116回  日本の裁判手続とADR

 

 前回に予告した通り、今回は旅行関係者のための「裁判所の活用の仕方」を説明しよう。

 

〈簡易裁判所の少額訴訟制度は便利〉

  簡易裁判所では、60万円以下の金額の支払に関する訴訟については、少額訴訟制度という特別の制度を用意している。

  旅行関係のトラブルは大きな人身事故でない限り、紛争の金額は小さいのが普通だ。旅行関係のほとんどのトラブルは、この少額訴訟で対処できると思われる。

  この少額訴訟は、弁護士に依頼せず本人で行うことを前提にしている。弁護士を依頼するには訴額が小さすぎるので、本人でも、遂行できるようになっているのだ。

  原則として、一回の審理で行い、判決もその日のうちに出る。ただ、判決に不服でも控訴できないので、その点は注意を要する。

  少額訴訟はこのように簡略に行うことが前提なので、逆に言えば、法律関係や事実関係、証拠関係が複雑で、少額訴訟に適しないとなれば、通常訴訟に移行させられてしまう。

  旅行関係の事件は、一般にはなじみが浅い法令が問題となるため、法律関係が複雑で少額訴訟になじまないと判断されるおそれもある。そこで、関係法令を整理して裁判所に提示して、積極的に説明するという努力と工夫も必要であろう。

  いずれにしても、旅行関係のトラブルは、この少額訴訟制度を多いに活用して、迅速で、的確な解決が図られるようになって欲しいものである。

 

〈通常訴訟の対策〉

  少額訴訟で処理できないとなれば通常訴訟となる。訴額が140万円までは簡易裁判所で、それを越えると地方裁判所となる。

  通常訴訟となると、弁護士に依頼しないと訴訟遂行が大変だが、そうなると弁護士費用が問題となる。

  弁護士費用としては、訴訟を提起する時に、着手金(手数料)が必要となり、解決すると成功報酬が必要となる。

  着手金は、弁護士会の旧基準によれば請求額に対し、300万円以下の部分は8%、300万円を超え3000万円以下の部分が5%、3000万円を超え3億円以下の部分が3%、3億円を超える部分が2%となる。

  成功報酬は、「得ることのできた経済的利益」に対し、上記の着手金のパーセンテージの2倍の率となる。つまり、8%が16%というようにである。「得ることのできた経済的利益」とは、請求する方は、獲得できた金額、請求を受ける方は、減額できた金額が対象になる。

  ただ、この旧基準は、独禁法に触れるおそれがあるので現在廃止されており、各事務所ごとに異なる基準を設けることになっているが、多くの法律事務所では今でもこの旧基準を採用している。

  とはいえ、少額の訴訟も高額の訴訟も、訴訟の手間は変わらないので、訴訟を受任する最低料金を定めている法律事務所が多い。例えば、一訴訟事件では、手数料を最低30万円とするといったかたちである。そこで、簡易な事件では、弁護士に依頼すると手数料が経済的利益を上回ることも多い。その結果、簡易な事件では、弁護士に依頼するのが困難となる。そこで、前述の通り、少額の事件では弁護士に依頼しなくてもすむよう本人でもできる少額訴訟制度が用意されているのだ。

  少額訴訟をするにしても、一度は事前に専門の弁護士に法律相談し、法的によく検討しておいた方がいいであろう。法律相談は、一回1万円ぐらいが相場である。

  なお、簡易裁判所事件では、弁護士だけでなく司法書士も訴訟代理がでることになっている。司法書士の方が、手数料や報酬が弁護士より安いことが多く、司法書士に依頼して簡易事件を遂行するのも一方法であろう。

 

<最後に>

  日本の裁判は、一審の審理期間が平均して10ヶ月程度である。これは先進国の中では、最も裁判の進行が早い部類である。また訴訟係属後「和解」で解決するケースも多い。全体の訴訟事件の半数は、裁判所での「和解」で解決する。「和解」となれば、もっと解決は早い。

  また、「少額訴訟制度」という便利な制度があることは前述した。

  日本の裁判所は、「司法改革」の結果、一般の人が思っている以上に、使いやすい制度になっている。あとは、一般の日本人が、自分のトラブルは、自分の負担と責任で解決するという意識を持つだけである。そうなれば、裁判所の社会的役割も、もっと大きなものになるであろう。

  

    <次回は、引き続いて、日本のADRの現状を説明しよう>
                                  

117回  日本のADRの現状

 

前回は、日本の裁判制度について説明した。今回は、ADRについて説明しよう。 ADRは、Alternative Dispute Resolution の略で、「裁判外紛争解決手続」のことである。裁判は一般には時間と手間がかかるので、どの国でも、仲裁、調停、斡旋などによるADRの充実がはかられている。

 

<簡裁の調停>

   日本では、古くから簡易裁判所に調停というADRの制度があり、長い間人々に親しまれてきた。

     簡裁の調停は、長い実績もあり、ADRとしてはかなりのレベルのものと評価でき、旅行関係のケースも当然扱ってもらえる。

ただ簡裁の調停の問題点は、調停員が専門化していないことである。旅行関係のような特殊な事件となると、調停員にとっては、馴染みのない法令を扱わなければならないため、スム−スにいかない虞れがある。そこで、旅行関係のケ−スを申し立てるには、事前に旅行関係の法令を整理しておいた方がよいであろう。とは言え、旅行関係の紛争についても、簡裁の調停は効果的である。

  

<仲裁の利用>

   仲裁制度も、利用出来る。国際取引には国際商事仲裁制度があるし、一般事件については、弁護士会で運用する仲裁制度もある。仲裁は、裁判と同じように、仲裁員が判断をしてくれる。調停は、あくまでも話し合いのため、当事者で合意点に達しなければ、成立しない。合意に達する見込みがなければ、調停不調ということになってしまう。その点、仲裁は、仲裁員が判断してくれるので、その判断に基づく解決を図れるので効果的である。

しかし、仲裁を利用するには、当事者の合意で、仲裁で解決しようとの合意の成立することが必要である。一方が、仲裁の利用を拒否すれば、利用できないのである。

また、仲裁員が旅行関係に馴染みがないという問題点があることは、調停と同じである。

従って、旅行関係には、仲裁はほとんど利用されていないのが現状であるが、本来効果的な制度なので、今後は、その利用が検討されてもいいであろう。

 

  <その他のADR>

 旅行関係に特化したADRとしては、日本旅行協会JATAの消費者相談室がある。相談・斡旋・調停を行っており、ADRの役割を果たしている。この相談室の実績は十分に評価出来るし、公平な運用がなされている。が、業者団体の一機関ということから、一般旅行者にとっては、どうしても業者側に有利な運用がされてしまうのではないかとの不安がつきまとうのも事実である。将来的には、旅行関係の独立したADRがほしいものである。

 ホテル・旅館と旅行者・旅行業者との間のトラブル、航空会社と旅客・旅行業者との間のトラブルとなると、その解決のための専門のADRは無いに等しい。この分野でも紛争が決して少なくないことからすれば、これらの分野においても、是非とも専門のADRがほしいところである。

 

 

<消費者センター>

旅行契約、ホテル旅館契約、航空運送契約は、いずれも消費者契約法が適用される。したがって、旅行者や旅客個人が、各地の消費者センターの相談窓口に赴き、苦情を申し立てると言うことも多い。

この相談窓口も、一種のADRといえる。消費者センターには、旅行関係に詳しいスタッフがいて、合理的な解決を指導してくれることも多い。旅行者から苦情を申し立てられたら、まずは誠実に対応して、そこで合理的な解決を図れるよう努力すべきであろう。

 

<ADR法の施行>

「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法令(ADR法)」が、平成19年4月1日から施行される。

   これによれば、同法による一定の要件を備えたADRに対し、法務大臣が認証することができ、その「認証紛争解決事業者」は、報酬を得て和解・仲介ができ、また、和解・仲介の手続の申請に時効中断の効力が与えられる。

これにより日本のADRの制度は、さらに充実したものになるはずである。旅行関係においても、ホテルや航空運送を網羅した総合的で独立したADRの制度ができあがることを期待したいものである。
                                     

118回  法律豆知識   航空会社に預けた受託手荷物の紛失(その1)

 

〈はじめに〉

  航空会社に手荷物を預けたところ、鍵を壊されて中の物が紛失したというトラブルは多い。

  ところが、パソコンやデジタルカメラなどが紛失した時に、航空会社から、約款によりパソコンやデジタルカメラは預かれないことになっているので、紛失については責任をとれないと言われ、賠償してもらえなかったというトラブルもよく聞く。

  また、米国が出発地又は寄港地の場合、手荷物の錠を閉めないよう求められ、その結果、中味の荷物が紛失したところ、航空会社は自分の責任でないと言って賠償を拒絶するというケースもあるようだ。

  現に、本コーナーにもそのような事例が寄せられているので、これらの点について検討しよう。

  

〈条約というものの特質〉

  国際運送に関しては、モントリオール条約が存在し、条約が基礎となってトラブルの解決がはかられることになる。このことは、本コーナーの第101回から繰り返し説明した。

しかし、条約というものは細部についてまで規定されていないということをまず知っておいて欲しい。

各国の国内法制や判例は、各国ごとにまちまちである。イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど、アングロサクソン系の国は、コモンローというわれる判例法が支配しているが、その他の国、すなわちイギリスを除くヨーロッパ諸国や日本を含めたアジア諸国等の大部分は、ローマ法(古代ローマ帝国の民法典)を基礎にしているので、コモンロー国とローマ法国の間は基本が異なる。が、それぞれの法体系国の間では、基礎的な法体系は共通している。しかし、具体的な適用の問題となると、各国でかなり異なるのだ。

そこで、条約は細部まで規定せず、細部は各国の国内立法や判例の蓄積に任せている。従って、具体的なケースの解決としては、その国の法律や裁判所の判断で、解決を図る必要があるのだ。

 

<古い約款と担当職員の無知>

トラブルが起こったときに、航空会社は、約款を持ち出して、自分たちには責任がないと主張してくることが多い。ところがその約款は、必ずしもモントリオール条約に従っているとは限らないことに注意すべきだ。

モントリオール条約では、条約の規定以上に厳しい責任を航空会社に課すのは有効だが、逆に、航空会社に有利にする規定は無効とすることになっている。ところが、実際の約款は、古いワルソー条約時代の規定をそのまま残し、モントリオール条約では無効な規定が堂々と記載されていることが多い。

モントリオール条約は、出発地と到着地が締約国なら適用されるが、いずれかの一方が非締約国だと適用されない。そこで、締約国所属の航空会社も、モントリオール条約の適用されないフライトがあり得るので、ワルソー条約時代の規定を残しているわけである。

JALやANAは、モントリオール条約が適応される場合とそうでない場合を書き分けているが、世界には、そのような親切な航空会社ばかりではないのである。

問題は、このようなかき分けがない航空会社で、いざトラブルが生じたときに、担当職員が、モントリオール条約の適用されるべきケースにもかかわらず、ワルソー時代の条項を持ち出してくることである。当の本人は、モントリオール条約とワルソー条約の区別が付いていないため、自信満々で対応してくるので、やっかいなことになる。旅客側は、もっと判っていないので、結局、モントリオール条約下のケースが、ワルソー条約下の規定で押し切られるということになる。その結果、旅客が、不利な扱いを受けることになる。

 <次回は、以上を前提に、個別ケースを検討しよう>
                                              

119回  法律豆知識  受託手荷物の毀損、紛失(その2)

 

〈約款でパソコンやデジタルカメラなど電子機器を対象外にしている例〉

モントリオール条約では、受託手荷物の破損や紛失に対する責任限度額が約16万円であること、この範囲内では、航空会社は無過失責任を負うことは、本コーナーの第113回で説明した。となれば、この範囲内では、航空会社は無条件で責任を負うはずであるが、若干の問題点が残る。

航空会社の約款では、現金、有価証券や宝石類を損害賠償の対象外にしているケースは多い。そこで、モントリオール条約でも、かかる約款が有効か否かが問題となる。これらは、もともと盗難にあいやすい貴重品なので、かかる約款の存在も理解できないわけではないのだ。

パソコンやデジタルカメラなどの電子機器も、破損しやすいとして、同じく対象外にしていることが多い。破損しやすいものは、機内持ち込み手荷物として、自ら管理するのが常識といえないこともないのだ。

これらの点については、モントリオール条約では、貨物については規定があり、「貨物の破壊、滅失、破損が、貨物固有の欠陥又は性質に基づくときは、これらが寄与した程度に応じて責任を免れる」ことになっている。

他方、受託手荷物については、このような免責規定がない。免責規定がないということは、貨物と対比すれば、免責されることがないと解するのが自然である。そもそも上限が16万円と低いので、この範囲内であれば、無過失で全面的に責任を負うと言うのが、条約の素直な解釈と思われる。

とはいえ、貴重品や、極めて壊れやすい精密な機械類を、無造作に預けて置きながら、あとから賠償請求できるというのも、航空会社としては、納得行かないところであろう。ことに、搭乗手続きに当たって、貴重品や壊れやすいものは、預託しないように警告して置いたのに、敢えて手荷物の中に入れて置いたという場合は、なおさらといえよう。

旅客側の落ち度が大きいときには、裁判になれば、過失相殺の法理あるいは権利濫用の法理等で、旅客の請求が制限される余地もあろう。

もっとも、このような細かな争点については、条約の文言だけでは判断しきれないので、各国の裁判所が判断し、判例としてその国での実務の基準ができあがるべきである。しかし、日本は、本コーナー前々回に述べた通り、裁判が異常に少ない国であり、参考になる判例はいまだ存在しない。

 

〈鍵を開けておくように求められた時〉

  米国便に於いては、テロ対策上、受託手荷物の鍵を開けたままにしておくことが求められることも多い。この場合に中の手荷物が紛失すると、どうなるのだろうか。

航空会社としては、鍵をかけないようとの指示は当局の指示によるものだから紛失には責任を負えないと主張しがちである。

しかし、モントリオ−ル条約では、貨物についてだけは、「入、出国、通過の際に取られた当局の行為に起因することを航空会社側で証明できたときには、その寄与度に応じて、航空会社は免責される」ことになっているが、受託手荷物には、かかる規定はない。

受託手荷物について、かかる規定がない以上、責任限度額(約16万円)までは、航空会社が無条件で責任を負うと解釈せざるを得ないであろう。

ただ、その際、現金等の貴重品をその中に入れておいたときには、航空会社の免責があり得るかについては、検討の余地があることは前述の通りである。

 

<次回に続く>
                                                         

 

120回  法律豆知識

 受託手荷物の紛失(その3)

 

 

〈上限を超えた場合〉

  モントリオ−ル条約では、上限(約16万円)を超える手荷物を預ける場合、その金額を申告し、所定の割増料金(従価料金)を支払えば、上限を超えて責を負ってもらえる。

また、破損、紛失等につき航空会社側に故意があれば、上限はなくなる。

さて、自分では、100万円の価値があると思い、その旨申告して従価料金を支払ったとしよう。ところが、条約上、航空会社は、対象物がそれだけの価値がないことを証明できれば、実際の価値分だけ責任を負うことになっている。しかも、評価は、到着地での基準で算出することになっている。運悪く紛失し、到着地の外国ではそれが50万円の価値しかなかったとしよう。航空会社は、そのことを証明できれば、50万円の賠償でよいことになる。  

手荷物を預けるときに、空港で、そのものの価値を正確に鑑定するのは不可能に近い。職員は忙しいし、専門の鑑定士がいるわけでもないからである。従って、まずは旅客の申告に基づいて従価料金を決めるというのが、モントリオール条約の立て付けなのである。

しかし、旅客としては、ハッタリで高く申告しても、従価料金だけ高くなるだけで、賠償額が高くなるわけでない。逆に、安く申告すると、その範囲内でしか、賠償してもらえない。価格の申告は、結構大変である。

 

<航空会社の説明責任>

  例えば、80万円相当の手荷物が紛失した場合に、従価料金の制度があることを知って いれば、その手続をとっていたにもかかわらず、航空会社側の説明がなかったので、その 制度を知らないまま、特別の手続をせず預けた場合はどうなるのだろう。

  航空会社の説明が不十分な場合には、航空会社の故意に準じて、責任の上限を認めないという解釈もあり得る。

  現に国民生活センタ−の処理に於いては、その苦情処理専門委員会小委員会助言というかたちで、そのような考え方のあることを示している。つまり、航空会社は、80万円の責任を問われることになる。

  ただ、これに対しては、航空会社側からは、約款をウエブサイト上で公開して従価料金の制度の存在を示しているので、説明責任はそれで十分との反論も予想される。

  しかし、約款は、かみ砕いた説明がないと、一般人にとっては、その意味がよく判らないというのが実際である。

  航空会社の説明責任はどこまであるか、この点についても、裁判所の判断がほしいところである。とはいえ、日常の実務としては、約款上の制度は、旅客にも判るように工夫して説明するということを、航空会社には望みたい。

 

〈管轄〉

  最後に管轄について述べておこう。

  モントリオ−ル条約では航空会社に於ける死傷事故の場合は、旅客の居住地でも裁判を起こせるが、手荷物の遅着の場合の裁判管轄は、@航空会社の住所地、主たる営業所の住所地、A航空会社が契約を締結した営業所の所在地、B到達地だけである。つまり、この@ABのいずれかの要件を満たさないと、旅客としては、自己の住所地では裁判を起こせないのである。

  現在日本人も国際的に活躍しており、外国で航空券を手配し、外国の航空会社により、到着地も外国という旅行も多い。この場合は、日本では裁判を起こせないし、日本法の適用を求めることも出来ない。

  また、国内航空の場合は(国際線の乗り継ぎを除く)、それがどこの国であっても、モントリオ−ル条約の適用はなく、各航空会社の約款に基づいて処理されることになるので、注意を要する。

 

  <航空関係は、今回で一区切りし、次回は別のテーマを検討する予定である>
                                                         

121回  旅行業者のリスク管理(その1)

 

〈はじめに〉

  旅行には危険はつきものである。海外でのバス事故では、旅行業者の責任が正面から問われる。山岳ツアーやスキューバーダイビングツアーでも、死傷事故がくり返され、旅行業者が責任を負うケースも多い。

  事故が発生しないよう、事前の対策を講じるのが第一であるが、仮に発生しても、事前に必要な対策を十分にしていれば免責されることも十分ありうる。旅行業者に於いては、日常のリスク管理は極めて重要である。

  このリスク管理の構築にあたり、過去の判例を分析して、そこから多くの教訓ないしヒントを得るという作業は重要である。とはいえ、本コーナーでくり返したが、日本では裁判になるケースがまれで、判例は極端に少ない。その中で、敢えて重要判例をいくつか拾い上げて検討しよう。

 

〈リーディングケースとしてのカラコルムハイウェー事件と新判例〉

古いケースではあるが、昭和59年9月9日、パキスタンのカラコルムハイウェーで起きたバス事故に対する、東京地裁昭和63年12月27日の判決は重大な意義を有している。

事故は、バスでカラコルムハイウエーを移動中に、路上の岩にぶつかったタイヤがバーストして、それによりバスの運転手がハンドルを取られて谷底に転落し、4名が死亡し、9名が負傷という大事故になったものである。

バスのタイヤが丸坊主という事情があり、そのためにバーストが起きたか否かが最後まで争点となったが、裁判所としては、丸坊主でなくても当該バーストが起きたか否か判断しかねるとして、そのようなバスを運行させているバス会社をサービス提供業者に選択した旅行業者の責任を、最終的には否定して原告の請求を棄却した。

しかし、裁判官としては、旅行業者の責任がないとすることについてはかなり抵抗感があったと見え、その理由中で、旅行業者には、バス業者の選択を含め極めて厳しい安全確保義務がある旨の詳細な判断をし、本件の旅行業者はその安全確保義務に反していたとと読まざるを得ないような内容であった。

そのため、旅行業者は、現地で使用されているバスのタイヤの状況まで点検する義務があるのか、その場合添乗員はどこまで責任を負うのかという、かなり深刻な問題提起を受けた。

従ってその内容は、旅行業者にとっては、リスク管理の上では多くの示唆するものを含むが、他方、いかなる場合、あるいはいかにすれば、免責されるかという面については、新たな判例の展開が望まれていた。

しかし、とにかく判例の少ない日本であるため、その期待に沿うような判例が、なかなか出現しなかった。

そのなかで、スキュ−バダイビングの講習中に起きた死亡事故に対する大阪地裁平成17年6月8日判決は、大変参考になる。

この判決は、受講生の死亡に対し、インストラクタ−と、スク−ルを実行した会社に、損害賠償義務を認めたが、ツア−を企画(主催)した旅行業者の責任を否定した。

この場合に、なぜ旅行業者が免責されたかを検討すると、旅行業者が、日常のいかなる方法でリスク管理をすべきか、多くの教訓を提供してくれる。

     

   〈次回は、カラコルムハイウエー事件と対比しながら、この大阪地裁判決を検討しよう>
                                                         

122回 旅行業者のリスク管理(その2)

 

〈なぜ、旅行業者は免責されたか〉

  大阪地裁判決では、スキュ−バダイビングの受講生一人が死亡したという重大事故が発生したにもかかわらず、かようなライセンス取得ツア−を企画した旅行業者の責任は問われなかった。

なぜ、責任を問われなかったかと言えば、普段からの「リスク管理体制」がしっかりと構築されていたからである。

この旅行業者は、ダイビングスク−ル選定の選定基準として、

@     現地ガイド歴5年以上の経験を持つインストラクタ−が1人以上いること、

A     常勤インストラクタ−スタッフが2人以上いること、

B     10億円以上の保険に加入していること、

C     過去にダイビングショップ側の過失が原因の重大事故が発生していないこと

を定めていて、現実にこの要件を全て満たすダイビングスク−ルを選定していた。

裁判所は、この選定基準については、「ダイビングサ−ビスの運営実態に沿った客観的、実効的かつ現実的な基準であり、ダイビングショップの選定基準として適正かつ妥当なものと評価することが出来る」と判断した上で、このような基準を満たしているダイビングスクールを選定した以上、「それ以上にダイビング業者の内部的な安全教育の内容・程度・個々のインストラクタ−の技量・経験の程度、非常事態の際の対応等につき、個々具体的に調査することは困難であり」、旅行業者にとって、「本件事故の発生は認識・予見することはできなかったものと言わざるを得ない」と判断した。

 

〈「リスク管理」の重要性〉

  私は弁護士として様々な業界のリスク管理状況に接してきたが、旅行業界は、その業務が常に危険と向き合っているにもかかわらず、「リスク管理体制」の構築という点では、かなり遅れているというのが正直な実感である。その中で、このような、選定基準を設けている旅行業者がいると言うことは、頼もしく感じている。

  とはいえ、今回の旅行業者の選定基準は、やや簡略な印象を受ける。過去のスクールの運営実績、例えば今までの開講期間、受講数なども基準に入れれば、更に充実できるはずである。

  しかし、この程度の選考基準でも免責されうるということが重要である。日頃の「リスク管理体制」がいかに重要かを理解してもらえると思う。

  勿論、「リスク管理」を徹底するということは、事故が起きたときに免責されるというだけでなく、事故の発生そのものを限りなくゼロに近づけるということであり、それが第一の目的である。

大きな事故の前には、多数の小さなトラブルがあったはずである。そのトラブル例を確実に収集できる体制作りも、「リスク管理」として、極めて重要である。現場からあがってくる情報の他、クレーム情報も貴重である。これらの情報を分析して、なぜそのようなトラブルが起きたかを突き止め、必要な対処をするとともに、選定基準も常に見直す努力が必要である。

このような日常の努力は、事故の発生を限りなくゼロに近づけるとともに、いざ事故が起きた時には、免責を受け得ることになるわけである。

 

〈ダイビングスク−ルとインストラクタ−が責任を問われたことに注意〉

  本件では、ダイビングスク−ルとインストラクタ−が共に責任を問われ、連帯して約8530万円の損害賠償を命じられている。

  なぜかといえば、このダイビングスク−ルには、「リスク管理体制」が構築されていなかったからである。

  死亡した受講生Aは、ダイビングにはほとんど未経験であったにもかかわらず、午前中にプ−ル実習しただけで、その日の午後には海洋実習に入っている。しかもAは、「プ−ル実習に於いて、予定時間を2時間近く超過する訓練が必要となるほどレギュレ−タ−クリア等の実技の訓練に失敗し、各実技につき1回しか成功していなかった」とのことで、裁判所は、Aは「基本的潜水技術を十分に習得できなかったと言わざるを得ない」と認定している。

  にもかかわらず、このダイビングスクールは、Aを、沖合120m、水深4.2mの海洋で実習させた。そして、その最中、Aは、海底でマスクの脱着訓練の時、息苦しさを訴え、インストラクターと共に海面に浮上したが、その後意識を失った。病院に搬送され入院治療を受けたが、10日後死亡。判決では水を吸飲したことによる溺死と認定された。

裁判所は、スクールとインストラクターには、「基本的潜水技術を十分に習得していなかった」者を「同技術を習得するまで海洋実習を行うことを控えるか、海洋実習を行うにしても足が立つ浅瀬で訓練を継続すべき注意義務」があり、本件では「漫然と本件ダイビング地点に連れ出した過失が認められる」と認定した。

  スキューバーダイビングは、それ自体高度に危険を伴うものである。海洋実習をさせるには、いかなるレベルの技量が必要か、十分に検討し、受けさせるための明確な基準を設けておくべきだったし、技量に応じたプログラムが必要だったはずである。

  そのような「リスク管理」体制を普段から構築しておけば、そもそも本件の事故は起きなかったかもしれないし、起きてしまった場合には、綿密な原因の究明がなされ、ダイビングスクールやインストラクターの「安全配慮義務」を越えた不可抗力によるものとして、免責される余地もでてきたはずである。

いずれにせよ、本件は「リスク管理体制」の必要性を教えてくれる格好の事例である。

 <次回は、今回の検討を前提に、カラコルムハイウエー事件を検討してみよう>

                                                      

123回 旅行業者のリスク管理(その3)

 

〈カラコルムハイウェー事故はどうだったか〉

カラコルムハイウェー事件は、4名が死亡するという大事故であったが、裁判所は、「当該主催旅行の目的地が外国である場合には、日本国内における平均水準以上の旅行サービスと同等又はこれを上回る旅行サービスの提供をさせることが不可能なことがありえ、また、現地の旅行サービス提供機関についての調査にも制約がありうるから、特に契約上の内容が明記されていない限り、旅行業者としては、日本国内において可能な調査(もとより、当該外国の旅行業者、公的機関等の協力を経てする調査をも含む。)・資料の収集をし、これらを検討した上で、その外国における平均水準以上の旅行サービスを旅行者が享受できるような旅行サービス提供機関を選択し、これと旅行サービス提供契約が締結されるよう図るべきであり、さらには、旅行の目的地及び日程、移動手段等の選択に伴う特有の危険(たとえば、旅行目的地において感染率の高い伝染病、旅行日程が目的地の雨期にあたる場合の洪水、未整備状態の道路を車で移動する場合の土砂崩れ等)が予想される場合には、その危険をあらかじめ除去する手段を講じ、又は旅行者にその旨告知して旅行者自らその危険に対処する機会を与える等の合理的な措置を採るべき義務がある。」と、述べている。

この中で、「その危険をあらかじめ除去する手段を講じ」るべきとか、「旅行者にその旨告知して旅行者自らその危険に対処する機会を与える等の合理的な措置を採るべき」などといっているが、そういわれても、具体的にどうしたらよいかとなれば、ほとんどノーアイデアという状況になりかねない。

しかし、裁判所は、人が死亡したというような結果がでれば、それを防止すべき義務ということについては、厳しい判断をしてくるものである。マスコミも同情してくれない。

このカラコルムハイウェー事件の判決に対しては、前述した大阪地裁判決を読んだ方は、普段からの「リスク管理体制」の構築がいかに大事か理解してくれると思う。

大阪事件で、ダイビングスクール選考基準を明確に定め、その内容が合理的、適切で、かつ、その基準にのっとって選択したことから旅行業者は免責された。

海外のバス事故でも、ふだんから明確で合理的なバス会社の選考基準を設けて、それを遵守していれば、免責される可能性は高くなる。

他方、大阪地裁判決で、インストラクターやダイビングスクールが損害賠償責任を負ったのが、「リスク管理体制」の不備が根本原因であった。つまり、事前に、管理体制の整備がなされていなかったわけである。前回の述べたように、普から管理体制の構築があれば、責任を免れた可能性は十分にあった。更に言えば、事故自体を防止できた可能性も高い。

とはいえ、カラコルムハイウエー事件では、今述べたように、「旅行者にその旨告知して旅行者自らその危険に対処する機会を与える等の合理的な措置を採るべき」などと言っている。現場で「告知」するのは添乗員ということになるが、添乗員は一体何を「告知」しろというのだろうか。 添乗員の責任については、検討すべき事項は多い。 

 

<バス会社の選択基準>

まず、バス会社の選択について、検討してみよう。

一般的には、

@     バス事業に就き、公的ライセンスを受けているか

A     会社の規模、営業実績、在籍国での位置づけ

B     運転手は公的ライセンスを受けているか、運転経験

C     運転助手について

D     使用バスの条件(車種、年式、走行距離、タイヤその他安全装置の状況

E     その他、ルートの危険性やその国の特殊性からのチェックポイント

F     そのバス会社は過去に大事故を起こしていないか

等のポイントが、基準になろう。

また、これらのポイントは、先進国、発展途上国、その地域の特殊性などで、内容は変わるはずである。

 

<現地調査の重要性>

今述べたカラコルムハイウエー事件では、裁判所は「旅行業者としては、日本国内において可能な調査(もとより、当該外国の旅行業者、公的機関等の協力を経てする調査をも含む。)・資料の収集をし、これらを検討した上で」バス会社を選択すれば足りるというような言い方をしている。

しかし、現地調査は重要である。初めてのルートの場合は、必ず人を日本から現地調査に派遣してもらいたい。

そして、更に大事なことは、前回述べたように、現場からのフィードバックである。現地を旅行した添乗員は勿論、旅行者自身からも、問題点があれば、どんどん報告させ、あるいは、情報提供をしてもらうことである。

このような努力は、事故の防止に役立つと共に、事故が起きてしまっても、選択基準の設定と相まって、旅行業者が免責される可能性を高めるものである。

 

<添乗員に関する基準については、台湾でのバス事故である平成元年6月20日の東京地裁判決に、看過できない論述があるので、それを紹介しながら、次回さらに検討しよう>
                                                          

124回 旅行業者のリスク管理(その4)

 

〈台湾のバス事故の判例〉

  昭和61年2月24日午前7月55分頃、台湾で日本の旅行業者が企画・募集したパック旅行を実施中、乗車したバスが、道路から逸脱・転落して旅行者ら8名が死亡するという大事故が発生したが、これに対する東京地裁平成元年6月20日判決は、数少ないバス事故の判例として重要である。

  転落の主原因は、運転手が対向車とすれ違う際、ハンドルを切りすぎた過失によるものであると認定されたため、旅行業者の安全確保義務とは関係なく事故は起きたとのことで、幸いに旅行業者ないし添乗員は責任なしと判断された。

 

〈添乗員の過失に関する判示〉

  ただ、本件は8人が死亡するという大事故だったため、ことに添乗員が事故を防止しえなかったかが争われた。その結果、結果的には、添乗員は、「運転手に対し、本件バスの運転をやめさせるための措置を講ずべき義務を負うに至ったとまでいえない」し、「その余の措置を講ずべき義務を負うに至ったとも言えない」と判断され、責任を負わされることはなかった。

が、その前提となる一般論として、「外国におけるバス事故だったという特殊性をふまえ、また、「添乗員がバスの走行中に運転手に注意・指示等を与えることはかえって事故を発生させる原因となりかねない」という現実も認識した上で、「添乗員の右義務は、当該バス車体の老朽又は著しく摩耗したタイヤが装着されている等外観からこれを当該旅行行程に使用することが危険であると容易に判断しうるときに右バスを使用させない措置を採ること、酩酊運転、著しいスピード違反運転又は交通規制の継続的無視のような乱暴運転等を惹起する可能性の高い運転がされているときにかかる運転をやめさせるための措置を採ること、台風や豪雨等の一見して危険とわかる天候となったときに旅程変更の措置を採るべきことに尽きるものと解するのが相当である」と判示した。

 

〈添乗員が現場ですべきこと>

添乗員が、現場で対処すべきことは多い。

運転手が酩酊していることが判れば、それが出発時であれば、運転手の交替を求めざるをえないし、休憩地で運転手が酒を飲んでいるような状況を発見すれば、すみやかに飲酒を中止させるべきであろう。

裁判所のいうとおり、無造作な注意は事故を誘発する虞もあるが、スピード違反等、交通法規の無視をくり返し、危険を感じるようであれば、それをやめさせ安全運転を求めるべきであろう。

また、台風等の自然災害に遭遇すれば、旅程変更などの処置をとって旅行の安全を確保することも当然である。

これらの場合は、現地の添乗員の適切な対処が望まれるところではあるが、必要なときに、必要な対処が出来るようにするためには、それを可能にする、リスク管理体制を事前に構築しておくという努力は絶対必要である。

さて、問題は、車体の老朽化やタイヤの摩耗などがみられる場合に、そのバスを使用させないようすべきという部分である。

裁判所は、「外観」から「容易に判断しうる」場合にはというかたちで絞りをかけているので、よほどひどく、いかにも危険な場合を想定しているようであるが、それでも現場での判断は難しいであろう。ことに、前回紹介したカラコルムハイウェー事件では、当時のパキスタンは、丸ぼうずのタイヤが一般的で、正常なタイヤの確保が難しい状況であったようだ。このような国情では、添乗員に対処を押しつけてみても、代替車の確保自体が望みがたく、現実的でない。

使用するバスの状態などは、事前のリスク管理体制の中で、解決を図るべきものである。

 

<リスク管理体制の必要性>

結局、バス事故を防止し、仮に起きてしまっても、免責されるためには、事前に旅行業者とバス会社との間で、詳細な運行契約を結んでおく必要があり、これがリスク管理の基本となる。

バス会社の一般的な選択基準については、前回説明した。その中で、発展途上国ではことに(5)項の「使用バスの条件(車種、年式、走行距離、タイヤ、その他の安全装置の状況)」は重要である。事前に、現地バス会社と詳細に交渉し、これらに関する詳細な運行契約を結んでおく必要がある。そして、この運行契約にそって、現地で添乗員が何をチェックすべきか、あらかじめ必要な「チェックリスト」を用意し、そのチェックを励行させるとともに、もし違反があった時には、いかなる対処をすべきか、明確かつ具体的にルール化しておくべきである。

また、チェックリストでは、運転手が酩酊しているとき、運転が乱暴なとき、災害に遭遇したときなどに、いかに対処すべきか、具体的で現実的なルールが定められている必要がある。

現在、全世界の広い地域で、携帯電話が使用可能である。対処の方法としては、添乗員の現場判断に全てを任せるのではなく、添乗員に携帯電話を持たせ、かつ、24時間連絡を受けられる体制を作り、日本から指示できる体制をつくることもリスク管理としては効果的である。

 

<フィードバックの重要性>

そして、本コーナーではくり返し述べたが、現地で生じた問題点やトラブルは、たとえ小さなものであっても常にそれをフィードバックして収集し、それを分析して大きな事故を防止すべきであり、フィードバックしてきた情報を分析して、「リスク管理体制」を見直し、且つ充実させる日常の努力が最も重要である。

例えば、行程に無理があるという情報があれば、速やかにその是非を検討すべきである。運転手の乱暴な運転も、それが無理な旅程からくることも多いようだ。このような情報があるのにそれを無視していると大事故が発生するのである。
                                    

125回 航空券手配に関する最近のトラブル例

 

最近相談を受けた事例の中から、よくあるケースを検討しよう。

 

〈ケース〉

  Aは、旅行業者たるB社に対し店頭で、格安航空券の手配を申込んだ。B社は、航空券が取れた旨Aに返事した。

  ところが、AはB社の担当者の態度が気に入らず、同じ航空券をC社に申込み、同じく取れた旨返事を受けた。

  数日して、C社は航空会社から同一人から予約を受けたので、予約を取り消すとの返事を受けたため、やむなく、Aに航空券の交付が不可能な旨伝えた。そのため、Aは、割高な航空券を買わざるを得なくなった。

  Aとしては、B社には期限までに申込金を支払っていないので手配も取消になっているはずだし、二重に申し込むと駄目になるような説明はどこからも受けたことはないので納得できないとし、B社とC社に対し、自己が買わざるをえなかった割高航空券と格安航空券の差額を損害賠償として請求するに至った。

  尚、C社は、申込金の方法はとらず、エアーチケットと代金の引換の方法をとっていた。

  航空会社が、このように二重の予約を嫌う事例は最近よく耳にする。この場合の解決は、意外と難しい。

 

〈B社の責任〉

  手配契約の成立も、原則は、旅行業者が契約の締結を承諾して、所定の申込金を受理した時に成立するのが原則である(手配旅行契約約款7条1項)。

  この原則からすると、B社に関しては、Aは必要な申込金を支払っていないし、代金も支払っていないので契約は成立していない。かつ、B社が申込後それを放置したのであるから責任はないといえよう。

  尚、本件は店頭売買であったが、インターネットによる場合のような「通信契約」の場合は、申込金の授受と関係なく、承諾の通知により契約が成立するので注意を要する(同7条2項)。この場合は、次のC社と同じ立場になってしまうのだ。

 

〈C社の責任〉

航空券の販売方法として、申込金方式をとらず、代金と航空券の引換という方法をとると口頭の申込に対しても、旅行業者が承諾すると契約は成立してしまう(同9条)。従って、C社とAとの間には、手配契約は成立している。

となれば、C社は、格安航空券を交付する義務を要するはずだが、本件では、Aが二重に手配したという原因で交付ができなかった。そのため、C社には違法性はなく、契約違反を問われることはないと言えそうである。

しかし、本件は、さらに厄介な問題がある。二重に申し込むと航空会社が発券を拒否するという事実は一般の顧客は知らない。となれば、旅行業者側にこの点に関する説明義務があるのではないかという疑問が残るからである。

 

<説明責任はあるか>

この問題点は、かなりの難問である。私自身は、二重に申し込んで放置するということは、一般の社会通念からしても是認されるべき態度でなく、このような顧客を保護する必要はないので、C社に説明責任まではないと考えるが、反対説も当然予想される。

無用なトラブルの防止という予防法学的には、何らかのかたちで、二重に申し込むと、予約を取り消されることがあり得ることを、周知させたいものである。
                                                        

126回 パッケージツア___ヨーロッパと日本の違いから新しいビジネスチャンスのヒントが生まれる

 

〈日本でのパッケージツアーの発達〉

  日本の海外旅行はパッケージツアーからスタートした。

  日本から海外へは慣れない航空機を利用しなければならないし、語学力の不足、異文化に対する不慣れから、添乗員が出国から帰国まで面倒をみる、全部お任せ的なパッケージツアーが大いに発達した。

  この種のパッケージツアーは、料金も安価にできることから、日本人の海外旅行の拡大に多大な貢献をした。

  旅行業者側にとっても、パッケージツアーのうち、先にパッケージの旅行商品を開発し、その上で旅行者を募集する「募集型」の企画旅行が、営業として効率がいいため、日本のアウトバウンドの旅行業は、この「募集型」の企画旅行を中心に発達したわけである。

  ところが、ヨーロッパとなると、事情は一変する。

 

〈ヨーロッパのパッケージツアー〉

  ヨーロッパ域内は、もともと国際交流が陸路で頻繁に行われていたことから、パッケージ方式の必要性は少なく、例外的であった。

  しかし、旅行商品の多様化の中で次第に増加し、1990年にはECディレクティブのなかで、パッケージツアーが定義されるに至り、これを機会に、ヨーロッパ各国でも、パッケージツアーに関する法令が急速に整備されるようになった。

  その後インターネット時代となり、複数の旅行素材が同時に発注できるようになってからは、ヨーロッパでもパッケージツアーが急増し、ことに最近のローコスト・キャリア(例えば、アイルランドのライアンエアー)の拡大の中で、この傾向は一層拍車がかかるようになったようだ。

 

〈日本とヨーロッパの違い〉

  日本では、パッケージツアーから海外旅行は発展したが、ヨーロッパは逆に、最近になって、パッケージツアーが利用されるようになったわけである。

しかし、 実は、法律上の「争点」は、日本とヨーロッパでは全く異なるので、興味深い。

  日本では、企画旅行のうち「募集型」と「受注型」の区別が重要だ。

  「募集型」の方が、多くの旅行者を集めることができ、商売としてうま味がある。しかし、そのため、「受注型」しかできない第三種の旅行業者にとっては、この区別が深刻となる。その結果、サンプルの旅行商品を広告し、それが脱法にあたるおそれがあるとして、問題化しているのが現状である。

  ところが、ヨーロッパでは事情が変わる。そこでは、そもそも「パッケージか否か」の区別が重要な争点となっている。前述のECディレクティブでもそうであるが、両者をわける最も重要なポイントは、料金が「包括的」(inclusive) かどうかである。料金が「包括的」であればパッケージと見るし、そうでなければ、パッケージとは見ないのである。とはいえ、「包括的」か否かの判断は、結構微妙で、この点に関する多数の判例が出現している。

なぜ、「パーケージか否か」がそんなに重要かというと、パッケージとなると、旅行中での事故に対し、サービス提供業者のみならず、商品としてのパッケージを企画した旅行業者も責任を負うことになるので、旅行業者としては、なんとか「包括性」を回避して責任を避けたいわけだからである。そのため、ヨーロッパ各国では、この点に関する訴訟が多数発生しているのだ。

  このようにヨーロッパと日本では、同じパッケージでも「争点」は大いに異なる。

 

〈新たなビジネスチャンスの予感〉

  日本でも、「包括的」でなければ、特別補償も、旅程補償も必要なくなる。つまり、まとまった旅行商品としての責任は無くなるので、ヨーロッパと事情は同じはずである。

にもかかわらず、「包括的」か否かは、日本では、深刻な「争点」とはならない。その理由は、日本では、値段は「包括的」であっても、「募集」できなければ商売としてうまみが無く、利用頻度が少ないからであろう。そのため、前述の通り、日本の争点は、「募集型」か、「受注型」かなのである。

日本でも旅行者の行動態様は多様化し、インターネットでの発注も急増している。 例えば、ウエッブサイトでオーストラリア国内での安いバスツアーを発注すると同時に、同じウェブサイトで格安航空券を購入するというようなパターンが一般化しているのだ。

このような状況を見ると、インターネットを駆使できれば、「受注型」でも、儲かる商売は可能なはずである。現に、ヨーロッパの旅行業者は、そのようにして、大いに稼いであるのである。

  こうなれば、日本でも、第三種の旅行業者でもインターネットを活用することにより、ビジネスチャンスをどんどん増やすことが可能なはずだ。

  もっともそうなれば、特別補償や旅程補償という責任を回避すべく、「包括性」を避けようとする業者も増え、まさに、ヨーロッパ型の「争点」の多発も予想される。

  いずれにしても、旅行業界にとっては、今後はインターネットにより新しいビジネスチャンスを提供してくれるであろうし、同時に、新しい問題も招来するであろう。