80回 添乗員無しのツアーの落とし穴

 

日本から添乗員が同行しない時には、緊急時の連絡先を確実にし、適正な対処が出来るような体制を整えておくことが必要である。この体制が不十分なため、旅行者が緊急事態に直面した際、旅行会社から必要なサポートが得られずパニックとなるケースがしばしば報告されている。今回は、緊急時の連絡先の体制づくりがいかに大事か検討しよう。

 

<どんな事態が起こるのか>例えば、帰国にあたり、現地添乗員やガイドが、チェックインの手続きを済ませ、旅行者をゲートの中に送り込んでも、旅行者がそのまま無事に搭乗できるとは限らない。オーバーブッキングがあり、搭乗手続きが取り消されるというトラブルも起こりうる。勿論これは航空会社側のミスであるが、現実に起こりうるし、起こると旅行者はパニック状態になる。

旅慣れている者や、語学に堪能な者ならこのようなトラブルに直面しても、何とか自力で切り抜けるであろう。が、パックツアーの旅行者の多くの者にとっては、そうはいかない。語学力の不足から、何が起きたかを理解するのも困難である。

トランジットが必要な場合には、トランジット時のちょっとしたトラブルでも、添乗員がいないと、旅行者がパニックに陥ることも稀ではない。

 

<緊急連絡先の必要性>このように旅行者が添乗員無しでいるときにトラブルに遭遇したときには、その解消のため緊急連絡先の存在が重要となる。連絡を受け、航空会社と必要な交渉をし、あるいは、適切なアドバイスをしてパニックを解消することが出来れば、トラブルは最小限ですむはずだからである。

ところが実際は、この緊急連絡先が必要な機能を果たせず、深刻なトラブルに発展することが多い。連絡しても不在で連絡が付かない。人が出ても、日本語が出来ず、何の役にも立たない。日本語が出来ても必要な対処が出来ない。その結果、旅行会社側が、パニック解消のために何の役割も果たせないという例が後を絶たないのである。

 

<対策は>添乗員が付かないパックツアーを出すときには、24時間適切に機能する緊急連絡先が絶対必要である。夜間は営業していませんではすまないし、勝手の分からない人間をおいていても意味はないのである。

 現地の緊急連絡先が充実した体制を保持していることが理想であるが、あらゆる地域で、完璧を帰すのは困難であろう。となると、日本に緊急連絡のセンターを設け、専門のスタッフが24時間対応できるバックアップ体制を整えておくという方法が考えられ、これが効果的であろう。

 携帯時代なので日本に簡単にアクセスできる。ことにこれからは、このような日本のバックアップ体制は重要性を増すであろう。

 さらに、担当スタッフの教育にも努めてほしい。いくら連絡を受けても、適切な対象が出来なければ何の意味もない。適切な指示とアドバイスをし、必要とあれば空港職員と交渉できる能力を養成しておくひつようがあるのである。

また、そもそも、現地のコインやカードがないため、旅行者が空港から緊急連絡先へ連絡が出来ないことも多い。このようなケースに対する対策としては、「それを所持する旅行者に変わってここに連絡して欲しい」旨の空港ないし航空会社職員宛の英文のメッセ−ジを持たせ、それを旅行者に持参させるという方法もある。添乗員がつかない場合には、このようなきめの細かい配慮もして欲しいものである。

さらに、添乗員がいても、添乗員が直近にいないという事態もありうるし、突然のフライトキャンスルなどのため、急遽二つのグループに分かれて移動せざるを得なくなり、添乗員がつかないグループが出来るということもありえる。このような事態を考えると、緊急連絡先体制づくりは、添乗員がついている場合も、決しておろそかに出来ないことを忘れてほしくないものである。

                                  

81回 広告での食事の写真

 

<始めに>パンフレットや広告の写真については、第66回で解説した。

JATAの「旅行広告作成ガイドライン」では、旅行日程に関係のない旅行目的地のイメージ、旅情等を写真又はイラストを用いて表現するときは、原則的には、写真、イラストがイメージである旨を明示する必要があるが、日程表の記載のない、表紙や目次、旅行コースについての一般情報等を提供するページや、旅行手続き案内などのページでは、イメージである旨を明示しなくてもよいとされている。

 

<食事の写真やイラスト>風景写真などは、この原則論でかまわないと思われるが、食事については、もう少し細かな検討が必要と思われる。

食事の善し悪しは、その旅の成否を決めるくらい重要である。食事に満足できないと、その不満は相当尾を引くし、他の面も不満になってしまうことも多いようだ。しかも、パンフレットに掲載されていると、そのような食事が食べられると、思いこんでしまう傾向が強いようだ。

景色の写真であると、確かに、日程表のあるページでなければ、単に旅情を駆り立てるだけのものと思えても、食事となるとそうはいかないようで、あとから苦情が来るケースが目につく。

食事の写真やイラストは、それにより旅情をかき立てられるというより、それが食べられるはずという具体的な情報として受け止められる傾向が強いようだ。

したがって、無用なトラブルの防止の観点から、食事については、仮に日程表の記載のないページであっても、実際に出される料理のみを記載することに努め、そうでないときには、イメージ写真であることを明示した方が良いであろう。

 

<グルメツアーの注意>最近は、旅なれた旅行者が増え、パックツアーでも特色を出さないと売れない時代になった。グルメツアーも、その一つで、人気も高いようだ。しかし、グルメツアーの場合は、さらに慎重な対処が必要と思われる。

ガイドラインでは、「グルメツアー等と称して、名物料理等の特別な料理を賞味することを目的とする旅行では、提供される料理の内容を具体的に表示すること。ただし、利用する店がその店名を表示するだけで、提供される料理内容が旅行者にも容易に判り得るほどの有名な店であるときは、具体的な料理内容は省略することができる」とある。

「提供される料理の内容を具体的に表示」となると、厳しすぎると感じるかもしれない。が、グルメと謳った以上、旅行者は、うまいものが出るはずと期待している。その期待と実際とのミスマッチがあると深刻なトラブルが生じてしまうのである。

この種のトラブルを防止するには、事前に料理の内容を具体的に呈示し、かつ、それに相応する料理を出すことである。ガイドラインはそのことを言っている。

グルメツアーでは、仮に日程表に記載のないページでの掲載でも、この原則を貫いた方がよいと思われる。

料理の写真は、料理の具体的内容を最も端的に、かつ印象深く提供するものである。従って、グルメツアーでは、仮に日程表に記載のないページでの掲載でも、料理の写真があれば、そのような料理が出ると誤信される危険は強い。イメージである旨表示すれば、ガイドラインの趣旨は満たすであろうが、実際はそれだけでは危険なのである。むしろ、実際には出ない料理の写真やイラストは、パンフレットのどこのページにも掲載しないことにした方が無難であろう。
                                                             

82回 準備のための視察旅行は誰の負担か

 

最近の相談事例で次のようなものがあった。

 

ある業者団体が、組合員を対象に定期的にバリ島健康ツアーを出すことを計画し、旅行業者のA社と交渉を開始した。その準備の一環として、事務局長夫婦がA社の担当者とバリ島を視察旅行をした。ところがその後、その業者団体の都合で、健康ツアーを出すこと自体が中止となってしまった。A社は事後処理として、バリ島視察旅行の旅行代金を業者団体に請求したが、業者団体は支払いを拒絶。そこで、A社は、実際に旅行した事務局長夫婦に請求したが、同夫婦も拒否し、トラブルとなってしまった。

 

 

<各人の言い分>旅行業者の言い分は単純である。バリ島健康ツアーが成立するなら、準備の視察旅行費用は後に回収できるので特に請求しないが、実現しなかった以上、払ってもらわなければ困るというものである。

事業者団体の言い分は、バリ島健康ツアー自体が当時実行するかどうか検討段階であったし、そのことは旅行業者もよく知っていたはず。準備段階の費用は、それぞれのリスクで解消すべきもので、駄目になったからといって後から請求されても困る。

担当者夫婦の言い分は、バリ島旅行はあくまでも事業者団体の職員として行った業務上のもので、個人として費用負担するのはおかしい。実際の視察旅行も、仕事だったので自由はなく、旅行を楽しむ余裕もなかった。妻が同行したのも、自分一人で十分と言ったのに、旅行業者が「是非奥さんも」ということだったからで、妻も旅行はたいして楽しんでいない。

 

<何が問題だったか>このようなトラブルは時々耳にする。事前の視察旅行は、修学旅行や会社の慰安旅行の準備で見受けられる。うまく旅行契約が成立すればいいが、そうでないと、本件のようにその費用負担でトラブルとなりやすいのである。

契約社会では、準備段階でも、そのための契約を結んでおく。 MOU(memorandum of understanding )がこれで、@前提となる事項の確認、A準備段階での費用負担、B本件のようにうまくいかなかったときの清算方法、C準備で知り得た相手の営業上の秘密の秘匿義務、D進行スケジュールの概略、E互いに本契約をすべき義務は負わないことの確認、等の事項を、明文を持って事前に取り決めておく。そうすれば、本件のように、計画が途中で頓挫しても、清算方法でもめることはない。

とはいえ、日本で事前にMOUが結ばれていることは稀である。しかし、これからは日本社会も複雑になるし、一方当事者が外国企業ということも増える。MOUを活用するような契約実務がどんどん採用されて欲しいものである。

 

<本件の処理はどうすべきか>MOUが無い本件の処理は難問である。

バリ島健康ツアーの不成立が、業者団体側に信義則に反するような悪しき事情があれば、A社は、視察旅行の費用だけでなく、旅行業者として実際に支出した準備費用を事業者団体に請求可能である。「契約締結上の過失」といって、契約締結に至れなかったことに責任ある者は、信義則上相手に対し賠償責任があるのである。

しかし、信義則に反するというケースは稀である。さまざまな事情を考慮してツアーを出すことを見合わせたとか、他の旅行業者の方が費用や内容が有利なのでそこと契約したという場合は、信義則に反するわけではない。

ただ、本件は事務局長夫婦がバリ島旅行をしたことは間違いない。視察旅行では、半分仕事だったので十分楽しめなかったのも事実であろうが、楽しめた部分もあったはずである。妻については、A社が是非にといった事情もあったであろうが、旅行として結構楽しめたであろう。

実際的な解決としては、本件は話し合いの末、妻の分は業者団体と事務局長が折半し、事務局長の分はA社が負担するということで示談により解決した。

本件は、話し合いでこのように解決できたから良かったが、深刻なトラブルに発展することも多い。やはり実務としては、事前にMOUを締結しておくということを励行して欲しいものである。

                   

83回 添乗員が病気

 

今回は、添乗員が旅先で乗中に病気となり、現地で入院して添乗の続行不可能となったケースを考えてみよう。

 

<始めに>パックツアーでは、添乗員の添乗がツアーの核心となるが、その添乗員が旅行中に急病で入院し、添乗の続行が不可能になることが稀にある。

最悪の場合、旅が途中で中止になることもある。多くの場合、現地旅行者や、サービス提供業者のバックアップにより中止は避けられようが、旅行客には大迷惑となるのは必定。対応を誤れば、パニック状態となりかねない。

 

<旅行業者の責任>

旅行が中止になった場合、約款にある、「旅行の継続が不可能」というのが、「旅行業者の関与し得ない事情」といえるかが問題となる(募集型、企画型旅行契約約款18条1項3号)。

添乗員も生身の人間である以上、病気で添乗不能になること自体はやむをえない。ただ、この場合、「旅行業者が関与し得ない」、つまり、旅行業者に責任がないとまで言い切れるかは難問である。

実際のトラブル例では、添乗員が出発前から体調不安を感じていたが、交代者がいないため無理して出発して旅先で発病したという例や、普段の健康管理が不十分で、通常の定期健康診断をしていれば、病巣の存在ないしその状況を事前に発見できたはずで、発見していれば添乗からはずしたはずという例もある。

これらの場合、旅行業者の関与しえない事情とは言い切れず、法的にも、違法性が生じざるを得ないであろう。

 

<対策と対処>旅先で、添乗員が病気になったときには、その後の対処が重要である。残された旅行者はどうしていいか判らず、パニック状態になりかねないのである。

 まず、送り出している旅行業者自体が、事態を正確に把握する必要がある。しかし、添乗員が情報提供出来ないことが通常であろうから、それに変わる、現地旅行社等があればいいが、そうでなければ、緊急連絡体制が何よりも重要となる(緊急連絡先の必要性については、80回で詳説したので参照して欲しい)。

事態発生時に、代替添乗員をつけられればいいが、通常はそれが事実上不可能である。そこで、現地旅行業者に代替してもらうとか、ホテルや航空会社などサービス提供業者にバックアップしてもらう等、臨機応変の対処が必要である。このときの対処が適切であれば、あとから大きなトラブルにならなくてもすむはずである。

いずれにしても、旅行業者には、旅程管理責任、安全確保の責任があるのは当然で、起きたあとの対処だけでなく、添乗員の普段からの健康管理や、添乗員の突発的なトラブルに対するバックアップ体制などを整えておく必要があるのは当然である。

そして、送り出して出している各ツアーについて、添乗員が機能しなくなった場合、どのような事態が発生し、どう対処すべきか、シュミレーションしておくということも心がけて欲しいものである。

 

<費用の精算>添乗員のサービスが出来なくなった部分は、責任の有無にかかわらず、添乗員費用を返還する事になる。さービスの提供が出来なかったのであるから、当然である。

中止した部分がある時には、取消しでかかった取消料等を控除した該当部分の旅行費用を返還することになる(約款18条3項)。

さらに、旅行業者に責任がある場合には、損害賠償をせざるを得なくなる。損害の内容は、実損(余分にかかった通信費や交通費など)の他、迷惑や精神的負担を与えた分に対する慰謝料である

 

<最後に>派遣添乗員の場合、体調が悪くても添乗を実行しないと収入にならないというせっぱ詰まった事情があり、旅行業者に大丈夫かと聞かれ、大丈夫と答えて出発したが、現実には、旅先で倒れてしまったというケースもある。

一面では、大丈夫と言った添乗員に責任の一端が発生せざるを得ないが、他方、無理をせざるを得ない添乗員の待遇についての問題もあり、一面的には決めつけられない深い問題を内在させていることも事実であろう。業界全体で考えて欲しいテーマである。
                   

84回 ヘリコプター

 

「ヘリコプターで、遺跡を上空から鑑賞」とか、「気球に乗って、夕日のなかで遺跡鑑賞」といった、上空から鑑賞するツアーを見かける。ひと味違ったセールスポイントを売り物にしており、結構人気は高いようだ。セスナのような小型飛行機で、大自然の豪快さを上空から味うというものも昔からある。

 

<天候の悪化による欠航> 

しかし、この手のツアーは、旅行者と深刻なトラブルになることも多いので注意して欲しい。それは天候が悪く、ヘリコプターが飛ばない、気球を出せない、セスナが飛べないといった場合だ。

 旅行者は、空からの鑑賞を期待して参加している。欠航では、旅行に来た意味がないという気持ちになってもおかしくはない。その結果、旅行者が「旅行代金の半分を返せ」等という例も結構あるようだ。

 他方、旅行業者から見れば、「天候が悪いからやむをえないではないか」「天気には誰も責任を持てない」ということになり、「返せるのは、飛ばないことの実費だけだ」と主張して、両者の見解が真っ向から食い違う事になり、やっかいな争いになる。

 

<商品設計と旅程管理>天候による「運送機関等の旅行サービス提供の中止」は確かに、約款上は免責となるのが原則だ(18条)。天候は、人間がコントロールできないのだから、やむをえないではないかというわけである。

 しかし、実例を見ると、飛行日を最終日に入れていたり、予備日をもうけていないという例も目立つ。一旦天候が崩れたら、挽回しようのないパターンである。

 現地の天候が悪い季節で2日に一回は欠航するという状況なのに、予備日もない旅程を組むというひどい例もある。

 このようなケースは、基本的な旅行という商品設計自体に重大な問題があるといわざるを得ない。気候は気まぐれである。雨の降らない砂漠地帯の旅行でもない限り、目玉のツアーに予備日をもうけないというのは、あまりにも危険である。

 また、ハリケーンや台風の接近が予報されて欠航の可能性が高いのに、旅行者に一切情報提供していないというケースもある。これは、旅程管理の問題である。

 

<どうすべきなのか>

事前の天候調査が重要である。その時期、季節で現地の天候を綿密に調査し、さらに過去の運行状況を調査して、欠航の確率を割り出しておく必要がある。その結果を踏まえ、旅程を組むことである。そのさい、予備日をもうけたり、旅程の変更が出来るような工夫が必要なのは当然である。

また、天候調査等の結果を旅行者に事前開示しておくべきである。現代社会では不利益なものを曖昧にして、客をつろうというのは、もっともさけるべき営業態度である。消費者から見れば、むしろ、情報開示が詳細で的確なところのほうが、より多くの信用力を得て、より多くの顧客を獲得できるという時代のはずである。旅行者は、欠航の確率を認識した上で、「自己責任」でツアーを申し込むことになる。

また、商品設計の段階だけでなく、旅程管理として、現地の最新の天候情報を手に入れておく必要がある。出発前に、台風やハリケーンの接近で欠航の可能性が出てきた場合には、速やかに旅行者に連絡すべきであり、また、旅程の変更等の努力で、欠航を出来るだけ回避する努力も必要である。これらの努力を十分にした上で、それでも欠航して上空からの鑑賞が出来なかったとなれば、商品設計自体に欠陥がない限り、それはもはや旅行業者の責任でないことは当然である。

 

<最後に>

商品設計に問題がある場合、天候の悪化し欠航の可能性が出てきたのにそれを旅行者に告げず契約解除の機会を奪った場合、あるいは、天候の悪化に対して臨機応変の対応が出来ず上空からの鑑賞の機会を持たせられなかった場合には、旅行業者は慰謝料の賠償義務を負う場合ことになる。責任が重いときには、確かに、旅行料金の半分に相当する額を賠償せよということもあり得よう。
                               

85回 景品表示法と広告

 

<はじめに>本コーナーの第57回で、国際旅行法学会(IFTTA)の学会報告をしたが、その際、日本の大手航空会社が「広告のミスリーディング」をしたケースが、ヨーロッパからの出席者の口から飛びだして、面食らった話を紹介した。

私としては、緻密な日本の航空会社がそんな粗雑なことをするのかと半信半疑であったが、去る3月25日、同日付けの朝日新聞朝刊を読んでいたところ、日本航空ジャパンの航空運賃の割引が、景品表示法にもとづく「不当表示」で、公正取引委員会から排除命令が出されたというニュースが目にとまり、びっくりした。

公取委の排除勧告は簡単に出されるものではなく、その前に「注意」が出されて、それに従えば排除命令まで至らないのが普通なので、どうして排除勧告にまでなったのかと思っていたら、その記事によれば、同社は、昨年5月にも同様の広告を出して公取委から「注意」をだされていたとのことで、今回はその「注意」を無視して再度同種の広告を出したとのことで、悪質と判断され排除命令に至ったようである。

 

<広告ミスリーディング>航空会社の「広告ミスリーディング」の問題自体も旅行業全体に影響するが、旅行業者自身がする広告の内容も慎重にしないと、同じように、景品表示法に抵触することになるので、これを機会に、景品表示法について検討することにしよう。

旅行業界の広告といえば、旅行業法、旅行契約約款、国土交通省の通達、JATAの「旅行広告作成ガイドライン」等で細かく規制ないし指導されており、この範囲内で処理すればそれでことが済むと思いこんでいる者も多いが、それは危険である。

消費者保護法が旅行契約にも適用されることは、本コーナーでたびたび指摘したが、景品表示法が適用されることも忘れてはならないのである。

 

<景品表示法>景品表示法は、正式には、「不当景品類及び不当表示防止法」と呼ばれ、一般消費者の保護と公正な競争の確保を目的としている。独占禁止法の延長にある法律で、公正取引委員会が所轄している。

景品類のカテゴリー(3条)では、その価格の最高額や総額、種類や提供方法を規制し、例えば、不相当に高額の景品を提供するとして消費者を誘引することを禁じている。

不当表示防止のカテゴリー(4条)では、商品やサービス(役務)について、実際のものよりも、または競争相手より著しく優良、あるいは著しく有利であると表示すること、その他、一般消費者に誤認されるおそれのある表示をすることにより、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害する行為を規制している

公取委は、これらに対する違反行為には排除命令を出せる。排除命令は、行為の差し止め、一般消費者の誤認排除のための広告、再発防止策の策定、今後の広告の公取委への提出などを内容としている。

排除命令に対して、相手方事業者が応諾すれば確定する。事業者は、不服があれば審判に移行し、その結果に不満なら訴訟となる。

確定した排除命令に違反すると、刑事罰の制裁もある。

また、被害者は、損害賠償の請求が出来るが、独禁法25条により、無過失の損害賠償となる。事業者には厳しいものとなっている。

ところで、前述の通り、排除命令の前に、公取委は事業者に対し、「注意」、又は、「勧告」をするのが普通である。事業者は、それに応じて、違反行為を停止すれば、排除勧告に至らないことが多い。なお、「勧告」は、公表されることになっている。

 都道府県にも権限があり、「注意」や「指示」が出来る。「指示」に従わない者に対しては、公取委に対し、措置請求をする。公取委は、これをうけ調査し、排除命令を出すことになる。

 

<今回は、何が起きたのか>日本航空ジャパンは、朝日の記事によれば、「東京へはお得な特便割引で。岡山=東京線、11000円〜」と表示。しかし、実際に割り引かれたのは、東京から岡山に来る早朝の「下り便」だけで、岡山から出発する「上り便」割引の対象外だったとのことだ。「最初に注意を受けた営業担当者が公取委からの注意を受けた認識を持っておらず、組織として徹底できなかった」と説明していたという。

公取委の「注意」は、前述の取り重い意味を持つ。「注意」を実行しなければ、排除命令を受ける。この点は十分理解している必要がある。排除命令を受ければ、その命令の重みだけでなく、事実は公表され、信用失墜は大きい。

さらに、顧客からは、損害賠償請求されうるし、無過失責任なので負担は大きい。

 

++次回は、旅行業界の広告において、景品表示法の観点から注意すべき点を検討してみよう。
                   

86回 景品表示法と広告―その2  「おとり広告」

 

<景品表示法の不当表示>景品表示法により、不当表示とされるもの(同法第4条)を分類すると、優良誤認表示、有利誤認表示、二重価格表示、不当な原産国表示、おとり広告、不当な比較広告があり得る。

いずれも、不当な表示により、消費者の誤認を招来させて顧客を不当に勧誘し、公正な競争を阻害するものである。ちなみに、前回紹介した、日本航空ジャパンのケースは、実際のものより著しく有利であると一般消費者に誤認させる、「有利誤認表示」の典型例である。

ところで、公取委は、告示や通達というかたちで、不当表示の具体的な運用基準を示している。これらは、公取委のWEBSITEから、容易に検索できるので、普段から注意をしていて欲しいものである。

JATAの「旅行広告作成ガイドライン」は、勿論、景品表示法にも立脚して作成されている。従って、旅行業者は、このガイドラインに記載がある事項については、それに従っている限り、景品表示法に抵触することはないので安心されたい。

 

<おとり広告>本コーナでは、まずは、「旅行広告作成ガイドライン」では、詳しく触れられていない、「おとり広告」について説明しておこう。

おとり広告については、平成5年4月28日の公取委の告示17号で、おとり広告に当たる表示が詳しく示され、同日の事務局長通達第6号でその運用基準が詳説されている。

ところで、旅行業者に関する実例で、「おとり広告」の問題を生じさせそうなケースを考えると、格安な航空券やホテルクーポンを売り出す場合に、その実例を見いだすことができる。

旅行者がその安さにつられて申し込みをすると、「その格安航空券はもう売り切れました。しかし、こちらなら予約に余裕があります」といって、格安でない、別の航空券やクーポンを売りつけてしまう。つまり、格安ツアーは、「おとり」というケースである。

もともと、格安ツアーが存在しなければ、これは露骨に人を欺罔するもので、「おとり」であることは勿論であり、その違法性は強い。実際に、格安ツアーが用意されていても、その参加人員が限られている場合も、典型的な「おとり」になる。

他方、用意していた格安ツアーで、申し込みに対し十分対応できると思っていたのに、予想外の人気が出て間に合わなくなってしまったというときは、そこには欺罔性はなく、「おとり広告」とならない。

このように「おとり」となるかどうかの線引きは、意外と難しい。そこで、この線引きを明らかにする解釈基準が大事となる。

前述の通達では、違法となるケースとして、「供給数料が限定されているにもかかわらず、その限定の内容が明瞭に記載されていない場合」があげられている。要するに、どのくらい在庫しているか、具体的に示して、募集せよというわけである。

しかし、この基準は厳しい。格安航空券など、実際には、販売数量など事前は勿論事後でも、公表しないのが普通だ。となると、格安航空券が、潤沢に用意されていない限り、この通達によれば違法状態になってしまう。

では、格安なものが、どのくらい用意されていればよいかであるが、通達では、「広告商品の販売数量が予想購買数量の半分にも満たない場合」を、「おとり」に当たるとしている。

予想購買数量とは、過去の取引実績が目安になり、過去におけるその時期、季節での販売実績が基準となるが、「半分」に満たなければ違法とするこの運用基準も厳しい。

私の実感では、格安の航空券やホテルクーポンのうち、「おとり」と認定されてしまうものが、現状ではかなり有りそうである。従って、業界としては「おとり広告」について何らかの改善策が必要な気がする。場合によっては、旅行業界の特殊性に対応した「運用基準」を公取委に設定してもらう必要があるかもしれない。そのためには、かなり強力なロビー活動が要求されるであろう。

 

<パックツアーでの「おとり広告」>パックツアーでも、類似した「おとり広告」の事例はありうる。参加人数の限られた格安ツアーを「おとり」に、類似のツアーを売りつけているというケースだ。そのような商法は、景品表示法に抵触するので、注意を要する。
                   

87回 航空会社のストと困った客

 

今回は、最近の相談事例から、一ケースを検討しよう。

 

<ケース>オーロラを見るパックツアー。コペンハーゲン経由で、現地に行く予定で、コペンハーゲンから現地への便を飛ばす航空会社がストをやるかもしれないという情報は事前にあった。旅行業者は、出発前にその旨旅行者には伝えていた。

実際にコペンハーゲンに到着すると、やはりストが決行されていて、一日遅れで現地に出発することとなった。ところが、その中で、一人が、ストが判っているのに出発させたのはおかしいと怒りだして現地に出発することを拒否し、3日間コペンハーゲンのホテルに延泊した後単独で帰国した。そして、帰国後、「ストになるのに出発させたのは納得できない。旅行代金全額返せ」と言ってきかない。

 

<スト情報と解除>サービス業をやっていると、このような依怙地な変人には泣かされる。普通の人が普通にとる行動をとらないからだ。

ところで、航空会社のスト情報は、事前に判るのが普通だ。しかし、ストが予想されても、実際に決行されるかはその時にならないと判らない。労使双方は、その直前まで、交渉しているのが普通だからである。また、その航空会社の全てが運行停止になるわけでもない。運行されている便も結構あるのが普通である。乗り継ぎ便の航空会社にスト情報があっても、乗り継ぎ地まで行かないと判らないのが普通だ。ストが決行されても、その乗り継ぎ便は運行されることもあり、振替便があることもある。

ただ、ストの場合の契約解除の処理については、旅行契約約款では解決が付いている。20005年4月の改正で、旅行者による取消料無しの解除が認められる条件に関する部分が、それ以前は、「運送機関の旅行サービス提供の中止の事由により」とあったのが、「運送機関の旅行サービス提供の中止の事由が生じた場合において」と改められた(16条2項3号)。つまり、事由が「現に生じた」ことが前提となったのである。このように限定されたことにより、ストが予想されるだけでは、解除できなくなった。利用する便について、ストが決行されることが決定して初めて、「現に生じた」と言うことになるからである。

 

<消費者契約法>ただ、消費者契約法上は、消費者に的確な情報提供することを求めており、重要情報の提供がかけると契約解除もありうる。

本件は、ストによりオーロラを見る日数が一日減るだけであるから、重要事項とはいえ無いであろうが、それによって、目的の、オーロラ見学が出来なくなるケースでは、それは重要情報であろう。知らせずに決行すると、解除もありうるといえよう。

とはいえ、旅行業者は、消費者契約法上の重要事項に当たるかどうかに関わりなく、スト情報は確実にキャッチし、ストがあるかもしれないと言うことと、その場合は、どうなるか(本件では、現地入りが一日遅れ、オーロラを見る日数が1日減ることとなった)ということを早めに伝えなければならない。

ただ、旅行者は、このようなスト情報だけでは、キャンスル料無しの取消しは出来ないのは、前述の通りである。

 

<今回の処理>今回の困った客が、現地に行かなかったと言うのは、権利放棄である。旅行業者が、現地往復分の旅行費用を返還するには及ばない。また、コペンハーゲンの延泊費用は、旅行者持ちである。

ただ、この件は、本人が現地に行かないことにより浮いた費用と、延泊の宿泊料を相殺して解決している。解決としては、据わりはいいが、本来は、旅行業者が妥協する必要は無かったケースである。いずれにしても、このような依怙地な変人は、顧客にしたくないものである。
                   

88回 旅行業者のための、「中小企業と新会社法」

 

全面的に書き改められた新会社法が、5月1日から施行されたことはご存じのことと思う。とはいえ、その条文は979条もあり、その全容を理解するのは、法律の専門家でも、大変なエネルギーが必要となる。

新会社法のもとで、今後、会社運営がどう変わるのか、さっぱり判らず困っている人は多いようだ。そこで、今回からシリーズで、新会社法のエキスをシリーズで解説することとしよう。

ただ、旅行業者の多くは中小企業であるので、中小企業にとって会社法がどう変わったのかという視点でまとめることとする。

 

<ほっておいても、すぐには困らない仕組み>

新会社法の目玉は、「定款自治」である。定款で様々な会社組織を構築できる。取締役や監査役等の会社機関の組み合わせだけでも、41通りあり得るのだ。

様々な機関構成が可能となったが、逆に言えば、自社にとってどのような機関構成が合理的かを考えるのも大変である。そこで、今のままでほっておいたらどうなるかであるが、新会社法では、特に変更しなければ、定款で「取締役会及び監査役を置く」旨の定めがあるとみなすことになっている(会社法整備法76条2項)。

従って、中小企業である株式会社であれば、ほっておいても、従来通りと扱われる。

勿論今後は、定款を変更して、旧来の有限会社のように、取締役のみを置き、取締役会を設置しないことも可能であるが、そうすると、株主総会の権限がその分強力になる。となると、会社運営上は望ましくない事態も想定されるので、簡易な方向への改正は慎重にすべきである。

 

監査役は、新会社法では、会計監査のみでなく業務も監査するのが原則であるが、資本金1億円以下の小会社では、「監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する」とみなされる(整備法53条)

つまり、ほっておけば、従来の状態を維持できるのである。

ただこのままでは、株主の権限が強く、たとえば、株主は、裁判所の許可無く取締役会の議事録を閲覧できる。そこで、定款を変更して、監査役が業務監査までやれるようにするのも一方法である。勿論、それだけの責任をとれる監査役を探す必要があるが。

 

株券は、新会社法では不発行が原則となるが、定款に不発行の定めがないと、「株券を発行する旨の定めがある」ものとみなされる(整備法76条4項)。旧法では、発行が原則だったので、ほっておけば、従来と変わらない。

しかし、株券発行会社は、株券を交付しなければ株式を譲渡できないので不便である。中小企業では、株券をそもそも発行していないところも多い。いざ譲渡するとなると、その印刷から始めなければならないという例も多いのだ。適当な機会に定款を変更して、株券不発行会社になっておく方がいいであろう。

 

<有限会社>旅行業者には有限会社が多かったが、実は、新会社法では、有限会社を廃止し、株式会社に一本化することにした。とはいえ、急な変更は混乱を招くので、従来の有限会社は、ほっておけば、「特例有限会社」として有限会社の名前をそのまま維持できることにした。

 とはいえ性格は株式会社なので、社員の員数制限(50人)が廃止され、最低資本金制度も無くなる一方、新株予約権の設定や、社債の発行が可能となった。

ただ、おもしろいことに、有限会社のメリットは残る。従来通り取締役や監査役に任期はなく、決算広告の義務もないというメリット(?)もある。

しかし、特例有限会社が普通の株式会社に変わるメリットも多い。例えば、株式会社にすると、他社の吸収合併が可能となり、株式交換や、株式移転も可能になるなど、M&Aがやりやすくなる。

有限会社が普通の株式会社になるには、定款を変更し、登記を変更すればよい。本来株式会社なので、組織変更は不要なのである。なお、今後は、新しく有限会社は作ることは出来ず、また、一旦普通の株式会社になると、元の有限会社に戻れないので注意を要する。
                                     

89回 旅行業者のための、「中小企業と新会社法」

 

今やインターネットの時代である。新会社法では、取締役会と株主総会でインターネットを活用できるよう、新な仕組みが導入されているので紹介しよう。

 

 

<取締役会では>

 旧法下でも、テレビ会議方式による取締役会は可能と解され、活用されている。

しかし、取締役会は、顔を合わせてディスカッションできないと、十分審議できない。

その点、テレビ会議方式は有効としても、顔を合わさない電話会議方式が許されるかについては疑問もあったが、多数説は、違法とは言えないと解していたため、電話会議方式も結構利用されていた。ただ、持ち回り決議やインターネットによる決議は、ディスカッションができないため違法と解されていた。

しかし、中小企業の場合、取締役会という会議体を持つこと自体が現実的に合わず、代表権のある取締役が、その全面的な責任のもと、即決で決めるのが適しているところも多い。そのようなところに敢えて、取締役会を設置させても、全く機能せず、何年も開催されたことが無く、役員登記が必要なときには、議事録だけ作成するといった中小企業が多かった。このような会社では、取締役会が全くの形骸だったのである。

そこで、新会社法では、取締役会を設置しない株式会社も認められるようになった(従来の有限会社では、このようなタイプが原則であった)。これとあわせ、中間型として、一応取締役会を設置するが、ディスカッションまでは要求せず、持ち回り決議や、インターネットでの決議が可能なタイプの会社も認められることとなったのである。

ただ、そのためには、定款にその旨の記載が必要であり、従来の会社が、持ち回り決議や、インターネットでの決議を出来るようにするためには、定款の変更が必要である。

 

<株主総会では>

 株主総会を開催するには、招集通知を2週間前まで発送するが、新会社法では、非公開会社については、1週間前までに発送すればよいことになった。取締役会非設置会社では、定款でさらに短縮できる。

さて、この招集通知であるが、新会社法では、平成13年の旧法の改正を承継し、同意を得た株主には、電子メールにより、招集通知及び添付書類を送れることとした。ただ、あくまでも、個別の同意を得る必要がある。電子メールでは不都合という人もいるため、定款で全員に対し、全て電子メールで送るとするというわけにはいかないのである。

注意すべきは、電子メールで招集通知を送ると、会社としては、当該株主による電子メールでの投票を拒否できないことである。ただ、電子投票は、総会前日の営業時間終了時までに会社に到達していなければならないことになっている。

新会社法では、さらに大事な改正がある。株主全員の承諾があると、書面決議や、メール決議のみで、株主総会決議があったことにすることが出来る。つまり、総会開催自体を省略できることになったのである。

従来、株主数の少ない会社では、わざわざ株主を集めて総会を開催するのも面倒なので、書面決議で総会があったことにすることも多かった。中小企業では、ことにそのような例が常態化しているといっても過言ではなかった。ところが、旧法では、それが有効かどうか明確ではなかった。そこで、新法では、現実に合わせ、株主全員の承諾のあるときに限り、書面決議を合法化した。

同時に、時代に合わせ、総会を開催せずに、メール決議によることも有効とした。したがって、今後は、メール決議による総会も増えるはずである。このメール決議の場合、実際には、会社の設置したウエッブサイト上で行うという方法が活用されるであろう。

                             

                 

90回 旅行業者のための「中小企業と新会社法」(その3)

 

会計参与は中小企業の救世主

 

<会計参与とは>

新会社法で特に注目されるのが、新設された「会計参与」である。

会計参与は、税理士、公認会計士、税理士法人、又は公認会計士法人が会社の正式機関となって、その会社の決算書等を作成するもので、取締役と同じように株主総会で選任される。

この制度は、決算書が専門家により作成されるので公正になるというだけではなく、その本来の趣旨は、中小企業金融の大改革を目指したものである。

 

<何が問題か>

銀行が中小企業に融資するとき、必ず社長個人の個人保証を取る。社長の自宅に抵当権を設定する事も多い。

社長の個人保証は、企業が倒産すると大変である。社長は個人として、零細企業でも何億という保証債務の責任をとらされる。そのため、会社の自己破産と同時に、社長個人も自己破産することになる。免責を得て債務をゼロにしてもらう必要があるからである。

そのため、会社が行き詰まっても、なかなか会社の破産申請の決断が出来ない。自分も破産しなければならないからである。

早い時期に決断すれば、民事再生法等で会社の再建が可能であってもそのチャンスを失ってしまう。同じ破産でも、早い時期での破産であれば、負債額が少なく、周囲に与える悪影響を最低限に押さえることが出来る。社長個人の「再起」もしやすくなる。       しかし、その決断がなかなか出来なかった。その理由は、この社長の個人保証にあるのだ。

この点はつとに指摘されており、金融機関に対しては、個人保証に頼るのでなく、会社の信用力に対して融資することが求められていた。

しかし、金融機関にも言い分があった。中小企業の決算書は全く信用できないというのである。この言い分も一理ある。確かに、中小企業では、「粉飾決算」が横行している。赤字決算のままでは、銀行から借り入れが出来ない。そこで「粉飾」して、黒にするのである。上場企業では、粉飾決算は経営者の刑事責任にまで発展する重大な違法行為である。   しかし、中小企業は、咎める人がいないので、事実上フリーパスである。その結果、銀行が中小企業に融資するときには、社長の個人保証を必ずとることになる。

 

<どう改革するのか>

個人保証をとるという悪弊を除去するには、中小企業の決算書を信用力あるものにする必要がある。そこで、産業経済省の強い意向で、新会社法の中に「会計参与」の制度が取り入れられたのである。

従来、税理士が委託を受けて会社の確定申告をする場合、そこに「粉飾」があっても、税理士が責任をとられることはなかった。ここでの税理士は外部の者にすぎないので、自分は会社から受け取った資料に基づいて申告処理をしただけという言い訳が、そのまま通ったのである。 

しかし、「会計参与」は、そうはいかない。株主総会で選任された会社の正式機関である。 

粉飾決算に荷担すれば、それを信じて融資した銀行から後に損害賠償も受けることも十分あり得る。

となれば、この会計参与が作成した決算書の信用力は高い。これにより、銀行実務が変わり、会計参与のある会社からは個人保証を取らないという銀行実務の定着が強く期待されることになる。

 

<企業側としての会計参与>

会計参与を導入するには、定款の変更が必要であるとともに、会計参与になってくれる専門家には、相応の報酬を必要がある。

また、会計参与が意味を持つためには、会計参与を導入している企業からは個人保証をとらないという銀行実務が定着する必要がある。会計参与になってくれる税理士や公認会計士等も増加する必要がある(責任が重いので、税理士や公認会計士は会計参与になることに慎重と聞いているので、やや心配である)。

これらのことを配慮しながら、企業としては、せっかく導入された会計参与の導入について、是非前向きに検討して欲しいものである。
                   
                  

91回 旅行業者のための「中小企業と新会社法」その4

 

<LLP,LLCの活用>

LLPとかLLCという言葉を聞いたことがあると思う。LLPは、新会社法で導入された「合同会社」という、新しい法人組織で、LLPというのは、新会社法に先行し、昨年の2005年8月1日からスタートした「有限責任事業組合」のことである。

LLPやLLCは新しい法人形態でとうきも出来る。ベンチャー企業の育成や、さらには、これらの活用で産業全体の活性化をねらったもので、旅行産業でも活用が期待されるものである。  

株式会社で出資といえば、資金を出すことが中心で、そうでなければ、不動産や、特許権のような金銭評価が容易なものを現物出資するしか方法はない。

LLPやLLCでは、ある人が持っている能力や経験、技術といった、人的資源を出資できる。まさに、物的資源だけに限らず「人的資源」を競争力の源泉とすることが可能となるのである。

では、旅行産業では、どのような活用の方法が考えられるであろうか。

旅行に関し、優れた経験や知識、アイデア、技術のある者と出資者を集め、LLPやLLCという法人を構成することが考えられる。

例えば、秘境探検家の知識、経験、ノウハウを人的資源とし、旅行業者の資金という物的資源を結集して、秘境ツアーに特化したLLPやLLCが考えられる。歴史学者や画家、音楽家の人的資源を使った、ユニークなツアーも考えられる。

大きなイベントを中核とするツアーを何社かが集まって、LLP、LLCを構成し、ノウハウと資本を結集して新事業を展開するのもいいであろう。例えば、ヨーロッパサッカーに人脈がある人を人的資源に、サッカー参戦ツアーを展開すれば、魅力のあるツアーが開発できるであろう。

さらには、旅行関連産業で、ベンチャー企業を立ち上げるのも面白いし、その際、異業種と提携しても、いいビジネスが出来るであろう。

旅行ソフトやWEBSITEの開発、PR映像の制作、美容、健康、食品などの買い付け配送、旅行コンサルタント業、留学や研修事業など、旅行業の周辺には、様々な事業チャンスがある。これらの成否は、人的資源をいかに活用するかであり、その方法としては、LLPやLLCは極めて効果的である。

 

<LLPやLLCの特徴>

LLPやLLCは、所有と経営の一体化が特徴である。出資者がそれぞれ経営に口を出すことが原則である。株式会社は、所有即ち株主と経営は分離が前提で、株主は、株主総会で意思表示をする。両者は、このように大きく異なる。

また、内部自治の原則が取られ、組織を自由に出来ることに特徴がある。取締役会や、監査役をおかなくてもいい。利益や権利の配分も、出資比率とは異なるかたちに出来る。  

しかし、有限責任なので、出資者は、事業に失敗しても、出資金が帰ってこないだけで、個人責任を負うことはない。また、法人で登記も可能なので、旅行業のライセンスは、自らの名前で取得できる。

また、かなりの先行投資が必要でリスクが大きくても、仮に失敗すれば大変なことになるような事業でも、失敗時にはその法人だけを清算すればよい。従って、本体へのダメージを最小限に出来るし、数社集まって出資していれば、リスクを分散できる。

逆に成功すれば、株式会社にして、さらに大きく事業展開が出来る。

LLPやLLCは、今後旅行業界でも、多いに活用されて欲しいものである。

 

<LLPとLLCのどっちが有利か>

LLPには、パススルー課税という特典がある。LLPという法人には課税されず、組合員が配当を受けるときに、個人として課税されるのみで、節税には、極めて効果的だ。LLCには、そのようなメリットなく、株式会社と同じく法人税が課せられる。個人と法人の二回課税されるのである。

しかし、株式会社に発展させるには、LLCは会社なので組織変更ですむ。LLPは組合なので、いったんLLPを解算しなければならない。

どちらが効果的かは、事業の内容も含め、よく検討されるべきであろう。