105回  バスの中での盗難

 

1.海外旅行中の専用バスの中で、パスポート、その他の物品が盗まれたらどうなるのだろうか。

  この種の事件は時々起こるのだが、法的解決となると結構難しい。

 

2.〈ケース1〉

  運転手が残るため、添乗員が「荷物はそのままでいいですよ」と言ったので、荷物を残していたら、盗まれてしまったケースだと、どうだろうか。

  

添乗員が、運転手が車内に残ることを確認したのに、運転手の不注意(一時的に車外に出たり、居眠りをしていたすき)で、盗まれるという場合である。

  第一次的には、直接の管理を任された運転手ないし、同人を雇っているバス会社の使用者責任が問われる。しかし、海外では、バスの運転手やバス会社の責任を追求するのは事実上困難である。

  実際は、添乗員ないし、同人を履行補助者として使っていた日本の旅行業者の責任が問題になることが普通であろう。

しかし、添乗員は、運転手が残ることを確認すれば、それ以上にその責任が認められるのは稀であろう。社内で、かつ運転手付きの場合と、外でスリや置き引きの危険にさらさせる場合と、どちらが危険かは容易には判断できないからである。  

ただ、例外的に問われるとすれば、周囲の状況から、盗難の危険を感じられる場合だったとか、長時間バスに荷物をおくことになるような場合であろう。

  添乗員の責任が問われることにより、使用者である旅行業者が責任を問われれば、同社は手配をしたツアーオペレーターに責任を求めることが多いであろう。

  しかし、ツアーオペレーターの責任は、原則的には、考えられない。バス車内での盗難の危険度まで把握するのは不可能だからである。

  しかし、かって盗難例が報告されていたり、運行管理に問題が認められるに関わらず、その情報を秘して手配したというような特殊な場合には、ツアーオペレーターの責任が生じる余地はある。

  最後に、旅行者自身が荷物の口を開けっぱなしにしていたとか、入り口近くに置いていたとか、盗まれやすい状況を作り出していれば、旅行者にも過失があり、過失相殺がありうるのは勿論である。

 

〈ケース2〉

  添乗員が、「危険なので、車内には荷物を残さないように」と注意したにもかかわらず、残していたために盗難にあったケースはどうか。

  この場合は、旅行者が指示に従わずに、わざわざ荷物を残していたので、原則的には旅行者は誰に対しても責任追求は出来ないであろう。

  もっとも、持ち出せるのは手荷物であり、スーツケースは持ち出すのは不可能であろう。この場合は、運転手等が見張りで残るべきである。従って、スーツケースを壊しての盗難はケース1と同様に考えてよいであろう。

 

〈ケ−ス3〉

  添乗員が何も指示せず、旅行者の判断で、荷物を残していた場合はどうであろうか。

 

この場合は、添乗員が持って行くよう指示すべきであったか否かが問題になろう。

海外旅行が初めてとか、海外旅行の経験が浅い人に対しては、添乗員が注意を促す義務があるかもしれない。

しかし、そうでない限り、海外は日本と比べ危険が大きいことは周知の事実なので、原則的には、ケ−ス2に準じて考えてよいであろう。

 

3.損害について

 損害は、そのもの現在価値である。

特別補償でまかなえれば、その範囲内では、損害は解消される。しかし、特別補償に馴染まないものも多い。それについては、一般民事での、損害賠償の問題になる。

  もっとも、現金や貴重品は、旅行者自身が、いつも安全なかたちで、携帯するなど、自己責任で管理してもらうしかない。これが盗難に遭えば、仮に、旅行業者等が責任を問われることがあっても、過失相殺率は大きいであろう。

パスポ−トは、財産価値では評価が困難であろう。せいぜい、再発行コストぐらいである。

 ただ、その後のサポ−トが重要である。旅行のカットだけでなく、帰国が遅れる場合には、ビジネスチャンスを失うなど遺失利益が生じることもあり得るし、慰謝料の発生もありえる。したがって、大使館、領事館での手続を迅速に行い、被害を最小限にする必要がある。

 

4.最後に

  いずれのケ−スでも、大事なのは、事件が起きた以上、責任の有無に関係なく、被害旅行者のために迅速に対処することである。

  地元警察への通知や手続、被害回復、領事館への手続など、旅行者の立場に立ってテキパキと行うことである。  

これが的確であれば、本来責任を負うべきであっても、深刻な状況を避けることができることも多い。逆に、初期段階で険悪な状況となると、後の対処が極めて困難になる。

旅行業者としては、普段からこのような危機に対し、いかに対処するか、マニュアルを作成しておく努力も重要である。
                                                        
                                                          

106回  海外留学と役務提供

 

〈はじめに〉

  海外留学を条件に、帰国後一定の仕事を提供するというタイプの「商法」が見受けられる。

  しかし、予定していた帰国後の仕事がウソであったり、ウソでなくてもノルマのきつい歩合の仕事であって、とても期待された収入が得られないため、トラブルになることが多い。

  この「商法」は、海外留学の部分で旅行業者が関与することになるが、実はこの商法はキャッチセールスやマルチ商法を規制する「特定商品取引法」に抵触することになるので気をつけてほしい。この「商法」は、同法の「業務提供誘引販売」(同法51条〜)に該当するのだ。

  尚、留学部分については、旅行業法も適用されることを忘れないでほしい。

 

〈なぜ「業務提供誘引販売」か〉

  何が問題かといえば、帰国後仕事が与えられ高額収入が得られるということをエサにして、旅行契約を締結させ、高額の旅行費用を払わせる点である。

  「業務提供誘引販売」とは、このように将来、所定の業務に従事することによって得られる「業務提供利益」を収受することをもって相手を「誘引」し、その者に「特定の負担」を伴う、商品の販売や役務(サービス)の提供に関わる取引をさせることを言う。

  将来仕事を与えるような顔をしてパソコンや高額の教材を買わせるが、実際はほとんど仕事がないという悪質なケースが横行した。いわゆる「内職商法」などがこれである。そのため、特定商品取引法で、このような商法が規制されるようになった。

  パソコンや教材のかわりに、海外旅行の出費という「負担」をさせるのが本件での「商法」である。

 

〈規制の内容は?〉

  「特定商品取引法」は、消費者保護のための法律で、事業者は契約の相手方に対し、契約の内容を明らかにする「概要書面」を交付しなければならず、ことに「業務の内容」、「業務提供利益の全部または一部が支払われないこととなる場合がある時には、その条件」を書面で明示しなければならない。

  また、広告、仕方にも細かい規制がある。

  つまり確実に収入が得られるのか否か事前にはっきりさせなければならず、あとから期待されたほどの収入がなかったということがないようにしなければならないのである。

ク−リングオフの制度があるのも勿論である。解約ができる期間は20日間である。

また、「不実の告知」や「故意による事実の不告知」の場合は、契約自体を取消せる。

さらに行政処分として違反業者に対しては、主務大臣、主務庁から是正のための「指示」が出されることもあり、悪質であれば「業務停止」もあり得る。されには刑事罰も用意されている。

    現代社会では、消費者保護規制に対する違反に対しては厳しい処分が用意されていることを忘れないでほしい。

 

 〈解決方法〉

   「留学商法」と言っても、被害額は、数十万円程度が普通である。

   この額では、訴訟はコストがかかり過ぎるので、ADR(裁判外紛争処理機関)が必要となる。

   現在は各地の消費者保護センタ−がこのADRの役割を果たしている。
                                                          

107回  下請保護法と旅行業界

 

〈はじめに〉

  旅行業にも下請保護法が適用されることは御存知だろうか。

  旅行業に特定商品取引法が適用されることがあることは前回述べたが、下請保護法、正式には「下請代金支払遅延等防止法」が適用されることも忘れないでほしい。

  実際に公正取引委員会から、調査が入り報告を求められたことのある旅行業者も多いはずだ。

  

〈何が問題か〉

  下請保護法は、もともとはメーカーや物品の修理等の分野で、下請業者が代金の支払を不当に延ばされたり、減額されたり、返品されたりすることがないようにするための法律であった。経済的優位にある発注業者に対し、経済的に弱い立場の下請業者を保護しようとするものである。

  この下請保護法が、平成15年の改正法により、対象業績が情報成果物(プログラム、放送番組等)の作成や、役務(すなわちサービス。運送、ビルメンテナンス等)の提供業務にまで広げられた。

  その結果、旅行業も、サービス業そのものなので、当然対象業種となったわけである。

  役務の提供も対象なので、自ら企画し、実施するパックツアーでは、運送や宿泊サービス、その他のサービス業者が保護対象の下請業者になるが、さらには、手配業務者も保護対象に含まれることになる。

 

〈いかなる事業者が対象か〉

  下請保護法は、弱い立場の下請企業を保護するためなので、下請企業が発注者より経済的に力がある場合には適用されない。

  親事業者の資本金が5000万円以上の時は、保護される下請事業者の資本金は5000万円以下であることが必要である。

  親事業者の資本金が1000万円以上、5000万円以下の時は、資本金は1000万円以下の企業が対象となる。

 

〈規制の内容〉

  1)親事業者(発注者)の義務は以下の通りである。

    ・発注する時は、直ちに取引条件などを書いた書面(注文書)を交付すること

    ・注文した内容等について記載した書面を作成し、2年間保存すること

              ・注文や注文サービスを受け取った日から60日以内でできるだけ早い日を代金の支払期日と定めること

              ・注文品や注文サービスを受け取った日から60日を過ぎても代金を支払わなかった場合は、未払分に遅延利息分(年率14.6%)を加算して支払うこと

  2)親事業者(発注者)が行ってはならないことは、以下の通りである。

              ・一旦注文した物品やサービスの受取を自社の都合で拒むこと(注文した物品、サービスの受領拒否)

         ・注文品やサービスを受け取った日から60日以内に定めた支払期日までにその代金を支払わないこと(下請代金の支払遅延)

    ・注文したあと自分の都合でその代金を減額して支払うこと(下請代金の減額)

    ・受け取った注文品を自分の都合で返品すること(受け取った物品の返品)

         ・注文するときに一般的な取引価格より著しく単価を不当に定めること(買いたたき)

    ・自社製品等の物品や役務を強制的に購入させること(物・役務などの強制購入)

         ・一般の金融機関で割引を受けることが困難であると認められる手形を交付すること(割引困難な手形の交付)

         ・有償で支給した原材料等の対価を、下請代金の支払期日より早い時期に相殺したり支払わせること(有償支給原材料等の対価の早期決済)

         ・金銭や役務、その他の経済上の利益を、不当に提供させること(不当な経済上の利益提供要請)

         ・不当に発注内容を変更したり、やり直しをさせること(不正な給付内容の変更及び不当なやり直し)

 ・中小企業庁または公正取引委員会への通報を理由として不利益な取扱いをすること(行政庁へ知られたことを理由とした報復措置)

 

〈違反例〉

  平成18年6月6日に、公正取引委員会事務総局東北事務所から発表された「平成17年度における東北地区の下請法の運用状況について」とする報告書では、主な警告例として、旅行業のケ−スが記載されている。

その内容は、「海外の宿泊施設等の手配業務を下請事業者に委託しているJ社は、委託取引先の登録制を採っているが、登録された下請事業者に対し、「協定料」と称して金銭の提供を要請していた。」とのことである。

本件は、前述の禁止行為のなかの「物・役務などの強制購入」にあたる。

発注者は、自己の経済的優位な立場を利用して、弱い立場の下請に対し、名目の如何を問わず、物やサ−ビスを強制的に購入させてはいけないのである。

 

〈違反するとどうなるか〉

下請保護法は、公正取引委員会が所轄である。

同委員会は、両当事者に必要な報告をさせることができ、また立入検査権を持っている。違反が軽微であれば、同委員会から「警告」がなされ、「改善報告書」の提出が求めら

れる。

違反が重大であれば、「勧告」がなされ、「改善報告書」の提出を求められる他、会社名と違反行為が「公表」される。

また、親事業者に対しては、契約時に、所定の事項を記載した書面を作成しなかったり、給付の受領や代金の受領の書類を作成しなかったり、保管しなかったりすると50万円以下の罰金に処せられる。

また、検査を拒み、妨げ、著しく忌避すると、或いは、報告徴収にあたり、報告書を出さなかったり、虚偽の報告をすると、同じく50万円以下の罰金に処せられる。
                                   

108回  犯罪歴とビザ(その1)

 

  

〈日本で前科や犯罪歴があると、外国に入国できないのか〉

  「実は、痴漢で略式罰金を受けたことがあるのですが、米国に入国できますか」などという質問を受けることがある。

  しかし、率直なところ、私としてはこの種の質問に正確に答えるだけの情報はない(詳細を知っている人があれば情報提供してほしい)。

  本稿では、私が提供できる範囲で、役に立ちそうな情報を提供しよう。

 

〈前科とその時効〉

  まず、罰金は略式手続であっても前科となる。 が、軽い交通違反で反則金を支払った場合には、反則金自体は行政処分であり、前科ではなく、前歴にもならない。

  起訴猶予(送検されたが、検察官の判断で起訴されず、起訴自体が猶予された場合)は、前科ではないが、前歴としては残る。

  起訴された以上執行猶予でも、これは有罪であり前科であるが、執行猶予期間(最長5年間)が無事終了した時は「刑の言渡」が効力を失うので、前科ではなくなる。しかし、前歴としては残る。

  ところで、前科にも時効はある(刑法37条の2)。

罰金の刑は、罰金支払後、改めて罰金以上の刑を受けることなく5年経過すれば、刑の言渡は効力を失って前科ではなくなるが、前歴は残る。

  懲役や禁固刑の場合、刑の執行が終了してから罰金以上の刑を受けることなく10年経過すれば刑の言渡は効力を失い、前科ではなくなる。が、前歴は残る。

  少年事件でも、少年法に従い処分を受けてもそれ自体は前科ではないが、前歴としては残る。

  前科の場合は、このように時効により失効するので明快である。しかし、前歴は1つの歴史的事実であるので、終わりがないので始末が悪い。

  「前科、前歴を記せ」とあれば、前科はなくても、前歴はいつになっても書かなければならないことになる。

 

〈犯罪を犯すとパスポートはどうなるか〉

  長期2年以上の懲役に該当する犯罪(微罪を除き大部分の刑法犯が該当する)を犯して逮捕状が出されれば、パスポートの返納が命ぜられることになり、また新たな申請はできなくなる。

  逮捕されなくても、起訴されれば、返納命令が出され、返納することになる。

  返納には期限が定められており、その期限までに返納しないとパスポートは失効する。

  しかし、執行猶予中でも裁判所の許可をえれば、限定パスポート(渡航先と有効期間が制限される)の取得は可能である。ただ、限定パスポートを取得できても相手国が入国させてもらえるかどうかは全く別であり、米国などでは、まずビザの発給はされないようだ。

  回収未了のパスポートを使って旅行ができたという例も時には聞くが、これは危険である。相手国で入国を拒否されることも十分考えられるからである。

  

〈再申請〉

  罰金の納付を完了し、あるいは懲役や禁固の刑期が満了すれば、改めてパスポートの申請は可能である。但し、パスポートの偽造やその行使で有罪となった場合は申請はできない。

                                     (次回に続く)
                                                                                                

109回  犯罪歴とビザ(その2)

 

 前回に続き、ビザと前科の関係を検討することにしよう。

 

〈ビザ申請にあたって〉

  前科、前歴は、ビザ申請にあたって記入する必要がある場合、どこまで記入すべきかが問題となる。

  「10年以上前の少年事件の処分歴を記入すべきですか」などと質問を受ける。しかし、前回述べた通り、私には、各国のビザ申請にあたっての正確な情報がない。そこで「前歴は時効がないので、処分歴も前歴として記入しておいて、それが問題となるかどうかは、相手国に判断してもらった方がいいですよ。あとからバレて、虚偽申告と言うことで不利益に扱われるのが一番バカバカしいですから」と、答えることにしている。

  ただ、問い合わせると親切に教えてくれる国もあるので、「念のため、事前に大使館に問い合わせて、書く必要があるか聞いた方がいいですよ。答えてくれる場合も結構あります」と、付け加えることにしている。

  勿論、ビザ申請にあたり、前科のみを聞いてくる場合もある。その時は、前歴は必要ないので、執行猶予期間が満了しているもの、あるいは、前科が時効で消滅しているものについては記載する必要はない。

  

〈前科、前歴で入国を拒絶される例〉

  団体旅行で、1人だけ入国を拒絶されて恥をかかされたというケースは多い。その場合、「何で事前に教えてくれなかったのだ」とクレームを付けられて、当惑した旅行業者も多いことであろう。

  私自身も、「わいせつ罪の前歴があるのだけど、大丈夫だろうか」などと質問されることがある。しかし、この質問にも残念ながら答えられない。

  ただ、前科、前歴の内容によっても扱いが異なり、国によっても扱が異なることは確かだ。

  薬物やわいせつ事犯、売春事件、子供に対する犯罪、パスポート偽造などの罪は、どの国でも扱いは厳しい。

  また、国としては、テロ対策で極端に神経質になっている米国はとりわけ厳しい。英国やオーストラリアもそれに近い。逆に、東南アジア、その他発展途上国はおおらかな国が多いようだ。

  同じ米国でも、ハワイはことに厳しいという話は良く聞くが、これは事実のようだ。

  となると、米国など厳しくしている国が、いかなる方法で個人の犯罪情報を手に入れているか知りたいところだが、私も判らない。

  また、日本の何らかの機関が、外国に自国民の犯罪情報を流しているのかどうかも、私にはわからない。

  ただ、個々のケースを見ていると、その情報をいかにして手に入れたのかびっくりするようなケースも多い。外国が、日本人の個人情報を、一般に思われている以上に正確に把握していることは間違いない。国同士が、情報を共有しあっているということもありえるようだ。

 

〈無犯罪証明書〉

  ビザ申請にあたり、無犯罪証明書の提出を求められることも多い。

  「無犯罪証明書」というのは、聞き慣れない言葉であるが、前科の有無を証明してもらうもので、都道府県警察本部に申請して受け取ることとなる(海外では、日本大使館等を通じて申請することになる)。

  ただ、これは封をして渡される。何が書いてあるか心配になって自分で開封すると無効となるので注意されたい。

  アメリカでは、犯罪はFelony(重罪)とMisdemeanor(軽罪)に分かれる。

 後者(交通違反や単なる傷害罪等)なら、ほとんど問題視されないようだ。ただし、虚偽申告に対しては厳しいので注意が必要だ。どの国の場合も、正直に申告して、あとは相手国の判断に任せるというのが、もっとも安全なようである。
                                  

110回  航空私法入門

 

〈はじめに〉

  日本人にとっての海外旅行ブームは、パック旅行から始まった。その結果、フライトキャンセル、航空機の遅延や荷物の破損などのトラブルが生じても、それは、旅行者と旅行業者との間のトラブルとなるだけで、旅行者と航空会社との間のトラブルとなることは少なかった。

  従って、航空会社とのトラブルの多くは、旅行業者との間で生じていたが、そのトラブル自体が公表され社会問題化することが少なかったので、十分な検討がなされないままになっていると思われる。

  本コーナーでは、あまり議論されることがない航空私法について連載方式で検討してみることにしよう。

  

〈モントリオール条約の成立〉

  国際航空運送に於ける航空運送人(要するに航空会社)の責任や損害賠償の範囲については、現在モントリオール条約(国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約)によることが原則となっている。

  同条約は、1999年5月28日に、カナダのモントリオールで採択され、我が国は2000年に批准し、2003年9月5日、米国とカメルーンが批准書をTCAO(国際民間航空機関)に提出したことにより、締結国が31カ国に達したため(30番目の批准書が寄託された後、60日目に発効することになっている)、同年11月4日に発効した。

  ところで、国内航空については、モントリオール条約は適用されないため、我が国では、また航空運送人の責任について直接規則する法律がない。そのため、商法に於いて、陸上運送人に関する規定を準用しているほか、民法、商法の一般規定が適用されることになる。

実際には航空運送人の定める運送約款が重要な役割を占める。

 

〈モントリオール条約に至るまで〉

  民間の輸送手段として航空機が使用されるようになって間もない1929年、ポーランドのワルソーで署名された「国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約」、いわゆるワルソー条約(Warsow Convention)が1933年2月13日に発効し、これがモントリオール条約が発効するまでの60年間、国際航空の航空運送人の責任を統一的に規律する原則的な条約となった。

  第二次大戦後、民間の航空運送が飛躍的に発展する中で、1955年、ワルソー条約を修正する「ヘーグ議定書」(The Hague Protocol 採択され、1963年8月1日発効した。

  ただ、この「ヘーグ議定書」は、ワルソー条約の部分的な改正にとどまったため(旅客賠償限度額を12万5000金フランから25万金フランに増額したが、有限責任主義と過失推定主義はそのまま)、その後、ワルソー条約の近代化の試みがなされ、1971年3月8日に、グァテマラで改正議定書が採択された。これは「グァテマラ議定書」と呼ばれるものであったが、米国の加入のないまま、発効することはなかった。

  グァテマラ議定書の内容を改正すべく、1975年9月、モントリオールで四つの議定書が採択された。いわゆる「モントリオール議定書」であるが、必要な30カ国の批准がなかなか得られず、第4議定書(貨物に関する責任を定める)のみが、1998年6月発効しただけであった。

  この間、米国はワルソー条約、へーグ議定書に於ける責任限度額の低さなどから、1965年ヘーグ議定書の批准の放棄を宣言し、すでに加盟しているワルソー条約の脱退を通告するような状況となった。そして、米国は1966年5月、別途モントリオール協定(モントリオール条約とは違うことに注意)を発効させることに成功したため、ワルソー条約の放棄通告は撤回した。このモントリオール協定(Montreal Agreement)により、米国の航空会社と、米国へ乗り入れる外国の航空会社は同協定に加盟することが義務づけられることとなった。

  このような混乱した状況を統一された現行のモントリオール条約の発効は、60年続いたワルソー条約体制を変更するもので、航空運送の分野で大きな意味を有するものである。

                 〈次回は、モントリオール条約の内容を説明しよう〉
                                     

111回  航空私法入門(2)   ―前回の続きー

 

 今回は、モントリオール条約の内容を検討する。

 

〈旅客の死傷事故〉

  モントリオール条約の改正の中で最も注目すべきは、旅客の死傷事故の補償関係であろう。

  補償金額のうち、運送人(航空会社)は、10万SDRの部分までは「厳格責任(strict liability)を負い、これを越える部分については、限度額を設けないことにするとともに、過失推定責任を負うものとしている。

  ワルソー条約では、運送人が無過失の証明をしない限り、運送人の過失は推定されるという意味での過失推定主義が採用されていた。しかも、上限が12万5000金フランとなっていた。

  「厳格責任(strict liability)」とは、先進国では、これでは航空機事故での死傷者、その遺族が保護されないとして、ことに第二次大戦後、その改正の試みが繰り返しなされたことは前回述べた通りである。

  しかし、発展途上国からみると全く逆となる。発展途上国の運送人が事故を起こした場合、自国民の被害者に対しては低額の賠償金なのに、先進国の被害者には高額の賠償を支払わなければならないとなると、自国民の納得を得るのが困難になる。

  その結果、ワルソー条約の改正作業のなかで、発展途上国と先進国の間で意見対立が激しく、意見統一がなかなか出来なかったわけである。その中で、アメリカが、このままでは、自国民の保護がはかれないと、ワルソー条約脱退一歩手前まで至ったことは、前回紹介した。

ワルソー体制が長く続いた中で、やっと統一条約に至ったのが、今回のモントリオール条約である。

 

〈日本の航空会社の健闘〉

  条約の改正の努力については、前回その概略を説明したが、その流れの中で、1つ紹介しておきたいことがある。

  1992年11月20日、日本の航空企業は、その旅客に対するワルソー条約上の責任限度額を放棄する旨の運送約款の採用を決定した。責任限度額の放棄は、世界に先駆けてのことで、当時「ジャパニーズ・イニシアティブ」と評され、高く評価された。

日本の航空企業は、1981年には、その約款で無過失の抗弁権を放棄しており、日本の航空会社のこのような努力は、モントリオール条約の成立にあたって、大きな原動力となったことは間違いない。

 

〈SDRとは〉

  ワルソー条約では、単位が金フランであったが、その後、1978年に国際通貨基金が金の公定価格を廃止したことから、金フランは換価基準としては不適切になってしまった。その結果、単位はその後SDRすなわち「国際通貨基金の特別引出権」表示に変わった。

  ちなみに、10万SDRは1600万円となる。

 

モントリオール条約では、10万SDRすなわち1600万円までは「厳格責任」で、それを超える部分は、「過失推定主義」となる。次回は、この「厳格責任」と「過失推定主義」の内容を検討することとしよう。

     〈続く〉
                                   

112回  航空私法入門(3) 死傷事故の損害賠償のまとめ

 

 前回の説明で、モントリオール条約によれば、約1600万円(10万SDR)までは、厳格責任となり、航空会社は無過失責任を問われることになるが、約1600万円を超えると、過失が推定されるだけで無過失責任ではない。しかし、その代わり、賠償額の上限がないことが判ってもらえたと思う。

 過失が推定される場合、すなわち、約1600万円を超える部分については、航空会社は自らに故意、過失がないこと、または、専ら第三者の故意、過失によって生じたことを立証できた時に限って責任を免れることになる(条約21条)。

 とはいえ、それまでのヘーグ議定書で、上限が25万金フラン(約265万円)に制限されていたことからすれば、大幅な改革である。

 

〈すべての事故が対象ではない〉

  前々回(110回)で説明したが、モントリオール条約は国内航空には適用されない。したがって、国内航空は、原則として航空会社の約款に従うことになるが、発展途上国の場合、ヘーグ議定書レベル、つまり2−300万円が上限ということもありうる。

  もっとも、約款の効力には法律上多くの問題があり、訴訟を起こせばより多くの金額を支払わせる余地があるが、その際、その会社が日本国内に営業所を持っていないと、外国で訴訟を起こさざるをえない。しかし、そのための時間とエネルギーは大変である。結局「泣き寝入り」と言うことになりかねない。

  その場合には、そのようなリスクの大きい航空会社を手配した旅行業者の責任が問われかねないので注意を要する。

  もっとも、国内線から国際線へ乗り継ぐ時の国内線は国際線扱いで、モントリオール条約が適用される。したがって、乗り継ぎでない、国内の往復旅行などが注意を要することになる。

  

〈条約の適用範囲〉

  モントリオール条約は、出発地と到着地が締約国であれば、予定寄港地が非締約国であっても適用されることになっている。その際、旅客や利用航空会社の国籍は関係ない。

  従って、日本から締約国への旅行は、非締約国を経由しても適用される。また、日本出発で非締約国に旅行しても、往復の運送契約をし、日本を到着地として戻ってくれば適用されることになる。

  しかし、非締約の発展途上国に駐在しているような者が、国内旅行をした場合は勿論、外国へ旅行をしたりした場合には、片道でも、往復でも、モントリオール条約の適用はない。従って、非締約国に駐在していて、同国から日本に一時帰京した時も、モントリオール条約は適用ないので注意を要する。

  ところで、現在でも、モントリオール条約に加入していない国も多い。モントリオール条約の加入国は、インターネットでも検索できるので、関係国の加入状況はチェックしておくことをおすすめする。

 

<管轄>

旅行者としては、事故にあたった場合、仮にモントリオール条約が適用されることになっても、自己の居住地で訴訟を起こせないと、損害賠償請求は事実上困難である。

管轄に関するモントリオール条約33条をまとめると、自ら、主なかつ恒常的な居住(principal and permanent residence)を有している領域から、当の運送人がそこから発着する運送業務を行っている場合には、その運送人に対して訴訟を起こせる。

日本に住所を有しておれば、日本人でも外国人でも、例えば、日本から出発する往復旅行を計画して、途中で航空機事故により死傷事故が起きた場合、その航空機が非締約国の国籍でも、モントリオール条約が適用されるとともに、訴訟も日本で起こせるわけである。

 

   ※ 次回はフライトの遅延(delay と手荷物の紛失・損傷の問題を検証しよう。
                                

 

113回  航空私法入門(4) フライトの遅延と手荷物の損壊

 

〈フライトの遅延による旅客の損害〉

  航空機の運航には、遅延(delay)がつきものである。しかし、航空機の遅延については、「泣き寝入り」と思いこんでいる者も結構いるが、必ずしもそうではない。

  天候や、テロ、戦乱など、航空会社としてはどうしようもない場合もあるが、整備ミスによる遅延などは、航空会社が責任をとるべきである。

  遅延については、ワルソー条約時代から、航空会社が原則として責任を負うという過失推定主義がとられていた。

  モントリオール条約でも、過失推定主義が踏襲されている。同条約で、航空会社が責任を免れる場合としては、合理的に要求される全ての措置をとったことを証明するか、その措置をとることができなかったことを証明できた場合とされている。

天候による遅延では、航空会社が免責されるのが通常であろう。しかし、機体の故障の場合には、航空会社が責任を負うことも多いはずである。純粋な整備ミスなら責任は免れないであろうし、機体に欠陥がある場合には、それに基づいて航空会社において、あらかじめ対策がとれなかったかどうかが争点になろう。

  航空会社が責任をとるべき場合には、その賠償額が問題になる。ワルソー条約時代から上限があるが、モントリオール条約では、上限は4150SDR(約68万円)である(条約22条1項)。

  ただ、故意の場合は制限がなくなる。乗客が少ないのでdelay させた上、後続便とフライト統合するようなことをすれば、全損害の賠償義務を負うことになろう。

  また、約款や国内法で別途定めれば、上限をかさ上げできることにもなっている(条約22条5項)。実際にも、責任範囲を拡大することにし、それを「売り」にする航空会社も存在するし、そのような航空会社が増えて欲しいものである。

 

〈手荷物の損害〉

  旅行者のなかには、預けた手荷物が破損したり、無くなってしまったという経験を持つ者も多いはずである。しかしこれらの場合も泣き寝入りする必要はない。

航空会社は、預かった手荷物(受託手荷物)については、厳格責任(無過失責任)を負い、無過失を立証しても責任を免れないことになっている。

 他方、機内持込み荷物については、旅客の管理下にあるため、通常の過失責任である。

 尚、チェックインの際、荷物を預けなかったとしても、後に、客室乗務員に預けた場合は、受託手荷物扱いとなる。

 損害額については、遅滞の場合同様上限がある。モントリオール条約下では、ワルソー条約下での5000金フラン(約5万5000円)から大幅にアップして、受託、持ち込みあわせて、1000SDR(約16万円)となっている(条約22条2項)。

 ただ、約款で上限を引き上げてよいことになっているので、航空会社によって、上限が異なる。

 また、ことに高額であることを宣言して、相応の割増料を支払えば、宣言額につき保障を得ることは可能である(前同)。

 

〈貨物の損害〉

  航空会社に貨物輸送を依託した場合は、受託手荷物と違い、過失推定主義である。したがって、原則として航空会社は責任を負うが、航空会社において、その貨物の破損、滅失、損壊が、貨物の固有の欠陥又は性質、第三者によってなされた荷物の不備、戦争又は武力衝突、又は当局の行為を原因として生じたことを証明できれば、その原因の寄与度に応じ、責任を免れることになっている(条約18条2項)。

  上限は、貨物1kg当り、17SDR(約2800円)である。

  しかし、手荷物と同様、定款で、責任限度額を引き上げられるし、高価品については、

 その旨宣言し、相応の増額料金を支払えば、上限を超えて責を負ってもらえる(条約22条3項)。

             〈次回は、航空約款について説明しよう〉
                                                       

114回  航空私法入門(5) 航空運送約款

 

 航空私法入門として五回にわたって連載してきたが、今回の運送約款の解説をもって、入門編は一旦終了することにする。ただ、航空会社と旅客とのトラブルも決して少なくないので、今後は、このコーナーでも、適時個別テーマを検討しよう。

 

〈運送約款〉

  約款と言えば、保険契約を思いだす者も多いだろう。運送約款も、それと同じで、航空運送人が契約条件を予め詳細に定めておき、個々の旅客との間で運送契約を締結する場合に、その契約の内容となっていくものである。

  このような契約は附合契約と呼ばれ、旅客からみれば約款が自動的に契約の内容に取り込まれることになる。

  となれば、運送約款の内容が妥当かどうか重要となる。そこで、多くの国では、その内容は監督官庁の監督を受けている。

  日本では、航空法106条1項により、国土交通大臣の認可を受けなければならないことになっている。

  外国の国際航空運送事業者も、日本に乗り入れるには同大臣の認可を得る必要があるが、その際に運送約款の添付することになっている。しかし、その後、変更があっても届け出る必要はないので、この点は問題である。

 

〈提示義務〉

  旅客にとっては、自動的に約款の内容が運送契約の内容となるので、事前に、約款自体が容易に確認できる必要がある。

  日本の航空法では、日本の定期航空運送事業者は、営業所その他の事業所において、約款を見やすいように掲示しなければならないことになっている(107条)。ただ、不定期航空事業者にはこの義務はなく、外国の国際航空運送事業者にも掲示義務はない。

  しかし、幸いにして、日本の航空各社はウェブサイトで約款を公開している。また、日本に乗り入れている航空会社も、ウェブサイトで約款が確認できるものも多いようだ。

 

〈約款の統一性〉

 ワルソー条約でも、モントリオール条約に於いても、条約に抵触しない範囲内で、各航空運送人は独自の約款を作成できることになっている。

 しかし、各航空運送人の約款がまちまちでは旅客にとって不便であるし、相次運送の場合はなおさらである。

 そこで、国際航空運送協会(IATA)は、標準約款を設けている。その結果、各国の航空運送人の約款は相当程度に統一化されている。また、約款の重要事項は、航空券及び航空運送状(air waybill)に、掲載されることになっている。しかも、この掲載される主要事項は統一文言によることになっている。

 

〈最後に〉

このように運送約款は、統一化が図られているとともに、航空券の裏面に主要条項が記載され、約款全体の提示義務もある。

しかし、約款の内容自体は膨大かつ詳細で、一般人がその内容を理解するには困難が伴うのも事実である。

約款が契約の内容となるためには、本来約款の内容を、一般の旅客が容易に理解できる環境が整っていることが前提である。

従って、航空会社としては、約款の内容を一般旅客に理解してもらえるよう努力すべき説明義務のあることを忘れないでほしい。これが不十分だと、約款が契約に取り込まれること自体が否定されることもありうるのである。
                                   

115回 航空会社とのトラブルからーーーー日本人は訴訟が極端に少ないのはなぜか。

 

〈はじめに〉

 私の属する国際旅行法学会IFTTAのコンファランスでは、ヨ−ロッパやアメリカからの参加者は、豊富な判例を紹介しながら議論する。 しかし、私はそれが全くできない。紹介すべき判例が極に少ないからだ。

 例えば、本コ−ナ−の第113回で説明した「フライトの遅延」については、判例集には1例も載っていない。 他方、欧米には、この分野の判例は豊富だ。本コ−ナ−でも第101回・102回で、ハンガリ−の先生が持参してくれたケ−スを紹介したが、このような判例はいくらでもある。

 では、なぜこのような極端な差がでるのだろうか。それは、やはり日本人がとにかく訴訟が嫌いだからだ。このことを彷彿とさせるご投稿があったのでご紹介しよう。

 

〈本コ−ナ−への投稿〉

本コーナーの第113回で、フライトの遅延によって生じた損害賠償につき、モントリオール条約で定める上限を約款や国内法で別途定めればかさ上げできることと、故意の場合は制限がなくなることを説明した。

これに対し、投稿では、まず、「実際には全く違います」と前置きして、次のような経験談を寄せてこられた。

「2005年12月03日 01:25 関空発予定

5名様 バンコクでゴルフ2プレイと観光。 全行程 4日間

タイ・バンコクにゴルフを楽しむために、関空発の深夜便を選択されて、ご予約を頂戴しました。

手配依頼は、往復格安航空券、ホテル、ゴルフ、観光と送迎専用車です。

出発当日になって、航空会社からホールセラーを通じ、フライトキャンセルになった旨、電話を受けました。

出発は、翌朝出発する同じ航空会社の便との事でした。

現地バンコクを出発する時間になってその航空会社が日本へ向けて出発する予定が、当初はその理由を明かさず、お客様にフライトキャンセルになった連絡を希望してきました。

*格安航空券でのご旅行は、航空会社が直接予約・発券業務を行っていないので直接、説明する機会が無い事を上手く利用し、説明責任を回避していると、小生は感じております。

そのお客様は、週末・土日の休みを上手く活用し、金曜日に仕事を終えて旅行に行くことを計画され弊社に手配を依頼。

当然、予定通り出発するものと、楽しみにされ当日を迎えられました。

そして、フライトキャンセルになった事実を関空に向かっている/向かう前にお伝えすることとなる。

幹司さんに事情を説明して、一旦帰宅するように、緊急で皆様に申し上げました。

なぜなら,翌日出発する時間が決まっていたからです。

 結果的に、当初現地に翌朝着後、予定されていたGOLFはキャンセル、1プレイ出来なくなりゴルフ代金は、返金する旨を説明して御納得を何とか取り付けました。

そして翌日、午前に出発する同航空会社の便でバンコクへ出発されました。

 <中略>

さて、ここからです。

現地でそのお客様が航空会社がフライトキャンセルになった理由を、「搭乗客が少ないから」と、現地の航空会社にかかわる方から聞かされたのです。

勿論、帰国後もそのことが問題となり「何故か?」「補償されないのか?」など、当然ご意見やらご要望をお伺いしました。

早速、航空会社やホールセラーの営業課長に話しましたが、航空会社は事実も知らせず、補償もしないのが現状です。

中国の時と同様、弊社がゴルフ代金で得られる利益が、不履行となりました。

こういったケースは、以前の中国の場合と同様に、泣き寝入り、諦めを待つという、強固な姿勢が航空会社側に見受けられ、現場が苦労し営業努力して、顧客のリピート化を図る

取り組みが、生かせぬまま終わる事も否めない。

しかも、お詫びも補償も全く無い。

ゴルフ代のみ返金しただけで、旅程補償とは言えず、旅行日程を円滑に進めるサービスを提供する旅行会社の責任から、お客様に説明するのも、正確な情報とお受けする手配内容を明確にしてご提案申し上げ、契約をする旅行業なら、通常、行っている基本的な業務です。

それに対し、一方の航空会社は何の責任も果たさず、ただ目的地に搭乗客を運べば済むと

思っているのではないかと、憤りを感じるのは当然ではないでしょうか?

そこでご指導を賜りたいのですが、掲載記事の通り金子弁護士のコメント通り補償には限度なく航空会社から得られるものかどうか、得られるのであればどういう手続きなのか。

また、今後も就航している各路線で同じ事が繰り返される場合、善後策は見出せるのか

ご意見を賜りたく存じます。

 

〈本ケ−スの問題点〉

  どこの航空会社か判らないが、「搭乗客が少ないから」、フライトキャンセルがなされたとのことでずいぶん乱暴なことをする航空会社である。

  これは、典型的な「故意」のケ−スであり、モントリオ−ル条約によっても、上限はなくなる(もっとも、キャンセルは遅延と違って条約に定めがなく、もともと無制限との解釈も成り立つが、日本では、その点を議論した判例もない)。こんなことをすれば、欧米では、すぐ訴訟になるだろう。しかし、日本人は、それをしようとしない。

日本路線の場合は、搭乗客が少ないという理由だけでフライトキャンセルしても、訴訟を起こされるおそれはまずないので、このようなことを平気でする航空会社もあるようだ。日本人は、訴訟をしないのでナメられているのだ。

 

〈本投稿への回答は残念ながら不可能〉

  私は弁護士を30年やっているが、その経験からすると、日本人が訴訟を好まない理由は極めて簡単である。

  それは、訴訟という手間と費用のかかることを自らしたくないからだ。

  日本人が大好きなテレビ番組に「水戸黄門」がある。庶民が困っていると、突然、水戸黄門が登場し、「これが、目に入らぬか」と「葵の印籠」という絶対的権威で全てを解決してくれる。庶民は、解決のための手間と費用とをかける必要はない。毎回同じパターンなのに不滅の人気を維持しているのは、この解決方法こそ、日本人がもっとも期待しているものだからであろう。  

  他方、欧米人は、「葵の印籠」の権威で救済してもらえるとは思っていない。自分の権利が侵害されたと思えば、自分の負担でその回復をはかる。交渉がうまくいかなければ、当然訴訟となる。その結果、訴訟は日本に比べ圧倒的に多い。

投稿者は、「今後も就航している各路線で同じ事が繰り返される場合、善後策は見出せるのかご意見を賜わりたい」とのことであるが、私は水戸黄門でないので、そのような「善後策」を出せるわけないし、水戸黄門のような権威はドラマの中だけなので、「善後策」などがあるわけない。権利が侵害されたと思ったのなら、自らの負担で解決を図るしかない。また、「憤りを感じるのは当然ではないのでしょうか?」と言われても、その気持ちは理解できるにしても、私が水戸黄門でないので、何の対処ができるわけでもない。    

補償について、「航空会社から得られるものかどうか」と問われても、それは本人が手間と費用をかけて権利行使するかどうかにかかっているので、私に聞かれても困ることである。ただ言えることは、今の世の中に「葵の印籠」の権威は存在しないので、必要な努力を自らしなければ、何も得られないと言うことである。

  私の説明に対し、「実際には全く違います」と言われても、答えに窮する。航空会社に限らず企業は、約款を遵守するより、利益に走るものであるし、そこに水戸黄門が登場し、「葵の印籠」の権威で、航空会社を平伏させてくれるわけでもない。

「掲載記事の通り金子弁護士のコメント通り補償には限度なく航空会社から得られるものかどうか」と問われても、同じく答えに窮する。交渉に失敗したのなら、次の手段としては、訴訟をすることになる。勿論相手は抗弁として言い訳を色々言って来るであろう。しかし、そこで戦わなければ、得れるものはないのだ。それが訴訟である。

「得られるのであればどういう手続きなのか」との問いかけについては、質問の趣旨が判らない。世の中に裁判所があり、法的紛争はそこで解決することは、小学生でも知っているので、質問の趣旨は、そのような解答でなく、手間、暇のかからない、「水戸黄門」的解決方法を期待されていると思われるが、そのようなものはない。

  もっとも、日本でも今後航空会社相手の訴訟が増えてくれば航空会社関係を専門に扱えるADR(裁判所外紛争処理機関)を設立しようとの気運が出てくるのだろう。そうすれば、請求する側の負担はかなり軽減されるであろうが、今はそれに程遠い状況である。

  結局、航空会社とのトラブルを効果的に解決するための最善の「善後策」は、日本人も、欧米人のように自分の権利は自らの負担で守り且つ回復するという意識を持つことである。それをすることによって、航空会社の社会的スタンスも変えられるし、ADRのようなより効率的なシステムの導入も可能になるであろう。

 

 <次回は、続編として裁判所の上手な活用に仕方を説明しよう>