクロ−ジャーを行うこととなる。
株主の反対で白紙撤回もありうるので、本契約ではその時のペナルティも記載しておくことになる。基本契約は、条約が議会で批准されないと発効しないのとよく似ているのである。
中小企業の場合、株主総会の同意が必要な場合でも、3分の2の株主の同意書を用意して、本契約でクロージングとすることもあり得る。 社長が一人株主であれば、総会自体を省ける。

<独占禁止法上の届け出>
独占禁止法上の規制も忘れてはならない。
合併では一つの国内売上が200億を下回らなく、他方の国内売上が50億を下回らない時は、事前に届出が必要である。
事業譲渡、会社分割、株式移転も、同様である。
届け出受理から、30日を経過しないと、合併等が出来ないので、スケジュール作りに注意する必要がある。

(6)第六段階

本契約の実行をする。
株主総会、登記、公取委への届け出、役所への届け出をする。
従業員への開示、労働条件の説明をする。キーとなる従業員には、これより早く、開示しておいたほうがよい場合もあるので、その時期と方法はよく検討しておくべきである。
新経営陣と従業員とのコミュニケーションの工夫をする。
経営管理体制、経理、財務体制、人事労務面の変更をする。
ただし、これらの準備は事前に周到にしておく必要がある。

<合併等の許認可>
合併や会社分割では、法人格は継続しているので、改めて許認可を取る必要が無いと勘違いしている向きもあるが、実際は、届け出を義務づけている業種も多く、さらに、改めて許認可を取らなければない業種も多い。
改めて許認可が必要なものには、旅館業、倉庫業、風俗営業、運送業、銀行業、信託業、保険業などがある。これらは、登記前に、承認申請する必要があることに注意する必要がある。登記してしまうと、従来の許認可が消滅し、新たに申請し直さなければならないからである。
会社分割が認められない業種もある。例えば、建設業、性風俗特殊関連特殊営業者、旅行業、廃棄物の処理業である。

6.合併、分割、株式交換、株式取得のスケジュール

合併、会社分割、株式交換、株式取得のスケジュールは、会社法で、規制されている。次に、合併におけるスケジュールの一例を示そう。会社分割、株式交換、株式取得は、これに準じて行えばよい。

  1.存続会社のスケジュール例 2.消滅会社のスケジュール例
9月10日 代表取締役間で、合併契約書締結
9月10日 第1回取締役会で、合併契約書承認
基準日を9月30日と決定(閉鎖会社では、基準日不要)
合併承認株主総会を、10月20日と決定
9月15日 基準日の官報広告
9月30日 基準日−基準株主名簿作成開始
10月5日 株主総会招集通知発送、合併契約書等の備え置き
10月20日 合併承認株主総会
債権者保護手続きの官報公告と個別催告手配
(電子広告による個別催告省略については、後述)
株主広告手配
合併承認株主総会
債権者保護手続きの官報公告と個別催告手配
株主広告、新株予約権広告手配
株券提供広告・通知手配
11月20日 反対株主株式買い取り請求期限 反対株主株式買い取り請求期限
新株予約権者買い取り請求権
11月25日 債権者保護手続き完了 債権者保護手続き完了
株券提供期間満了
12月10日 合併効力発生日、合併登記申請

<電子広告の活用>
債権者保護手続きとしては、会社法で、官報による広告と、個別の債権者に通告することが求められている。
会社の定款で、広告が官報以外の方法、例えば、電子広告、または、日刊紙と定められている場合、それでも、官報公告は必要であるが、その広告を、官報と並行して行うことにより、個別催告が省略できる。取引先が多い時には、効果的である。
M&Aが想定される場合は、あらかじめ、定款で、広告方法を変更しておくことが望ましいことも多い。
注意すべきは、会社分割では、不法行為により生じた債権者に対しては、各別の催告を省略できないことである。

<閉鎖会社で、其準日広告の省略>
閉鎖会社、つまり、全株式譲渡制限付きの会社では、基準日自体が不要である。ぜなら、会社の取締役会で承諾していないのに、勝手に、株主が変更することが無いからである。
従って、基準日広告は不要である。会社法124条でも、基準日は定めることが出来るとあり、株主総会を招集するにあたり、必要な会社だけ定めればよいとなっている。

 

【第8章】 M&Aを成功させるために
1.失敗例の研究

(1)売り主の代金の設定、スキームの不合理

契約まで至れない最大理由は、売り主の代金設定が高すぎることであろう。少しでも高く売りたいという気持ちはわかるが、買い手側が意欲を失うような設定では、交渉にも入れないということになってしまう。
代金の設定が高いという場合、そもそもスキーム作りに無理があることが多い。ことに、経営が行き詰まっている時、債権の圧縮が必要な場合が多いのだが、それを無視しては、始めから、市場に参入できない。この場合、民事再生だけでなく、担保付きで債権を買い取るとか、特定調停の活用がありうるのだが、オーガナイザーが弁護士でないと、スキーム作りが不可能である。
M&Aの相手に、知り合いを選ぶ経営者も結構いる。しかし、知り合いは、予想外に厳しく出てくることがある。内情をよく知っているからだ。予定の値段が出てこず、M&Aが中にうくという例も多い。

(2)代金のすり合わせが不十分

M&Aの仲介業者が、売り手と買い手の両者を代理するというケースは多い。仲介業者から見れば、売り手、買い手の両社から報酬を取れるので、理想的であるが、当事者にとっては、最悪である。売り手は高く売りたいし、買い手は安く買いたいのだが、一人の仲介業業者では、利益相反して、うまく調整が出来ない。これを無理して、まとめようとすると、両当事者にとって、不完全燃焼ということになる。
買い手にとっては、買っていいかどうかの相談を真剣に聞いてくれるものがいなくなるし、買った後のことを織り込んだスキーム作りをしてくれるものがいない。売り手にとっては、適切な売り方、値段設定を考えてくれるものがいない。これでは、合理的なゴールにたどり着けないのだ。

(3)反対勢力の登場

M&Aでは、交渉はスムースに言っても、従業員に発表した途端、従業員や労働組合の猛反発に遭遇し、動きがとれなくなることが、かなりある。従業員に、何時どう発表するかがは慎重に検討する必要があるのだ。
買い手企業が大手の場合、M&Aでさえ稟議にかけないと手続きが進まないという企業は多い。これでは、秘密裏に準備しなければならない段階で情報が漏れて、社内が大混乱となることも多い。
情報が無造作に漏れると、取引先が反対し、時には取引をキャンされることも多い。これでは、M&Aをする意味が無くなり、M&A自体が頓挫する例をよく耳にする。
ことに、下請けは系列維持が価値そのものということが多く、有力取引先を失うことは、致命的である。

(4)隠れた債務の発覚は怖い

最近は契約書に表明保証を記載する実務が大はやりで、これですべて解決するような錯覚を抱いている者が多いが、表明保証は万能ではない。いくら表明保証しても、偶発債務は発生するし、それを表明保証違反だと主張しても、裁判所は、管谷損害賠償を認めてくれない。
時間外労働、休日労働の割増賃金、未払い賃金、労災の損害賠償などは、隠れた債務の典型例である。労使問題が、売却の動機という例もあるので、注意が必要である。解雇リスク、セクハラの賠償もあるし、退職金を引き継ぐかどうかも重要である。
保証、担保提供が発覚することも多い。手形の裏書き債務の発覚もよくある。リースバックが担保の時、資産調査では負債扱いとなり、資産評価に影響する。資産の証券化の時も同じ問題が生じるので注意されたい。
係争中の損害賠償義務、その他、係争中の紛争、訴訟の発覚もある。最近は、環境、土壌汚染の発覚も多い。古い建物では、アスベストの調査も忘れてはならない。
デリバティブ取引が発覚したこともある。
循環取引が行われていて、不良な貸付金が発覚という例もある。
贈収賄、談合、下請け法、不正競争防止法違反など無理はないかの点検は重要である。反社会勢力との関係も重要である。
税金の未払いが発覚することもあるので注意すべきである。
偶発債務に財務諸表中に適切な注記がなされているか、引当金が計上されているかなども調査する必要があるのだ。
簿外債務が予想される時には、会社分割や事業譲渡を選択し、株式譲渡や合併を避けるということも考えなければならないことも多い。
債務ではないが、回収不能の売掛金にも注意をすべきである。

(5)買い手側の失敗―期待したリターンが得られない

M&A,MBOは盛んになったが、現実は厳しく、半分が失敗とも言われている。その理由は、基本的には、事後の事業計画が綿密でないことと、買値が事後のリターンに比して、高すぎるのだ。
想定していた、シナジーが働かないということも多い。これは、事業計画の甘さから来るものである。
従業員が逃げてしまうというケースも、かなり目にする。ことに、優秀な者ほど、消えていく。ITの会社で、優秀な技術者に逃げられると、M&Aで買い取ったい見舞消失してしまうのだ。
買収資金を借り入れに頼ると、財務バランスが悪化して、金融機関の格付けが下がり、その後の資金繰りに苦しむという例も多い。
ターゲット企業の立て直しに経営資源が奪われ、本体が傾くという例も稀ではない。
暖簾の償却費の負担、合併差損益の資本の部に与える影響等が、足を引っ張ることもある。
MBOは、資金需要に注意する必要ある。全体に、想定が甘いことが多い。
経営者交代で取引先を失い、顧客が逃げるというケースは多い。M&Aの場合、取引先や顧客の維持ということも、充分想定しておく必要があるのだ。

(6)買収後のマネジメントは重要

買収後のマネジメントが重要である。経営戦略、誰を派遣するか、業績管理、資金管理、人事管理といったポイントがある。
とはいえ、日本企業の「社風」は強く、簡単には変わらない。合併など、なかなか人的な融合ができない。合併よりもホールディングカンパニーのほうが効果的なことも多い。
不採算部門の切り離し、人員削減が可能かなどは、事前によく検討する必要がある。
間接部門の集約化など、コスト削減に努力することも必要だ。
人事制度の合理化は重要である。労働条件の変更が可能かなどはよく検討しておくべきなのである。
人事管理に失敗すると、従業員、技術者が散逸し、もちべ―ションが低下する。原因は、給料低下、指揮系統の変化、引き継ぎの失敗などが多い。
社長を顧問として残ってもらい、会社内の雰囲気の急変を避けると効果的なことが多い。この場合は、机をどこにおくか、独立した部屋が必要かなどを取り決めておかないと、トラブルとなることがある。送迎車の有無を取り決めておくこともある。とはいえ、何時までも社長に頼ると逆の弊害が出ることもある。どうするかは、事前によく検討しておく必要がある。
情報システムは、引き継げるかも重要である。引き継げないと、システムの構築に予想外の費用が必要となる。
グループ化の場合、全体の経営理念、強力なリーダシップと明確なビジョンが必要である。グループ全体のシナジーの追及も必要である。
いずれにしても、マネジメントには、監督と執行という役割分担の明確化と、ガバナンス機能が重要である。各事業の経営責任の明確化が必要なのである。

(7)競業避止義務に注意

企業が行き詰ってM&Aをする時は、売却して身軽になった後新たの事業展開を考えていて、大きなトラブルとなることがある。
M&Aには、M&A後の競業避止義務が付きものである。期間は10年、20年が多い。競業避止義務の存在には十分に注意する必要がある。

2.濫用的M&Aに注意

M&Aは、残念ながら濫用的に利用されることも稀にはある。
その第一は、M&Aで強引に買い取った上で、改めて高値で買い取らせるタイプである。「グリーンメイラー」といわれるものである。
ファンドがいったん買収し、経営を立て直し、あるいは企業を育て上げて付加価値をつけた上で売却して収益を得るというM&Aもあるが、これは、一見「グリーンメイラー」に似ている。が、自らの努力で、企業価値を高めることが目的なので、努力をせずに転売益を得ようとする「グリーンメイラー」とは本質的に異なるものである。
第二は、M&Aで取得した上で解体し、会社財産を自分の会社に委譲させる「焦土化経営」といわれるものである。それまで蓄積した企業努力が消滅してしまう。
第三は、取得後、会社財産を債務の担保や弁済原資に流用し、その会社の経営は二の次というタイプである。これでは、企業資源が消耗してしまう。社会的に、大きな損失である。
第四は、取得後、その会社を高価で売り抜けるというもので、やはり会社経営に興味がないタイプである。
濫用的なM&Aは、長い年付きをかけて築いた会社財産が消耗する危険が高く、望ましいものではないことは言うまでもない。M&Aは、さらに活発に利用されるべきだが、この様な濫用例もあるということを忘れてはならない。

 

【第9章】 戦う中堅企業―敵対的買収と防衛策
1.日本の中堅企業は狙われている

80年代に入り敵対的買収が日本でも登場するようになり、90年代に入り、様々な防衛策も研究され、判例の蓄積も進んだ。ただ、今までの敵対的買収のターゲットは、大企業であった。
しかし、最近は、中堅企業も確実にターゲットになりつつある。ことに、技術ある企業は、中国等周辺諸国にとっては極めて魅力的であり、狙われ始めている。その技術の習得だけでなく、ここで生産される製品を、メイドインジャパンというブランドで、世界に売りまくりたいようだ。事実、私の事務所にも、この様な技術ある企業の買収が可能か、打診が来ている。
中国の企業から、日本の物流拠点を作りたいので中堅の倉庫業者を買収したいというオッファーも来ている。
これらの買収のオッファーは、現段階では平和的な買収であるが、いずれ、敵対的な買収も現れるはずである。中国企業であれば、そのくらいの勢いと意欲は、十分にもっている。
ところで、今までの敵対的買収では、株主権乱用的な買収も目立つ半面、経営陣の保身から、一般株主の権利が十分保護されているか疑問になるケースも多くみられた。
中堅企業も、敵対的買収の脅威にさらされつつある現代、日本の企業活動が健全化、活性化し、世界的な競争社会の中で逞しく発展していくためにも、敵対的買収とその防衛策は、成熟化してほしいものである。

2.取締役会決議による第三者割当増資は難題

敵対的な公開買付けに対する最も一般的な防衛策は、第三者割当増資である。新株ないし新株予約権を第三者割当することで株式の希薄化をはかれるので、買収を仕掛けてくるものの持ち株比率をさげることを狙うもので、極めて直接的な防衛策となるものである。
第三者への有利発行にならない限り、授権株式数の範囲内であれば取締役会の決議で割り当てができる。そのため、これで解決できれば極めて効果的である。
しかし、買収側は、これに対してその発行を「著しく不公正な発行」であるとして、発行差止を裁判所に求めるのが常套手段である(会社法210条、247条)。
この防衛策は、株主総会での決議を避けているので、経営陣の自己保身にすぎないとみられやすく、裁判所が、「著しく不公正な発行」として、差し止めを認める事が多い。
有名な忠実屋・いなげや事件(東京地裁平成元年7月25日決定)では、発行差止を命じているが、その際「主要目的ルール」を提供してくれた。それは、

  1. 会社の支配権に争いがあり、
  2. 従来の株主の持分比率に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行され、
  3. 特定の株主の持ち分比率を低下させて現経営陣の支配権を維持することを主要目的とする場合、不公正発行に当たる、

として、このケースの新株発行を無効とした。
つまり、新株発行を適法とするためには、会社事業のための「資金調達の必要性」を主要目的とする必要があるのである。
このルールは、それまでの判例の傾向に沿ったものであるが、このルールはその後の判例に採用されている。ということは、取締役会だけでは、適法な新株発行はほとんど無理ということである。なぜなら、公開買い付けを仕掛けられて、慌てて対抗策として新株発行をする場合、それを資金調達が主要目的と説明するのは詭弁となってしまうからである。
その後、ライブドアvs日本放送事件(東京高決平成17年3月23日)では、やはり差止は認めなかったが、新株予約権の発行を正当化する特段の事情があれば不公正発行に該当しない場合もありうるとした。その特段の事情の例としては、

  1. 高値で株式を買い取らせる(グリーンメイラー)、
  2. 会社財産を自分の会社に委譲させる焦土化経営、
  3. 会社財産を債務の担保や弁済原資に流用、
  4. 高価売り抜け、

を上げている。
ニレコ事件(東京高決平成17年6月15日)では、この基準を平時のライツプランに取り込んで、そのうえで取締役会決議を得て新株予約権を発行しようとした。が、これも裁判所に差止められてしまった。
やはり、取締役会決議だけで第三者割当増資をするスキームの防衛手段は、極めて実現困難なのである。ここには、誰が経営陣にふさわしいかは株主が決めるべきで、現経営陣が一方的に決めて自己保身を図ることは許されるべきではないという考えが根底にあるのだ。
ところで、この第三者割当増資では、基準日以降に株式を取得した一般株主は、買収者側と一緒に株式が希釈化してしまうという本来的な欠点がある。これが、差止請求で会社側が負ける一原因となっている。これに対しては、新株予約権をあらかじめ発効し、それを信託会社やSPCに信託譲渡しておいて、有事に株主に割当てるなどの方法、あるいは、防衛策をあらかじめ広告し、不満な株主に離脱の機会を与えておくなどの方法が考えられている。しかし、これらの準備をしておくことで、取締役会による新株発行が差し止めを避けることが出来るかは、まだ判例はなく未知数である。

3.第三者増資は株主総会の特別決議まですれば万全

ブルドッグソースvsスティールパートナーズ事件は示唆的である。
ブルドッグソースは株主総会の特別決議で次の決議をした。
全ての株主の1株に3個の割合で新株予約権の無償割り当て、その後新株予約権を1円で行使させて1株の普通株を交付するが、買収側は新株予約権を行使できない旨の差別的行使条件を付ける。更に、これらの者の株については、公開買付価格の4分の1で会社が取得する旨の取得条項を付す。
買収側は、これでは株主平等原則に反するとして新株予約権発行差止を請求したが、一審、控訴審、最高裁いずれも、発行を適法とした。
なぜかと言えば、この発行は総会の特別決議で承認されていた。さらに、買収側は買収後自ら経営する意思がないし、事業計画もないなどと自ら表明していた。そのため、裁判所は、この買収に対し、これは企業価値を棄損し、株主の共同利益に反するので、株主の圧倒的多数が反対していると判断したのである。
裁判所は、株主が、現経営陣と買収側とどっちを将来の経営者として選ぶかが最も重要なポイントと考えている。現経営陣が、株主の選択の機会を奪って、自分達の保身だけで、公開買付を阻止しようとすることは、会社法の精神に反すると言っているのである。
ただ、今の日本の現状では、敵対的買収の時、銀行や機関投資家が旧経営陣側に回ることが通常であるが、この場合、高値で株式を処分したいという株主の権利を不当に害することになるという弊害も発生しているということも忘れるべきではないであろう。

4.株式分割は使えない

公開買付の場合、一度提示した買付価格を下方修正できなかった時期があった。この場合、買付期間中に基準日を設定した株式分割をおこなうとどうなるだろうか。例えば5対1の分割では、買収側は5倍の価格で株を購入しなければならず、また目標株式数を達成しても株式は5分の1に希釈化してしまうことになる。その結果、買収者側は支配権を獲得できないだけでなく、大損をすることとなる。
また、会社法上会社分割を差止める規定はない。そこで、夢真ホールディングスvs日本技術開発事件(東京地裁平成17年7月29日)では、株式分割に新株発行差し止めの規定(現在の会社法210条)の類推適用があるかどうかが争点となった。が、裁判所はこれを否定した。その結果、株式分割を差止める手段がないことになった。
そこで、会社分割は、防衛手段として極めて効果的だと思われたが、その後、金融商品取引法が改正されて(2006年12月)、買い付け価格の下方修正が認められ、残念ながら株式分割は、今では防衛手段としては殆ど意味が無くなっている。

5.他者依存の防衛策

敵対的な公開買い付けをしかけられた時、友好会社に、競合した公開買い付けを仕掛けてもらうという防衛策がある。
素朴ではあるが、協力者があれば効果的な防衛野成果を挙げることができる効果的な手段だ。

6.全部取得条項付き株式の活用

全部取得条項付き株式は、検討の余地がある。
まず、二つ以上の種類株式を発行し、既存株式を全部取得条項付種類株式にする。そのためには、定款変更決議を株主総会の特別決議でおこなう必要があるが、この特別決議は、一回の株主総会で同時にできる。これにより、株式をすべて全部取得条項付き株式に換えることが出来る。
つぎに、全部取得条項付種類株式を会社が取得する特別決議を株主総会でする必要があるが、この場合、買収側の株式のみを取得してその株式を取り上げてしまえば、買収側を追いだすことが出来るはずである。
極めて偏頗な方法であるが、総会の特別決議に基づいて実行する以上、前述のブルドッグソースvsスティールパートナーズ事件の論理でいく限り、有効なはずである。

7.会社分割はどうか

買収者の狙いが対象会社の技術やビジネスモデルという場合は、会社分割をして、承継会社、設立会社にその技術やビジネスモデルを移転し、かつ、分割の対価を株式以外のもので支払えば、分割会社には、ターゲットの技術やビジネスモデルが存在しなくなるので、買収の目的を失わせることがでるはずである。

 

【第10章】 M&A関連契約書の検討
1.契約書は千差万別

契約書は決まり切ったフォームがあり、それに書き込むだけで出来上がると信じている者はい多い。しかし、これは誤りである。確かに借用書や賃貸借契約書などは、内容は決まり切っており、この様な作成作業で困ることはほとんどない。だが、一般取引では、その取引内容は千差万別であり、対応する契約書も、それに合わせて千差万別なはずである。
ことにM&Aという取引では、取り決めるべき内容は複雑さを極め、かつ、その内容はケースごとに異なる。専門家がケースごとに、詳細な検討と整理の上作成する必要がある。
とはいえ、共通事項をベースにモデル契約書を作成し、契約書作成実務に役立てることは、有意義なことである。契約書作成の参考になるだけでなく、交渉段階で、何を取りきめるべきかを示してくれるものである。

2.アメリカかぶれの弊害

なお、M&Aの契約書では適用法が日本法であるにもかかわらず、アメリカの契約書をそのまま翻訳したような例にお目にかかることがある。大企業の法務部作成に多いのだが、アメリカのものは何でも日本よりも上であると信じている者がまだまだ多いことに驚かされる。日本は、ローマ法であり、コモンローの国とは法体系が異なる。例えば、いくら、Contractの形式を取っても、そのままでは強制執行が出来ないのだが、強制執行が出来ることを前提とした条項が平気で登場するまた、日本の契約技術では、項目で分けて、判りやすくする実務であるが、時々、長々としたアメリカ流の条文が登場することもある。
いずれにしても、盲目的な、アメリカかぶれは避けたいものである。、英米法と混同しないこと。
本章では、モデル契約書を提示しながら、M&Aで取り決めるべき事項を整理しよう。

3.秘密保持契約

秘密保持契約書の差し入れは、は、M&Aの交渉の最初のステップである。通常は、買い手が、売り手に差し入れて、対象企業の状況を検討するために差し入れるものである。合併や、業務提携では、互いに出しあうことになる。
双方で記名捺印する契約形式でもかまわないが、この段階では、まだ双方の代表者は顔を合わす段階ではないので、モデル契約にある通り、差し入れ形式が便利である。
秘密保確約書に期限を設ける例も多いが、秘密保持自体には期限が無いので、期限ではなく、受取書類の返還、廃棄について、明示するほうが合理的である。
以下は、差し入れ方式の一例である。内容は、中小企業を想定している。

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秘密保持確約書

4.基本合意書の検討

秘密保持契約書を取り交わし、お互いに必要な情報を提供しあって、マイナスの事情が生じない限りM&Aを成立させてよいとなると、基本合意書を締結することとなる。
基本合意書は、国際取引ではLetter of Intent である。
この段階では、M&Aの基本スキームができ上がっており、代金額も基本的に合意に達している必要がある。最終契約書とほぼ同様の事項を確認し合うこととなるので、その内容は詳細となる。
基本合意書作成段階では、事情を知っている者はごく一部であることが普通である。ことに売り主側では、まだ極秘である。従って、非上場企業では基本合意書が取締役会の了承のもとで行われることは稀であり、代表取締役レベルで締結されるのが一般である。従って、その後取締役会や株主総会で否決される可能性はありうることである。
ところで、上場企業の場合、金商法上のインサイダー取引の関係からすると、基本合意書の締結は、重要事実にあたるので、適時開示の対象となる。したがって、直前に、取締役会の決議を得て、締結し、速やかに、開示する必要があるであろう。
とはいえ、基本合意書は本契約ではない。デューデリジェンス以前なので、互いに本契約をするかどうかは未定であり、撤退の自由は確保しておく必要がある。互いに、損害賠償を請求しないという例も多い。
しかし、とはいえ、気まぐれに撤退されることは取引上の信義に反することになる。撤退するためには手付放棄、手付倍返しというペナルティーを科すことにすることもありうる。また、損害額の上限を課す例も良くみられる。
基本合意書の内容は、M&Aのスキームが、株式譲渡、事業譲渡、会社分割、合併、株式譲渡、株式交換などのいずれかで異なる。
以下では、活用例の多い株式譲渡、事業譲渡、合併のモデルを紹介しよう。

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5.最終契約の検討

デュ―デリジェンスの結果、特に問題点が発見されないとなれば、いよいよ本契約である。当然ながら、必要案事項はすべて織り込んだ契約の締結となる。
ただ、重要なことは、最終契約の締結は、それで解決というわけでないということである。通常は、取締役会の承諾は得ていても、株主総会の了承は得ていないし、従業員や取引先にはまだ伝えていないので、これら関係者から、反対されるリスクが残っているのである。
また、事業譲渡の場合は、個々の権利、財産、債務等の承継手続きが必要であり、やるべきことはたくさん残っている。合併、会社分割等では、債権者異議手続きや反対株主の株式買取り請求権などおクリアーしなければならないのである。
全ての事項が終了することをクロージングというが、最終契約からクロージングまで、まだ何が起こるか判らず、そのための規定を考えておく必要がある。

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6.株主多数が別の買主を希望すると?

フィデューシアリ―アウトというものがある。株主に対するフィデューシアリ―デューティ(Fiduciary Duty取締役の忠実義務)から白紙解約せざるを得ない場合を指す。もともと、アメリカやヨーロッパでのM&Aで問題視され、日本でも、問題点として意識され始めたものである。
M&Aのディスクロージャー後、更に有利な買い手が出現した時には、それがペナルティーを払ってでも株主に有利であれば、契約相手を変えられる権利である。欧米の契約にはこの規定がよく登場する。
実際、M&Aのスキームでは、最終契約をしても、その後、株主総会で特別決議による承認を得る必要があることが多い。つまり、この点では、M&Aは国同士の条約締結とよく似ている。条約も、政府間で締結しても、関係国の国会で批准されないと発効しないのである。
となると、株主の多数派が新たな買い手のほうを好めば、最初の買手とのM&A契約の発効が出来ないことになり、新たな買手を優先せざるを得ない。事前に多数株主の承諾を取っていない限り、フィデューシアリ―アウトに関する条項は重要となるのだ。
フィデューシアリ―アウトに関する条項には、株主多数の反対で契約が発効できない時に、いかなる形で原状回復をし、損害賠償をすべきかを記載しておく必要がある。
その時の条文例を、以下に紹介しておこう。

「甲社の株主総会で乙社との合併を否決し第三者との合併を承認した時には、甲社は乙社に対して、甲乙間の  年  月 日付合併契約書記載の代金の40%を、賠償金として支払う」

「甲と乙は、第O条で定めた誠実交渉義務と独占的交渉権に違反して、第三者と情報交換、交渉を行った場合には、相手に対して、第0条に定めた代金額の10%を損害賠償として支払う。第三者との間で、営業等の移転、承継、合併、分割にかかる取引につき合意に達した場合は、同代金額の20%を損害賠償として支払う。」

7.基本合意書での、独占交渉権違反とペナルティー条項の関係

基本合意書では、独占的交渉権の条項を入れておくのが普通である。しかし、この規定に反して、第三者とM&Aの交渉をし、そこと本契約をしてしまった場合、もとの交渉相手に対して損害賠償をどうするかは難問である。
これに対する裁判所の回答が出たケースとして、住友信託銀行対旧UFJ事件がある。
住友信託銀行と、UFJホールディングス、UFJ信託銀行、およびUFJ銀行は、平成16年5月21日、UFJ信託銀行の一定の営業等に関し、基本合意書を締結した。そこでは、「各当事者は、第三者との間で本件の合意書の目的と抵触し得る取引等に、かかる情報提供・協議を行わない」との独占的交渉権の条項があった。
ところがその後、UFJ三社は、UFJグループの窮状を乗り切るためには、本件基本合意書を破棄し、三菱東京グループ(MTFG)と統合する以外に道は無いと判断し、同年7月14日、基本合意書の解約を通告し、同時にMTFGに対し、経営統合を申し入れた。
住友信託はこれに対し、同月16日、東京地裁に対し、UFJ三社がMTFGと交渉するのは、住友信託の独占交渉権を侵害するものとして、平成18年3月末日まで、第三者との間で、営業等の移転、承継、合併、分割にかかる取引、業務提携にかかる取引に関する情報提供、または協議をすることの差し止めを求める仮処分命令の申し立てを行った。
東京地裁は、同年7月27日、申立てを認容する仮処分決定をした。UFJ三者はこれに対して、仮処分異議を出したが、同地裁は、8月4日、当該仮処分を認可する決定をした。UFJ三者は納得できずにさらに保全抗告をした。
東京高裁は、基本合意白紙撤回や本件仮処分で当事者間の信頼関係は既に破壊されているので最終合意に向けて協議を誠実に継続することを期待することは既に不可能として、東京地裁の決定を取り消し、仮処分決定を却下する決定をした。
これを受け、UFJグループとMTFGは、経営統合の基本合意をした。
住友信託は、東京高裁に抗告許可の申し立てを行い、同月17日、高裁は本件抗告を許可する決定をした。しかし、最高裁第3小法廷は同月30日、以下のように判示して、本件抗告を棄却した。
「独占的交渉権は、最終的な合意を成立させるための手段であり、社会通念上、最終的な合意が成立する可能性が存しないと判断される場合には、独占的交渉権の条項に基づく債務も消滅する。未だ流動的な要素が全くなくなったとはいえず、社会通念上、上記の可能性が存しないとまでは言えない。したがって、本件条項は、いまだ消滅していないと解すべきである。しかし、独占的交渉権は最終的合意に対する期待をするにすぎないものであるところ、本件では最終的合意に達する可能性は極めて低い。他方、差し止めが認められた場合、18年3月末日まで長期間拘束され、MTFG側の損害は相当大きい。したがって、保全の必要性は無い」との理由で、同年8月30日、仮処分命令申立を却下した。
仮処分が認められなかったため、MTFGとの合併交渉は順調に進み、平成17年10月1日、UFJ3社はMTFGと合併した。
仮処分とは別に、住友信託銀行は、UFJ三社に対して、2331億円の損害賠償を求めて訴訟提起した。平成18年2月13日の東京地裁判決は、最終契約が成立した場合の得べかりし利益と、独占交渉義務違反、誠実協議義務違反との間で相当因果関係は無いとして、請求を棄却した。その後控訴審で、MTFGが二五億円の解決金を払うことで、和解が成立して、最終解決がなされている。
このケースは、大銀行同士の合併に絡んだ仮処分申請と訴訟であったため、世間の注目を集めたケースであった。
注目すべきポイントは、仮処分自体は保全の必要性なしで却下されたが、最高裁が、「独占的交渉権は、最終的な合意を成立させるための手段であり、社会通念上、最終的な合意が成立する可能性が存しないと判断される場合には、独占的交渉権の条項に基づく債務も消滅する」とした点であろう。
これにより、独占的交渉権が消滅する道筋を示してくれたのである。今後の実務に、大いに参考になるはずである。
ところで、本件は、前述の、フィデューシアリ―アウトの条項が導入されていれば、裁判所で争われることなく解決した可能性は高い。とはいえ, フィデューシアリ―アウトとして、どのような条項を入れておけば、効果的かとなるとこれは難問である。今後の実務的な検討が待たれるところである。

8.MAC条項について

クロージングまでに想定外の重要な事情が明らかになることもまれではない。例えば、重大な簿外債務が発見されたり、期待していた特許に無効の可能性が出てきたりすることがある。その時にどうするかを決めた条項をMAC条項(Material Adverse Change)という。
これは、表明保証条項違反という形で登場することが多い。ただ、この解決は簡単ではない。簿外債務は、当人もほとんど意識していないことも多い。特許の無効は、晴天の霹靂というケースも多い。相手方当事者が、原因を作っていたり、損害の拡大の一端を担っているということも稀ではない。
大型のM&Aの契約書では、表明保証違反について、詳細なペナルティー条項が規定されていることが多いが、その内容が合理的か疑問なことも少なくない。裁判例を見ても、故意、重過失に限って責任を負わすということで、公平を図っている例も多い。
本書でのモデル契約書では、表明保証条項を簡潔に整理するとともに、故意、重過失に限って責任を負うという形で解決を図っている。

 

【第11章】 M&A事例の分析

創業者株式43%を一気に買い付ける裏技?

−DDホールディングス(旧株式会社ダイアモンドダイニング)が、株式会社エヌエルディーに対するTOBー

1.公開買い付けの発表

2017年11月14日、株式会社DDホールディングス(旧株式会社ダイアモンドダイニング。17年9月1日付で社名変更)が、株式会社エヌエルディーに対する公開買付(TOB)を発表した。

2.DDホールディングスとは多数ブランド展開!

買付会社のDDホールディングスは、95年6月創業で、07年3月大証ヘラクレス上場し、その後ナスダックスタンダード、東証2部を経て、15年7月、東証1部指定となった。まさに、急発展した企業で、Dynamic & Dramatic(大胆かつ劇的に行動する)をモットーに、オープンイノベーション企業を目指すとのことだ。 飲食事業を中心に、アミューズメント事業、ウェディング事業、カプセルホテル事業を展開している。  
わらやき屋、今井屋、GLASS DANCE、アリスのファンタジーレストラン、ベルサイユの豚、九州熱中屋、アロハ・テーブル、chano-maなど148ブランド424店舗(17年8月末現在)を有する。
DDホールディングスの特徴は、一社で多数ブランドを展開する点であり、一ブランドで、多数の店舗展開を目指す従来型の外食産業とは異なるビジネスモデルである。
「世界中に楽しみと驚きを届けたい」、「食材・コンセプト・内装・エンターテイメント等に熱狂的にこだわる」として、17年2月期には、連結純資産39億5500万円、連結総資産187億3700万円、連結売上高305億0900万円、連結経常利益14億3500万円という堂々たるパフォーマンスを誇っている。

3.エヌエルディーは独創的なコンテンツ提供事業会社

対象会社は、買付者より1年早く、94年1月設立で、15年3月19日にJASDAQに上場した。自らを「カルチャーコンテンツ提供事業」と称し、「よい多くの人々を楽しませる」を目指し、音楽、アート、食などを企画融合し、ブランド開発や様々なイベントを企画提供している。
自ら、「Kawara CAFE&DINING」ブランドで、カフェダイニング形態をメインとした飲食店舗を展開する、「飲食サービス事業」も展開している。
ところが売り上げは、15年3月に45億2700万円、16年3月は52億7200万、17年3月は55億050万円と増加しているものの、営業利益は、15年3月に2億0300万円、16年3月に1億0500万円と急減し、17年3月はマイナス5,800万円となってしまった。
売り上げを伸ばしても利益が下がるというのは、経営者にとっては、最もつらいものである。これは、苦闘して売り上げを若干上げても、広告等の経費がかかりすぎる、つまり端的言えば、従来のビジネスモデルが限界にていることを意味する。
今回のM&Aは、対象会社の救済という側面も強いといえよう。

4.シナジーの展開

外食産業は、今厳しい状況におかれている。もともと過当競争が指摘されているが、それだけでなく、人材不足に悩まされ、酒類消費の低減傾向、ファーストフードやファミレスによる酒類販売強化などで収益性の低下傾向にあり、消費者嗜好の多様化でブランドがすぐ飽きられるという、厳しい状況にある。
これに対しては、新規ブランドの開発、仕入れ面のスケールメリット追求、優秀な人材の獲得、資源配分の適正化、事業領域の強化・拡大などが求められている。
今回のM&Aは、これらの面で、シナジーが期待できると思われる。買付けグループはディナー営業主力、対象会社はカフェダイニングであり、一方が夜間、他方が24時間経営と、補完し合える関係にある。また、展開地域が共通しているため、ドミナント効果、共通購買、営業バックアップ部門の強化などが期待で来る。さらに、対象会社にとっては買付けグループの会員制度システムンへの参加による、客誘導が可能となるであろう。
また、買付会社は新たなブランド開発をすることが企業戦略の核心であるが、この点の支援こそ対象会社の得意とするところであり、この面でも、シナジーは期待できるはずである。

4.なぜわざわざ公開買い付け(TOB)か?

今回の公開買い付け(TOB)は、特異である。公開買付けと言いながら、当初から、一般株主の応募を期待していない。
公開買付けの場合、通常は、マーケット価格にプレミアムを載せて募集する。マーケット価格の2倍という例もある。ところが今回は、逆に、マーケット価格が一株1300円前後なのに、買付価格は一株1130円である。これでは、一般株主には、応募するメリットがない。通常通り、マーケットで売った方がずっと有利だからである。
これでも公開買い付けというM&Aが成り立つのは、買付け予定数の上限たる608、000株(46.51%)のうち、576,000株(43.86%)分は、事前に、応募を受けているからである。
筆頭株主である代表取締役会長青野玄氏が所有する全株たる544,000株(41.61%)と、6位の高橋正彦氏の32,000株(2.25%)については、事前に応募合意が成立しているのだ。
つまり、公開買い付けといいながら、この2名の株式を相対で買い取るのが目的なのだ。
となれば、公開買付けを経なくても、この事前合意で、買付けは、ほぼ目的を完了していると言えよう。ではなぜ、公開買付けという方法を取ったかと言えば、それは、買付価格を安くしたかったからであろう。
前述のとおり、営業利益は、赤字となっている。にもかかわらず、17年3月期の決済では、純資産が7億3900万円にすぎないのに、時価総額は16億9000万(1株1300円)ぐらいとなり、株価が割高に見えたと思われる。
仮に、証券会社の仲介で「相対取引」(市場外取引)をした場合、東証やJASDAQのルールでは、直近の終値の上下7%以内で価格設定しなければならない。しかし、本件の1130円という価格は、1300円前後であった当時のマーケット価格とは、15%前後の価格差がある。そこで、7%ルールに縛られない、公開買付けというテクニックを採用したと考えられる。
そもそも一般論として、役員の株式売買は、インサイダー取引にならないよう注意しなければならず、また、5%ルールがあり、5%を越えて保有する場合、届け出が必要である。また、上場会社等の役員及び主要株主の株式の売買で、金融商品取引業者に委託して行った場合も、提出しなければならない。
要するに、役員や大株主がその株式を任意に売却しようと思っても、結構やっかいで、つまらない噂が立って、株価が急落することもあり得る。一般論としても、公開買い付けを借用するメリットは大きいのだ。

5.過半数の株式でなくてよいのか?

応募合意の43.86%(これが買付け予定の下限)は勿論、上限の46.51%でも、過半数には達しない。これでは、買付会社は人事権を取れない。
しかし、11月14日付で両者間は業務提携契約を締結し、公開買付会社が、取締役の過半数の指名権を得ることになっている。その上で、対象会社を、持ち分適用関連会社とするという。対象会社の創業社長だった青野玄氏も経営から離れることとなる。
43%あれば、少数株主権で、会社提案の人事が否定されることも無いであろう。
従って、契約で人事権を確保しておけば、議決権で過半数をとっていなくても、会社を支配することは十分可能なのである。

6.市場はどう評価したか?

M&Aの場合、常に注意しなければならないことは、市場がどう評価しているかである。
今回の価格設定が不合理で、マーケット価格に悪影響を与えたとなれば、一般株主から裁判所に対し買付差止めを請求される危険が出てくる。
今回は、第三者機関からの株式価値算定書は無いが、幹事会社のSMBC日興証券による株式価値算出結果が公表されている。それによると、市場株価法では1,290〜1,308円(直近1か月終値平均13、08円 直近3か月平均1,290円)、類似上場会社比較法では913〜1,032円、DCF法では1,102〜1、499円とのことで、少なくとも、価格が不合理でないとのお墨付きは取得している。
では、対象会社のマーケットがどう反応するかであるが、公開買付けが発表された11月14日後、株価は急上昇し、12月初め2000円を超えた。その後、1800円台へ沈静化したが、市場は間違いなく、極めて好意的に反応したと言えよう。
営業利益が悪化し、赤字転落した対象会社にとり、今回のM&Aは、救世主と映ったのであろう。
ところで、買付け会社の株価を見ると、公開買付け発表後、4500円から5000円へ増加した。12月に入り、下落して4500円へ戻っている。株主はシナジーを期待し、好意的にみていると言えよう。 
となれば、株主から、買付差止めを請求される危険はないであろう。

7.最後に

DDホールディングスは、18年にはいり、株価が下がり始め、同年末には2000円前後と、一年で半減してしまった。今回のM&Dが原因というわけではなさそうだが、健闘を祈りたいものだ。

 

M&A・事業再生の弁護士-金子・福山法律事務所