医療法人のM&A
1 なぜ、医療法人にM&Aが必要か?

今医療分野では、医療の機器や技術の高度化、システム化、ネットワーク化が強く求められている。そのためには、高度の設備投資が必要であるが、それを可能とするには、M&Aによる経営力の強化は必須である。
老人数の増加のなかで地域医療体制の高度化、医療と介護の連携、一体化が求められているが、そのためには、M&Aは極めて効果的である。
コロナ禍で、日本の医療体制の弱体性が露見したが、その中でベッド過剰は深刻である。従って今後は増床が許可されないと思われるので、病院事業の拡大のためには、M&Aが必須となる。
今は、医療と介護の連携、一体化が強く求められている。そのためには、医療法人の介護業者とのM&Aが求められている。
医療分野も後継者不足が深刻である。事業承継のためには的確なM&Aが必要である。
医療法人は、社会の変転の中で、経営に苦しんでいるものも少なくない。経営支援として資金を注入すらためにも、M&Aは重要な選択肢である。M&Aは、病院の経営の立て直しのために重要な手段であることを忘れないでほしい。
また今、持ち分の無い医療法人に移行することが求められているが、その方法として手っ取り早いのは、持ち部の無い法人に合併ししまうことである。
以上のとおり、M&Aは、医療分野では真剣に考えられるべき重要テーマである。

 
2 M&Aを考える場合、誰に何を依頼すればよいか?

1)仲介業者任せは危険

院長や理事長のもとには、普段から仲介業者のダイレクトメールが届いているはずだし、ネットでいくらでも仲介業者を見つけることができる。しかし、だれが自分にとって適切かの判断は難しいはずだ。
実は、M&Aの仲介者にはライセンスは不要である。不動産の仲介には宅建のライセンスが必要だが、企業の仲介には不要なのだ。したがって業法もなく、監督官庁もない。そのため、M&Aの仲介者はピンからキリまであるので、そのことをよく認識しておく必要がある。
仲介業者には上場している大手も数社あり、中小の業者となれば星の数ほどもある。まず、大手、中小のどちらがバターかであるが、それは一概には言えない。大手は、相手を探す能力も高く、業務に精通している。ただ顧客が多いので、「おいしい仕事」でないと、きめの細かい仕事をしてくれない危険がある。中小の仲介者は手持ちの顧客は少ないが、横のルートもあるので結構相手の探索に力のあるところも多い。小さな案件でも、丁寧な仕事をしてくれる可能性もある。とはいえ、不動産業者が片手間で行っているようなものも多く、「当たり外れ」が大きいというのが現実である。
そして、大手でも中小でも最大の問題は、「利益相反」になりやすい点である。仲介業者は、大小にかかわらず、売り手、買い手両者から依頼を受け、仲介をしたがる。不動産の仲介者も好む「両手」という状態である。これだと、売り手、買い手両者から仲介手数料をダブルで得られるが、これでは、いうまでもなく「利益相反」になりかねない。
本来、売り手、買い手双方に別々の仲介者が付くことが理想である。その場合でも、仲介業者は成約優先となりがちで、当事者の利益を十分に考慮して仕事ができるかはかなり疑問である。
また、法人取引を仲介するM&Aは不動産の仲介より検討すべき項目は多く、契約関係は複雑である。ところが、契約書を仲介業者が自ら作成することが多く、一旦トラブルが生じると、契約書が不備で、それが役にならないだけでなく、かえってトラブルを深刻化させるという例をよく見かける。注意すべきポイントである。

2)プロのアドバイザーの重要性

M&Aで理想的な姿は、プロのアドバイザーが、売り手、買い手それぞれについて、立案の段階から支援するものである。
誰を仲介者に選ぶかはM&Aの成否を決する重要なポイントであるが、有能なアドバイザーはその選択眼があるし、その件に適した仲介業者を探索するノウハウを有している。というより、有していないと的確な支援ができない。
有能なアドバイザーは、売り手の価格設定が適切かどうか判断できるし、その買収が買い手企業にとって本当に有意義かどうか、総合的に判断できる。デューデリジェンスを効率的に誘導できるし、的確な契約書を作成できる。
アドバイザーは、弁護士や公認会計士などが務めるはずであるが、実際は残念ながら、それができる能力あるものが僅少なのが今の日本の現実である。そのため実際は、M&Aの仲介業者だけが仕切ってしまうのが残念である。
当事務所は、プロのアドバイザーとして、的確な支援ができると自負している。
ところで、仲介業者が、アドバイザーの付くことを妨害するというケースも散見される。仲介業者としては、自分の都合のいい運用ができないからであろう。残念なことである。
なお、M&Aが他の医療関係者からの買収の申し入れからスタートすることも少なくない。ただ、この時も、値段の交渉や条件交渉、契約書作成などは当事者だけではうまくいかないことが多く、やはり仲介者やアドバイザーが必要である。

 
3.M&Aの手法にはいかなるものがあるか?

1)持ち分の譲渡と役員の交替が原則

大部分の医療法人は社団法人でかつ出資持分のある医療法人である。
平成19年の第5次医療法改正で、出資持ち分のある医療法人の新設ができなくなった。同時に、今の持ち分のある医療法人は、持ち分のない医療法人に移行することが期待されることとなった。ただし、出資持ち分のある医療法人(出資限度額法人を含む)も、当分の間存続することが認められている。
医療法人の99.1%は、社団たる医療法人、残りが財団たる医療法人である。社団たる医療法人のうち、持ち分のある医療法人で、その持ち分に制限のないものが現在でも90%以上であり、このタイプが大部分といってよい。残りの社団法人は、持ち分に出資額を限度とするという制限のある社団法人(基金拠出型)と、出資持ち分のない社団法人であるが、現状では、これらは極めて少ない。
出資持分のある医療法人の場合、M&Aは、持分の買い取りで実行される。株式会社のM&Aが、株式の売買で実行さえるのと同じである。
役員の退職が伴えば、退職金の支払いも必要となる、
持ち分が無い医療法人の場合は、役員の交替で譲渡できる。退職金が事実上の対価となる。
株式会社のM&Aでは、事業譲渡も多いが、病院の場合はあり得ない。ベッドは、法人に付与されているので、事業譲渡にベッドが伴わないからである。
医療法人でない診療所の場合は、事業譲渡でよい。しかし、ベッドのある個人のクリニックの場合は、法人化してから譲渡する必要がある。ベッドは開設者個人に割り当てられているので、事業譲渡にベッドが伴わないからである。

2)合併の手続きの基礎

医療法人も、合併は可能である。医療法57条以下による組織再編行為である。
医療法人の合併について
合併は、法人の種類が同じことが必要である。社団法人相互間、財団法人相互間は可能であるが、社団法人と財団法人間は、法人の種類が異なるので出来ない。
新設合併(新たな法人を設立し、全部が解散する)と吸収合併(一つが存続し、他方が解散する)がありうる。一般には後者が利用される。
社団医療法人の場合は、理事の3分の2の同意と、社員の全員の同意が必要である。財団医療法人の場合は、寄付行為に合併ができることが規定されていることが必要である。財団の場合、寄付行為に合併できることが規定されている場合、理事会の決議方法に特別の定めがなければ、理事の3分の2以上の同意が必要である。
合併には都道府県知事の認可が必要である。また、債権者には広告と個別催告をし、異議が出たときには、弁済するか、相当の担保を提供する必要がある。銀行が異議を出すことがありうるので、この対策が、極めて重要となる。
合併で重要なのは、会社の合併と同じく、「税法適格」かどうかである。「非適格合併」と認定されると、医療法人には法人税が、出資者の院長には所得税が課税されてしまうからである。したがって、まずは、持分を買収して100%子会社にしたうえで、次のステップとして合併を考えることが勧められる。
企業組織再編成に係る移転資産等の譲渡損益等に関する改正について

3)社員、社員総会、理事、理事会の基礎知識

持分のある医療法人でも、持ち分を持たない社員もあり得る。持ち分の有無と社員の地位が必ずしも一致しないのが医療法人の特徴である。
社員総会では、社員一人一議決権(持ち分の額ではない)、つまり、頭数でカウントされる。議決権は持ち分とは切り離されているので、100%持分の社員も、持分無しの社員も、一議決権である。
また、社員は個人に限られる。他方、出資者(持分所有者)は法人でも可能である。M&Aでは、株式会社が持分を買える。
理事は3人以上、監事は1人以上とされる。理事会は、法定の制度ではないが、厚生労働省のモデル定款では設置している。
理事長は、理事の互選による。原則は、医師または歯科医師であることが必要であるが、知事の認可を得れば、医師以外のものも可能である。プロの経営者も就任可能である。
医療法人の場合、その中に、病院や診療所、介護老人保健施設、老人ホームなどを有することとなるが、それぞれの管理者を理事に加えなければならない(医療法47条の1)。
社員資格を喪失した者は、その払込済出資額に応じて払戻しを請求することができる。定款には、「社員資格を喪失した者は、その払込済出資額に応じて払戻しを請求することができる。」と書かれているからである(モデル定款はそうなっている。医療法人関連法令には一切払戻の規定が設けられていない)。

 
4.M&Aの流れは知っておくべきもの!

売り手側、買い手側のいずれも、仲介業者を通じて相手を探すのが普通である。仲介業者は秘密保持契約をして受任するが、売り手側仲介人は、まず、ノンネームシート(企業名は匿名化するが、セールスポイントを記載)を作成して相手を探索する。この時、売り手の希望価格を明らかにしておく必要があるが、高すぎると良い買い手を逃がすことになるので、価格設定はよく吟味し、妥協できる価格範囲も検討しておく必要がある。
買い手候補者が登場すると、秘密保持契約書を取り交わして、過去3年間の財務諸表や会社案内程度の資料を渡して検討してもらう。そして、その候補者がさらに興味を示せば、書面でのデューデリジェンスに入る。ただし、売り手が、その候補者には売りたくないということは少なくなく、この時には交渉は終了する。
書面でのデューデリジェンスは重要である。買い手はこの結果に基づき、買い取り代金を含めて買っていいかどうか決定し、基本契約を結ぶことになるからである。
書面でのデューデリジェンスでは、財務諸表、元帳、償却台帳、機械類目録、従業員目録(履歴、技術力)、工場配置図、不動産目録、謄本類など広範な検討をする。この時、書面だけでなく、実際に工場を調査し、機械の状況、運用状況等の現地調査するのが普通である。
そして、売り手、買い手側で売買の話がまとまれば基本契約締結となる。
この時までに、経営者同士の顔合わせをするのが普通であるが、そのタイミングはケースバイケースである。
基本契約は売買予約の性格を持つので、契約の骨子は後の本契約とほぼ同じとなる。そこでは、代金額を決めるし、当時者は手付放棄、倍返し(手付は代金の10%くらい)で離脱できるようにするのが普通である。また、この時、従業員をどうするか、つまり、雇用を継続するかどうか、経営陣が残留するかどうかなども決めることとなる。
譲渡については、基本契約締結までに理事会、社員総会決議を得る必要がある。
基本契約の締結後は、本格的デューデリジェンスとなる。それは、公認会計士が現地で元帳、償却台帳の原本チェックをするだけでなく、その基礎となる帳票類のチェック、契約書等の原本チェックなども行う。
その目的は、粉飾決済や簿外債務の発見が中心となる。ことに簿外債務は、保証債務、取引先や顧客からの損害賠償請求、労使紛争、税務上の問題(滞納、追徴課税など)などから発生することが多く、調査内容は広範である。
100億円の売り上げがある法人だと、20〜30人の人員が1か月近く現地に張り付き、費用が1億円というくらい手間がかかるので、それだけの予算が必要である。
このように費用と時間が必要なので、本格的デューデリジェンスを省略して書面デューデリジェンスだけで買収してしまう例もよくある。しかし、あとで粉飾決済や簿外債務が出てきても責任を問えなくなるので注意すべきである。
本格的デューデリジェンスの結果、互いに契約を実行してよいとなれば、本契約となる。検討の結果、契約意欲が消滅することもあり得る。その時は、手付放棄、または、倍返しで、契約から離脱できる。もちろん、相手に重要な信義則違反があれば、手付解約でなく、債務不履行の解約となる(損害賠償も発生する)。
本契約が締結されると、次に引き渡し、登記、知事の許認可等の、法人承継の実行となる。クロージングと言われるもので、すべてが完結したときに、売買の残代金の支払いとなる。
この間に、売り手医療スタッフ、従業員に対し売却の事実を告知することになるが、いつ、どのように告知するかについては、よく段取りしておくべきである。進駐軍のように乗り込んで大量退職者が出てしまうような失敗例を時々耳にする。

 
5.出資持分の価格評価は重要

出資持ち分の評価は難問であり、定説があるとはいえない状況である。
会社の株式の評価には、マーケット・アプローチ、インカム・アプローチ、ネット・アセット・アプローチとして、多数の方法が紹介されている。医療法人のM&Aでは、持分の所有者が個人であることが普通のため、相続・贈与の税務実務に対応することが多い。そのため、純資産評価額や類似業種比準価格を使うのが一般的である。
純資産評価額の場合、M&A実務では、時価評価で行うのが当然である。ただ、相続財産評価基本通達では簿価による評価が基本としているが、最判平成22年4月8日は、時価評価に基づく純資産額を基礎としているし、平成7年6月の東京高等裁判所の判例では「土地及び建物については当時の時価によることとし、その余の資産及び負債の額については右同日現在の貸借対照表上のそれを採用する」としている。
医療法人の場合も「暖簾」を評価し、3〜5年分の営業利益を純資産に加えることも多い。
類似業種比準方式を使う場合には、医療法人の業種は、「その他の産業」として評価することになる。取引相場のない株式(出資持分)を評価する場合の会社規模区分(大・中・小会社の区分)については、医療法人そのものは「サービス業」の一種と考えられることから、「小売・サービス業」に該当することになる。

 
6.救済型のM&Aは効果的

医療法人は、社会の変転の中で、経営に苦しんでいるものも少なくない。M&Aは、病院の経営の立て直しのために重要な手段であることを忘れないでほしい。
症状が軽度であれば、金融機関からの借り入れ、医療機関債を発行する、あるいは補助金を取得するなどして、財務力を強化するが、症状が中度となれば、M&Aその他の事業再編で、スポンサーの資金力や営業力により、再生を図るのが鉄則である。
症状が深刻な場合は、一般的には、民事再生法に基づく申し立てをするが、これは可能な限り避けるべきである。なぜなら、一般債権者や患者を巻き込むことになるし、手続き、スケジュールが裁判所に決められてく、半年以内に再生計画の認可を得る必要があるなど、拘束が大きいからである。
この時効果的な手段の一つは、特定調停(簡易裁判所に申し立て)である。金融機関等の特定の債権者だけを相手にできるからである。そのため、これであれば、世間的には、破綻とは見られないし、手続きも柔軟である。
特定調停では、債権カットと条件変更を求めるが、スポンサーを確保し、M&Aとセットとして解決を図るのが普通である。
また、銀行債権が不良債権化しているときは、銀行の貸付債権をスポンサーに担保付き・保証付きで購入してもらって解決するという奥の手もある(サービサーを介して買うのが一般的である)。
ところで、株式会社の場合、効果的な再建策として第二会社方式がある。第二会社方式は、スポンサーが第二会社を用意してここに事業譲渡し、破綻している旧会社を破産で消滅させるというダイナミックな手法である。しかし、医療法人ではこれは使えない。なぜなら、前述のとおり、事業譲渡ではベッドが第二会社に移転せず旧会社の破産とともに消滅してしまうからである。

 

M&A・事業再生の弁護士-金子・福山法律事務所